トヨタと聞けば、誰もが自動車を思い浮かべる。しかし、そのDNAには、新しいことに挑戦し続ける、アントレプレナーシップ(起業家精神)が宿っている。トヨタが今の時代に目指す事業開発とは? 2人のキーマンに聞いた。
トヨタはベンチャー?
トヨタ自動車と聞くと、「大企業」のイメージを多くの人が持つだろう。
しかし、トヨタ自動車の出発点は豊田自動織機製作所から独立した豊田喜一郎のベンチャービジネスだった。
実は、トヨタグループの多くの企業*も、元々は喜一郎が日本に自動車産業をおこそうと立ち上げたコーポレートベンチャーだ。
*愛知製鋼は豊田自動織機製作所の製鋼部、ジェイテクトはトヨタ自動車工業の工機部門、豊田合成はゴム部門、デンソーは電装品部門が独立してできた。このほかにも、トヨタグループには、国産車にこだわった喜一郎の想いをルーツとする会社が少なくない。
そうして確立されてきた自動車事業をベースに、フォークリフトをはじめとする産業車両、住宅、マリン、エネルギー、アグリバイオ、ヘルスケア…など、トヨタには新しい事業をおこし、発展させてきた歴史がある。
現在、売上や利益のほとんどを自動車事業で稼ぎ出すトヨタだが、今もベンチャーのチャレンジ精神を受け継いで、新事業に挑戦する社員たちがいる。
トヨタイムズでは、トヨタ社内の知見から、また、トヨタ社員のアイデアから生まれた新事業を紹介する連載をスタート。実は過去に紹介した、消防向けドラレコ映像活用システム、メカコミ、ウェルウォーク、トヨタアップサイクル、シバ販売(TM9)、国産大豆応援プロジェクト、マリン事業、TOTONE(トトネ)などもこの取り組みの中で進めている。
第1回では、今の時代にトヨタが目指す事業開発について、事業開発本部の中西勇太(いさお)本部長、先進技術開発カンパニーの井上博文プレジデントに話を聞いた。
トヨタが新事業に取り組むワケ
「(トヨタグループの礎を築いた)豊田佐吉は自動織機を発明しました。そこには、夜なべして大変な思いで布を織っていた母親を楽にしてあげたいという思いがあったと言います。(その子である)豊田喜一郎は日本に自動車工業をつくらねばならないと立ち上がりました。『誰かのために』『お国のために』にというDNAが継承されて、今の私たちの事業があります」
こう語るのは、事業開発本部の中西本部長。トヨタグループ、トヨタ自動車のルーツにある想いが、トヨタの新事業のDNAだと説明する。
不確実で、正解がないと言われる時代。井上プレジデントは、「単一のプロダクトだけでは、お客さんが満足できない時代になってきた」と指摘する。
井上博文 先進技術開発カンパニー プレジデント
これまでずっとクルマをつくってきましたが、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーといった時代の要請に応えるためには、産業をまたいでやっていかないと、世のため、人のためにならないと思います。
そんな時代だからこそ、新事業が果たすべき役割とは何か?
クルマが電動化・情報化・知能化するなかで、新たな領域へのチャレンジをしていかなければいけません。そうでないと時代の変化についていけない。我々も地図は持っていませんが、一生懸命、地図をつくろうと、新しいことを探索して、進むべき未来の道を模索している状況です。
トヨタ流 事業開発
トヨタに事業開発を専門とする部署ができたのは1989年。起業家制度も立ち上がり、「自動車以外の事業」を確立しようと、さまざまな事業が誕生した。
しかし、本業との連携が希薄で、本来、トヨタが持つ強みを生かしきれないという課題があった。
また、社内のさまざまな部門がそれぞれの強みを生かして事業を立ち上げても、それを発展させるためのノウハウもなかった。
結果として、やりたいことが先行し、机上の仮説や上位指示を頼りに大きな投資判断をして、後戻りができなくなることも。
こうした反省から、事業を見る事業開発本部と、技術を見る先進技術開発カンパニーがともに立ち上げたのが、BE creationという新事業を生み出すための仕組みだ。
中西本部長も「ここ2~3年で、『技術』と『事業』の両輪で新しいことに挑戦できる仕組みができてきた」と手応えを感じている。
BE creationでは、事業の成功確率を高めると同時に、ムダな投資を抑制するため、アイデアの創出からゴールとなる事業化まで細かく7つのステージを用意。
各ステージでは、社内外の有識者が事業案への投資・撤退を判断し、検証項目についてのフィードバックも行う。
さらに、事業の加速に必要となる助けやリスク管理体制のサポートも得られる仕組み(E-biz)を用意するなど、事業推進に向けたさまざまな支援が盛り込まれている。
中西本部長
ステージ&ゲートで進んでいくのは、まさにTPS(トヨタ生産方式)の考え方そのものです。ある期間、あるリソースを使ってゴールに向かう(=ジャスト・イン・タイム)。後工程に不良品を流さない仕組み(=自働化)。良品条件を決め、リードタイムも決め、その間にたくさんの答えを求めない。一つひとつ上がっていくTPSの考え方が、この仕組みに入っています。
ほかにも、「シェルパ」と呼ばれる社内の伴走者を立ててプロジェクトの進捗を見守る。アンドン*をひいたら壁打ちをする。審査はあくまでも公平に、社外の有識者の意見も入れながらやるなど、トヨタならではの思想を織り込んだ設計がなされている。
*生産ラインにおいて異常を他者に伝えるための設備。
社内起業家に求められること
BE creationには「B-pro」と呼ばれる社内公募制度もあり、毎年200~300の事業案が集まる。
ただ募集するだけではなく、新事業開発に向けたノウハウを学べる学習コンテンツ、予算の付与、有識者の支援といった仕組みも用意されているのが特徴だ。
こうしたサポートを受けながら、事業をおこしていくトヨタの社内起業家は、社外のパートナーにどのように評価されているのか?
井上プレジデント
社外の方からは、「思考も深く、段取りが良い」と言っていただけます。それは「現地現物」や「なぜなぜ」の文化があり、すぐに現場に駆けつけ、100回くらいは平気でお客様のところに出向く習慣があるからだと思います。
一方、こうした新事業を生み出す仕組みやスキル以上に大切なものがあると中西本部長は指摘する。
「最初に本人の “WILL” (想い)”があり、それが本当に世の中のため、人のためになるのかから始まります。ステージが上がるほど、トヨタとしてやるべき戦略合理性があるかを議論していきますが、結局はプロジェクトオーナーのWILLがどれだけ強いかが重要になってくるのです」