本業とは関係ないように見える取り組みを紹介する「なぜ、それ、トヨタ」。今回は驚きだらけの芝生づくり!
公園やゴルフ場でよく見る芝生。実は、CO₂吸収量が「森林とほぼ同等」だという。
わずか数センチの芝生が、大きな木々と同じくらいCO₂を吸収するとは驚きだ。吸収したCO₂を土壌に蓄えるのだが、多くの人に踏まれながらも環境のために頑張ってくれていたとは…
芝生なら、ゴルフ場のような広大な土地がなくても、ビルの屋上や壁面に植えられる。つまり、都市におけるカーボンニュートラルの可能性も広がる。
また芝生緑化によって、アスファルトより地温を大幅に低下でき、ヒートアイランド現象の緩和にもつながる。
そもそも、どうしてトヨタイムズで芝生の話をしているのか。それはトヨタがクルマづくりだけでなく、芝生づくりもしているからだ。
植物で空気清浄機をつくっていた!?
開発者によると「トヨタは昔から植物を開発してきた」という。
新事業企画部 アグリバイオ事業室 松井邦夫 主査
トヨタは1980年代後半から、バイオ関係の基礎研究をしてきました。私が当時担当していたのは、大気汚染対策として植物で空気をキレイにするための基礎研究でした。
クチナシなどの植物を品種改良して気孔を大きくすることで、NO₂という大気汚染ガスの吸収を促進できるのです。
まさに植物の空気清浄機!松井によると、それらの植物をトヨタの関連会社で販売もしていたという。
そして2000年、芝生の開発がスタート。開港準備が進む中部国際空港の担当者から「滑走路周辺の芝生の管理を省力化したい。芝刈り回数が少なく、手入れがラクな芝生をつくれないか?」と相談があったことがきっかけだ。
松井は急ピッチで開発を進め、管理がラクなコウライシバの新品種「TM9」が完成。2005年の開港時に量産化は間に合わず、滑走路周辺には採用されなかったが、空港敷地内にある約700㎡の日本庭園にTM9が使われた。
さらに、「愛・地球博」(05年)のトヨタグループ館の屋上緑化にも採用。その後、一般販売されることになった。
「伸びない芝生」は何がすごいのか
TM9の特徴は「伸びない」こと。一般的な芝生に用いられているコウライシバは草丈が10cm程度なのに対し、TM9は5cmほど。これがすごい効果を生み出すことに…
芝生の管理で最も大変なのが芝刈り。従来のコウライシバは年に3〜5回必要だが、草丈が短いTM9は年に1~2回ほどで済む。維持管理が圧倒的にラクなのだ。
芝刈りの回数が減れば、芝刈り機の燃料に由来するCO₂の排出量も抑えられる。刈りカスの焼却量も減るので、さらにCO₂を削減できる。
芝刈りの回数が少ないので、葉に含まれる養分が失われづらく、肥料も半分以下で済む。肥料製造には多くのエネルギーが必要だが、使用量が減れば、肥料製造時のCO₂削減にもつながる。
数珠つなぎのようにいいことが連鎖。これ以上話すと飽きられそうだが、まだ続きが…
植物の生育に欠かせないのが窒素肥料。芝生に吸収されなかった一部の窒素成分はN₂Oガスとして排出される。N₂Oは地球温暖化係数がCO₂の310倍だが、これも大幅に削減可能。
従来のコウライシバに対し、温暖化ガス排出量を半分以下にできるというから驚きだ。
環境面だけではない。維持管理のコスト抑制や、真夏の芝刈りから解放されるメリットも大きいだろう。
衝撃の職場
TM9のプロジェクトは、アグリバイオ事業室の5人が担当。「トヨタにこんな職場があるのかと衝撃を受けた」と語るのは成瀬誠だ。
20年以上、工場でクルマづくりに携わっていたため、アグリバイオ事業はまさに“畑違い”。まずは現地現物で農業を学ぶことに。
新事業企画部 アグリバイオ事業室 成瀬誠 シニアエキスパート
岐阜県の広大な畑で1年半野菜づくりに励みました。夏は暑くて大変な日々でした。工場でアルミを溶かすよりも暑かったです(笑)。
農家の人々の仕事をラクにするために、日々農作業の改善点を探したという。自ら体験しなければ、プロの生産者さんには何も言えない。農業にはムダが多いと言われるが、何がムダなのかは簡単に分からないのだ。
成瀬
例えば同じ農作物を生産するにしても、生産者ごとに肥料を与える量にバラツキがある。TPS(トヨタ生産方式)により標準化できれば、作業効率も農作物のクオリティも向上させることができます。
長らくトヨタの工場で働いてきた成瀬ならではの役割である。大変だと言いながら楽しそうな顔が印象的だ。
次のページでは「農家は稼げないのか?」という社会課題に対して、生産者の本音を聞いてみた。