トヨタと聞けば、誰もが自動車を思い浮かべる。しかし、そのDNAには、新しいことに挑戦し続ける、アントレプレナーシップ(起業家精神)が宿っている。トヨタが今の時代に目指す事業開発とは? 2人のキーマンに聞いた。
空振りしないとわからない
新しい挑戦に失敗はつきもの。トヨタの新事業の歴史を振り返っても、新事業をおこしてはたたむという経験は数えきれない。
一方で、クルマは人の命を運ぶもの。失敗が許されない業務もトヨタの中にはたくさんある。
新事業の領域においては、失敗とどのように向き合っているのか?
新しいことに対しても合理性があれば、“やってみなはれ” と上司が温かく見守ってくれる風土があるのはトヨタのいいところだと思います。特に新しい領域に挑戦・開拓するベンチャーには大事な要素です。大前提として、多様性を受け入れて、認め合うことが大切です。失敗も一つの経験であり、多様な事例の一つ。トヨタは挑戦する姿勢を評価して、応援してくれる会社です。だから、失敗を共有して、皆で受け入れていくことが大事だと思います
中西本部長は、自身の失敗の経験にも言及しながら、“空振り”の重要性を語る。
中西本部長
私はエネルギー系の事業を2つ立ち上げました。一つは 10数年たった今も続くモデルとなりましたが、もう一つは2年で会社をたたみました。再生可能エネルギーの発電所を自分たちで保有する事業だったのですが、プロジェクトが進む中で、大きな課題に直面し、トヨタがやることのレピュテーションリスク(企業の信用やブランド価値が低下し損失を被るリスク)があまりにも大きいことが見えてきたわけです。でも、それはやってみなければわからないことでした。私は、失敗を見せることが、許容する文化を育むと考えています。バッターボックスに立たないとわからない、空振りしないとわからないことがあるんです。
「トヨタを失敗できない会社にしてはいけない」。この危機感は、経営陣も強く持っており、毎年のように労使協議会のテーマとなっている。
2023年1月、佐藤恒治社長は、豊田章男会長から社長のたすきを受け取ったときに、こう言っている。
「豊田社長は『失敗していいよ』と言ってくれます。エンジニアにとって、失敗は本来してはいけないことです。失敗をしないように技術開発をしていくわけです。ただ、失敗をしない技術開発は挑戦の手が緩む。限界ギリギリまでの挑戦ができないんです。限界までやる=失敗のリスクを抱える。でも、その限界までの挑戦がなければ、新しいものは生まれない。そういう環境の中で『失敗をしていいよ』と言ってくれるトップが、13年間トヨタを守ってくれていたというのは、非常に大きなトヨタの財産だと思っています。そういった行動の規範、考え方はしっかりと継承して挑戦を続けたいと思っています」
「ありがとう」と言い合える関係
トヨタのDNAであるベンチャー精神。しかし、経営陣が「失敗していい」と言うのも、自動車事業が基盤を支えているからこそ。
目指すべき本業との関係について、中西本部長はこう答える。
「自動車事業があるからこそ、新事業に挑戦させてもらえるとメンバーには常々言っています。だからこそ、我々が蒔いた種が本業にも貢献できるようにしていきたいと考えています」
すべてのアイデアが事業化までたどり着けるわけではない。それでも、「得られるものは大きい」と井上プレジデント。
「うまくいかない新事業もありますが、そこで頑張ってくれた人が再び職場に戻ってくると、周囲によい影響を与えてくれる。よきインフルエンサーとして、職場に刺激を与えているという話もよく聞きます。それも新事業の価値の一つであり、ゴールに届かなくても、日頃の活動のなかでもお返しができる。人材育成の側面も強いんです」
トヨタの中にはさまざまな仕事がある。豊田会長が、従業員へ常々伝えているメッセージにこんな言葉がある。
「企業経営には、過去・現在・未来がある。過去があるから今がある。今、やっているから、未来の世界は変わる。仕事でも、過去の問題に対応しているチームもあれば、現在、稼ぎをあげているチームもある。未来の研究開発をやっているチームもある。大事なのは、それぞれが『ありがとう』と言い合える関係をつくること。お互いがお互いに助け合う感覚になったとき、企業は非常に強いものになっていく」
「ありがとうと言い合える関係」を築き、良い循環を生み出していく。トヨタが目指す本業と新事業の在り方が表れている。
事業もマルチパスウェイを目指して
インタビューの最後に、2人に新事業を通じて、実現したいことを語ってもらった。
井上プレジデント
日本に元気がないと言われています。自信を失いかけているのかもしれないですが、日本にはいいものがたくさんあると思うんです。日本独創のおもてなしを追求したクルマもありますし、日本のアニメ、日本料理なども世界に認められた創造性がありますよね。日本が持ついろんな強みを生かして希望の持てる未来をつくっていきたいです。
中西本部長
新事業は売上2,000億円程度で、トヨタ全体の0.5%程度しかありません。“数字を追うな”と言われていますが、やはり悔しい思いはあります。Mobility for All(すべての人に移動の自由を)を軸としながらも、将来的には、新事業で1/3が占められるよう、事業もマルチパスウェイ化できればと考えています。そのためには、いろいろなところに種を蒔きながら次世代の産業につなげる。本業からも「ありがとう』と言われるようになり、皆様の幸せにもつながる事業を育てていきたいと思います。
次回以降は、トヨタの中で生まれた新事業を紹介していく。
▽井上博文 先進技術開発カンパニー プレジデント プロフィール
1996年、トヨタ自動車に入社し、シャシーの制御開発に従事。サスペンション、ブレーキ制御等を先行開発から製品開発まで担当。その後、商品企画や中長期戦略を立案する部署を経て、2019年より先進技術開発カンパニー所属。社会課題解決に向けた事業・開発の推進や将来のクルマの新コンセプトなどを立案し、その実現のための車両開発技術、制御技術、AI開発を牽引。2022年1月より現職。
▽中西勇太 事業開発本部長 プロフィール
1992年、エンジニアとしてトヨタ自動車に入社。セリカ、コロナ、MR-Sの人間工学性能の開発に携わる。2000年に事業開発本部へ異動し、ラグーナ蒲郡の再建、FCユニットの外販事業など、新事業のさまざまな領域を担当。2013年よりFグリット宮城大衡LLP代表を務め、トヨタ自動車東日本のある工業地帯のエネルギーマネジメントに携わる。2020年にトヨタグリーンエナジーLLPを設立。2022年4月より現職。