モーションキャプチャーで選手強化! そこから生まれる「もっといいクルマづくり」への循環―アスリートを支える人々―

2022.01.20

モーションキャプチャーで投てきを解析

愛知県豊田市の郊外に位置するトヨタスポーツセンターの陸上競技場。ウォーミングアップを終え、やり投げの練習を始めようとしているひとりのアスリートがいる。彼の名は、高橋峻也。ドバイ2019世界パラ陸上競技選手権で6位入賞を果たした実力者だ。

パラ陸上やり投げF46(上肢障害)の高橋峻也選手

けれども高橋の出で立ちは、一般的な陸上選手とはまるで違った。ウェットスーツのような黒いタイツに身を包み、やはり黒い帽子をかぶっている。よく見ると、スーツにも帽子にも白いマーカーが付いている。その数は57個。

今日はやり投げの練習をするだけでなく、1秒間に400枚の写真を撮影する高速カメラを用いたモーションキャプチャーで、フォームを解析するのだ。高橋は、24台の高速カメラに囲まれた投てきのサークルに入ると、少し緊張した面持ちでやりを握った。高橋にとって、モーションキャプチャーでのフォーム解析は初めての経験だ。

第一投。高橋が投じたやりは、大きな放物線を描いて40数メートル離れた地面に刺さった。投てきを終えた高橋に近づき、どんな感覚だったかなど抽象的なことを中心に質問を投げかけるのは、トヨタ自動車クルマ開発センターの計測・デジタル基盤改革部の澤山純也。同じ部署でチームリーダーを務める藤本雅大が、パソコンの画面に映る高橋の映像を真剣な眼差しで見つめる。

計測・デジタル基盤改革部 デジタル実証推進室 主幹の藤本雅大(写真奥)主任の澤山純也(写真左)

3D化されたフォームを見ながら瞬時に比較可能

トヨタのエンジニアがなぜアスリートのフォームを解析しているのか? その経緯にふれる前に、もう少し高橋の投てきを見てみよう。

藤本の視線の先にあるパソコンの画面には3D化された高橋の姿があり、視点を切り替えると360°のあらゆる方向からフォームをチェックできる。高橋は一投ごとに澤山に投てきのフィーリングを語り、数投ごとにパソコンの画面でフォームや数値をチェックする。そして藤本と澤山に、「4投目と6投目を比べてみたい」とリクエストした。フィーリング的には4投目のほうがよかったのに、6投目のほうが遠くへ飛んでいたのだ。

すると、コマ送りの画像があっという間に整理され、4投目と6投目の違いが明らかになった。軸足となる左足で踏み切ってから右足が着地するまでの時間が、100分の4秒違ったのだ。高橋は納得したように大きくうなずき、次の投てきのためにサークルへ向かった。

結局、この日の高橋は15投の試技を行った。練習を終えた高橋に、初体験のモーションキャプチャーの感想を聞く。

いままではスマホで撮影した動画でフォームをチェックしていました。けれども、ここまで画像やデータが細かく解析することはできません。自分でもわからなかったフォームのズレや癖がわかったので、非常に有意義でした。知りたい情報をすぐに呼び出せることにも驚きました。

いま、3年後のパリのパラリンピック出場を目指して練習をしていますが、ぜひ、定期的に解析をお願いしたいです。

この日の計測はこれで終了したが、実はデータ解析はこれからが本番だ。澤山と高橋は連絡を取りながら、さらに緻密にモーションキャプチャーを解析して、高橋の練習にデータを活用することになる。

アスリートと取り組むきっかけは「ヒト中心」の考え方

では、なぜ計測・デジタル基盤改革部のエンジニアが、アスリートのフォームを解析するのか。同部の藤本雅大が振り返る。

もともとこの部署で、私はエンジンの計測などを担当していました。あれは2018年でしたか、100年に一度の大変革期を迎えて、自動車会社ではなくモビリティカンパニーに変わろうということを豊田章男社長が宣言されました。

その時、私は部の戦略企画グループで数人と中長期ビジョンを作る仕事をやっていましたが、我々が出来る変革は何だろう?と考えたときに『そういえばクルマの計測はやってきたけど、乗っている人の計測ってやったことないな』と考えました。

そこで、社内での取り組みを調べてみたのですが、クルマが止まっている状態での計測は活用されていましたが、走行状態で動的な人の動きを計測するような取り組みはあまり見られなかったので、人計測を始めようと決断しました。

今、思えばですが、2020年のWoven City発表の際に社長が「ヒト中心の街」と発言されたあたりから、社内ではヒト中心という単語が多く聞かれるようになり、他部から人計測で多くの相談を受けています。なので、この時の仲間と下した決断は間違ってなかったのかもしれませんね。(笑)

こうして藤本は、人の動きの計測を始める。

クルマが走っている時に、人間の身体はどれくらい上下動するのか。これくらい曲がりたいと思った時に、人はどのくらいハンドルを切るのか。カーブを曲がっている時、目線はどこを向いているのか。コーナリング中は、足にどのくらいの力を入れているのか。

こうしたデータを細かく集めて解析することで、乗り心地のよいクルマや、思った通りに走るクルマができる可能性に気づいたという。

異色な経歴をもつ硬式野球部分析スタッフは試したかった

もうひとり、澤山純也の経歴は異色だ。大学院でバイオメカニクス(生体力学)を学んでいた澤山は、高齢者の歩行動作を分析して、歩行をアシストすることに興味を持っていたという。そんな折、トヨタ自動車硬式野球部が、分析スタッフを探しているという話が耳に入った。

動作を見るということに興味があったので、それなら野球選手の分析にも通じるところがあるんじゃないかと思い、2007年に硬式野球部のアナライザーとして契約しました。

2016年からはトヨタの正社員となりましたが、経験してきたのは野球部の仕事だけで、クルマづくりとは無縁でした。

硬式野球部のアナライザーとしての業務に就きながら、澤山には試してみたいことがいくつも浮かんだ。たとえばメジャーリーグなどのチームが行っているような、先進的な動作解析を試してみたい。そんな想いが藤本の耳に入ったのは、藤本の上司が硬式野球部のファンクラブの会長だったという縁がある。

こうして2019年に、硬式野球部の選手のフォームを計測・デジタル基盤改革部(当時は計測技術部)が解析するという取り組みがスタートした。

「なぜ?」を5回繰り返すのがトヨタらしさ

当時、硬式野球部のアナライザーだった澤山は、藤本をはじめとする計測・デジタル基盤改革部のエンジニアが、モーションキャプチャーの解析に真剣に取り組んでくれたことに感謝すると同時に、驚いたという。

たとえば、試合のぎりぎりのタイミングで野球部の選手が、こういうデータが欲しいというリクエストをしたんです。藤本さんたちは、自動車開発の業務で忙しいはずなのに請け負ってくださって、詳細なデータをくださいました。そして試合では、その選手がホームランを打ったんですね。

あと、モーションキャプチャーは、通常だと研究所など室内で使うものなので、野球部が屋外で使うことは許可されないだろうと思っていました。でも藤本さんたちは、とにかくやってみて考えようと言って、実現させたんです。あの時も感謝と驚きを感じました

澤山のこの発言を受けて、藤本はこう言う。

まず、アスリートが一所懸命練習をしているんだからなんとか役に立ちたいと思うじゃないですか。世界レベルのアスリートがいて、その動作解析をするなんてトヨタにしかできないことですし。

あと、とにかくやってみようというチャレンジ精神はトヨタらしいかもしれませんね。できませんと言う前に、“なぜ? なぜ? なぜ?”を5回繰り返してできる方法を考えるのがトヨタらしさだと思っていますから(笑)

さまざまな運動部での活用が始まった

そして2021年より澤山は硬式野球部を離れて、計測・デジタル基盤改革部に加入した。これによって、モーションキャプチャーや視線移動による動作解析が、野球部だけでなく幅広くさまざまな運動部に使われるようになった。ラグビー部、女子ソフトボール部、モーグル、そしてモータースポーツでのタイヤ交換などなど。

藤本は、「東京2020オリンピックの女子バスケで日本は3ポイントシュートが武器でしたが、あの成功率を上げる動作解析なんて興味がありますね」と笑った。

タイヤ交換のモーションキャプチャ計測風景

人は最小単位のモビリティ、クルマ開発に大いに役立つ

その藤本に、車両開発の業務にアスリートの動作解析まで加わるのは大変ではないか、と尋ねると、こう答えた。

動作解析については、クルマよりスポーツとか医学、理学のほうがはるかに進んでいます。したがってスポーツを解析することで得られる知見や技術は、クルマを開発するうえで大いに役立ちます。人って、最小単位のモビリティですからね。

たとえばスポーツではマーカーのない洋服でも動作解析ができるようになっていて、精度は落ちますがマーカーを貼るモーションキャプチャーよりも短い時間でデータを集められるので、それをクルマに乗っている人に使えば多くのデータが集まります。結果として、乗り心地とか気持ちのいい走りとはどういうものかが、はっきりわかるかもしれない。

だからこの仕事の内容を深めていけば、トヨタのクルマの乗り心地はよくなり、トヨタのアスリートが強くなっていくんです

なるほど、計測・デジタル基盤改革部がクルマの動きだけでなく、人の動きを解析するというのは、トヨタがモビリティカンパニーに移行することを象徴する取り組みでもあるのだ。そして、アスリートの役に立ちたいという純粋な気持ちが、トヨタが目指す「もっといいクルマづくり」にもつながっていくのである。

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