2022.03.07
まるでトヨタの黎明期を描いたあるドラマでのワンシーンのように、豊田はしばしば自ら声を張り「やりましょうよ!」と音頭をとる。それは志の継承者であり、後継者への呼びかけだった。
2014年、トヨタの創業期を描いたテレビドラマ「リーダーズ」が放送された。劇中、創業者の豊田喜一郎をモデルとした経営者が自動車事業への進出を提案するも、米国が技術で50年先を行く事実に従業員たちが愕然とするシーンがある。重たい空気の中、現場の一人が立ち上がり、「やりましょうよ」と言って覚悟を決めると、次々にほかの仲間たちも力強く呼応するようになる。
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後日、ドラマの感想を聞かれた豊田章男は、もっとも印象に残ったシーンにこの場面を挙げている。以後、さまざまな場面で、豊田自ら「やりましょうよ」と音頭を取って、仲間を鼓舞する姿が見られる。興味深いのは、そもそも「やりましょうよ」と立ち上がったのは喜一郎ではなく、当時のトヨタの従業員であるということだ。あくまで「日本人の手で、日本人のための国産乗用車をつくりたい」という強い意志に感銘を受けた仲間たちが、覚悟を決めて発した言葉である。そういう視点で見ると、「やりましょうよ」と周囲に促す豊田の姿は、喜一郎に共感して立ち上がった人たちの姿に重なる。
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ここ数カ月の間に、豊田は2つの場面でこの言葉を口にした。一つは、全国のトヨタディーラーのトップを迎えて行う販売店代表者会議。もう一つは、従業員に対してメッセージを送った年頭あいさつである。両者にはある共通点がある。それは、どちらも目の前にいたのが、あの2度のドラマに描かれた“リーダーズ”の志の継承者であり、後継者だということだ。
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先人たちが日本の未来を見据え、果てしない苦労と挑戦の末に、この国に興した自動車産業。変化が激しく、正解の見えない時代の中でも、きっと守り抜いてみせるという強い意志と情熱をもって、豊田はその言葉を発している。