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「ライバルという仲間が支えになっていた」 競泳バタフライ・ 川本武史 ―アスリートを支える人々―

スポーツ 2021.04.06 UPDATE

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表彰台にのぼり歓声やフラッシュを浴びるアスリートたち。その傍らには彼らを支える「人や技術」がある。バラエティに富んだサポーターはいかに集まり、どんな物語を生み出してきたのか。そこから未来への挑戦を可能にする「鍵」を探っていく。

競泳選手は決してひとりで泳いでいるわけではない

2021年27日、競泳のジャパン・オープンの男子100メートルバタフライに出場した川本武史選手は5年ぶりに自己ベストを更新、5128というオリンピック派遣標準記録をクリアする見事なタイムで優勝した。

東京2020オリンピックの競泳競技が行われる予定の東京アクアティクスセンターで表彰台の中央に立った川本選手は、東京2020オリンピック本番までにもっとタイムを詰めることを力強く誓った。

外部から切り離された水の中は、静寂の世界。レース中も歓声や声援は届かない。けれども、競泳選手は決してひとりで泳いでいるわけではない。川本選手は、「社会人になるまで競技を続けることができて、しかもオリンピックを目指すことができるのはこれまで出会った人たちのおかげで、感謝しかありません」と、しみじみと語った。

現在は佐々木祐一郎コーチの指導のもと、長谷川純矢選手、江戸勇馬選手、難波輝選手、相馬あい選手と一緒に練習をしています。

たとえば相馬選手は女子の日本代表を目指す選手ですが、やるべきことに一切手を抜かずに取り組む姿勢が刺激になります。仲間と切磋琢磨することでモチベーションを上げられるいまの環境は、なかなか得難いものだと感じています

競技を始めてからここまでの道のりを振り返ってもらうと、「仲間との切磋琢磨」が川本選手を強くしたキーワードであるように感じた。

まず、3歳で水泳を始めたきっかけは、5歳上の兄の影響だったという。自宅から徒歩10分の場所にあるスイミングスクールに通い始めると、そこには仲間がいた。

幼少期は、兄を追いかけるというよりも、同じクラスの子どもたちに負けたくないという気持ちが強かったですね。まだ大会はなかったんですけど、泳げる子は上のクラスに昇級していくじゃないですか。その時に、身近なライバルを自分で想定していた記憶がありますね。あの子には負けたくない、と

スイミングを始めたばかりの川本選手

小学生になってレースに出場するようになると、会場に帯同してビデオを撮ってくれた両親の支えもあって、川本選手は記録を伸ばしていく。高校、大学と競泳の名門の門を叩き、順調に成長を続けた川本選手であるけれど、意外やバタフライ一本に絞ったのは大学生になってからだった。そしてバタフライという種目を選んだ理由も、生来の負けず嫌いからくるものだった。

実は、バタフライを本格的に練習するようになったのは大学3年生の時なんです。それまでもバタフライの練習はしていましたけれど、キツい泳ぎ方なのでバタフライの練習はあまり好きではなかった(笑)。でも、それほど練習をしていないのに試合に出ると良い記録が出て、ほかの種目より世界との差が小さかったんですね。バタフライなら世界を狙えるんじゃないか、というのが真剣に取り組み始めたきっかけです。どうせやるなら、てっぺんを獲りたいじゃないですか

中京大学4年生時代、インカレを目前にチームメイトと

ゴールドメダリストから受けた刺激

バタフライに専念するようになってめきめきと頭角を現した川本選手は、大学卒業を控えて進路を考えるようになったという。

僕は生まれも育ちも愛知県で、トヨタ自動車が地域を活性化する取り組みをしていることをよく知っていました。先日も地元で水泳を教えるという機会を持たせていただきましたが、トヨタに入れば地元に密着した活動ができると考えたんですね。
もうひとつ、母方の祖父がトヨタ自動車に勤めていたこともトヨタを選んだ理由のひとつです。人間的にリスペクトできるおじいちゃんで、無駄や華美に飾ることを好まず、どんな物事に対しても誠実な態度をとっていたのは、トヨタ的な考え方の影響があると感じたんです

2017年にトヨタ自動車に入社した川本選手は、2019年の夏、運命的とも言える出会いを果たす。競泳のシンガポール代表で、リオデジャネイロ2016オリンピックの男子100メートルバタフライで金メダルを獲得したジョセフ・スクーリングとともに練習するチャンスを得たのだ。

ライバルでもあるジョセフ・スクーリング選手と

ちなみに、リオ2016オリンピックでジョセフ選手が獲得した金メダルは、シンガポールにとって初めてのオリンピックにおける金メダル。さらに、男子競泳界のスーパースター、マイケル・フェルプス選手を打ち破っての快挙だったことから、ジョセフ選手は一躍シンガポールの英雄となった。

ジョセフ選手とトヨタ自動車が、交通事故を減らすための社会活動でパートナーシップを結んでいる縁で、川本選手の練習参加が実現したのだ。

僕はもちろんジョセフ選手を尊敬していましたが、多分彼は僕のことをよく知らなかったと思いますよ(笑)。でも一緒に泳いでみたら意外と僕が速くて、それで興味を持ったんだと思います。彼は僕より10センチほど背が高いんですが、身長174センチの僕があのタイムで泳ぐ理由を知りたかったんでしょう。お互いが高みを目指すなかで、刺激を与え合うことができたので好ましい関係が築けたのだと思います

シンガポールにてTMAP(トヨタ・モーター・アジア・パシフィック)の方々と

幼児クラスのライバルとの切磋琢磨からスタートした川本選手の競技人生は、ついに金メダリストを隣のレーンで追いかけるステージに到達したのだ。

では、世界的に見れば決して恵まれた体格というわけではない川本選手が、100メートルを51秒台というタイムで泳げる理由を、本人はどのように分析しているのだろうか。

僕の長所はキックですね。バタフライのドルフィンキックに関しては、日本はもちろん海外の選手にもひけをとらない脚を持っていると思います。
子どもの頃からよくストレッチをしていたせいか、足首がどんどん柔らかくなっていったんです。そのおかげで、もともと筋肉質の体質なんですが、筋肉がついてからもしなやかなドルフィンキックを打つことができた。推進力を生むドルフィンキックが、速さにつながっているのかなと思います

多国籍軍で戦って得たもの

仲間たちとの刺激的な出会いはまだまだ続く。

2020年より、ISL(インターナショナル・スイミング・リーグ)に日本チームが参戦することが決まった。2019年よりスタートしたISLとは、所属チーム対抗で戦う団体戦で、「水泳クラブ世界一決定戦」とも呼ばれる。

日本チーム「TOKYO FROG KINGS(東京フロッグキングス)」を率いるのは北島康介氏で、川本選手のほかに萩野公介選手や入江陵介選手といったオリンピックメダリスト、さらにはロシア代表やブラジル代表のオリンピアンもメンバーに加わった。

日本チームということで、世界大会と同じ感じなのかなと思っていたんですが、海外の選手が数名いることで、まったく別の雰囲気のチームになりました。チーム内の公用語が英語になったり、海外の選手やコーチの考え方や試合に対する姿勢が僕とは違ったりして、大きな刺激を受けました。
1カ月間、同じ環境で練習をして試合に出たんですが、世界は広いと思いましたね。コロナ禍だったので、ISLは外部とは隔離された環境で行われました。必然的に海外の選手と過ごす時間が長くなったのも、いい経験になったと思います

こうして仲間たちと好敵手の関係を築くことで、精神的に不安定になってもおかしくない2020年を乗り越え、2021年の好記録につながっているのだ。

実は、2020年の4月に子どもが生まれたんです。ステイホームの期間だったので一緒にいられる時間が長くて、家族のためにがんばらないといけないという気持ちになりました。だからオリンピック延期は決して悪いことばかりではなく、僕としては前向きに考えていきたいと思います

こうして2021年の夏に向けて、川本選手は着々と準備を進めている。冒頭に記した、5年ぶりに自己ベストを更新することができた理由を尋ねると、こんな答が返ってきた。

5年前、大学4年生の時に自己ベストを出したときは、なんでそのタイムが出たのかわからなかったんです。でもいまは、テクニックの細かい誤差を修正するなど、自分の求める泳ぎを追求した過程でのタイムなので、なぜこのタイムが出たのかがわかります

もうひとつ、自分で調べてウェイトトレーニングを見直したことも効果的だったという。

ウェイトトレーニングって重いバーベルを持ち上げるというイメージがあると思うんです。でもニュージーランドのオールブラックスの選手がなぜあんなに大きいのに俊敏に動けるのかを調べたら、ウェイトトレーニングの器材に初動のスピードを測る機械を組み合わせて、軽いウェイトで素早く何回も繰り返すトレーニングを取り入れていたんです。それも自分の水泳の練習に落とし込んだりして、自分としては最先端のトレーニングに取り組んでいるという自負があります

こうして自分で考えてトレーニングを工夫する姿勢は、「佐々木(祐一郎)コーチの影響が大きいですね」と語った。

佐々木コーチが目指しているのは選手の自立なんです。もちろん密なコミュニケーションはマストですが、僕は水泳のテクニックだとか自分の感覚的な部分については自己完結したい。一方で、生理学的に見ればこういうトレーニングが効果的だということについてはコーチに指導を仰ぎます。コーチの言う通りにするのではなく、自分で考えるという姿勢は、水泳選手としてのキャリアが終わってからも生きてくると思います

入社1年目の挫折を乗り越え

最後に、現役を退いてからのセカンドキャリアについて、川本選手の考えをうかがった。

トヨタ自動車に入社した動機でもありますが、社会や地域への貢献につながる仕事に取り組めたらいいなと思います。あとはアスリートであるからこそ海外に遠征もできたし、世界のトップ選手と交流を持つこともできました。トヨタ自動車に所属しているおかげで地域密着とグローバルの両方を体験できたので、いずれはこの経験を伝える場も作りたいです

実は入社1年目に、川本選手はちょっとした挫折を味わっている。

日本選手権が地元の愛知で開催されたんですけど、最悪の成績だったんです。職場の上司から厳しい言葉もいただきましたが、でもずっと手厚くサポートしてもらっています。先日も大きな大会の前に自分の部署でサプライスの激励ムービーを作っていただき、それがすごく完成度の高い動画でがんばろうという力になりました。さらに精進して、応援してくださる方々に何らかの形で貢献できればと思います

確かに、本人が言うように川本選手はひとりで泳いでいるわけではないのだ。ライバルからの刺激で成長し、周囲のサポートで世界と勝負し、やがてその経験を地元に持ち帰る──。幸福な循環の輪の中で、川本選手は泳いでいる。

(文・サトータケシ)

川本武史|Kawamoto Takeshi

水泳(競泳/バタフライ)

1995年、愛知県生まれ。5歳の頃に水泳を始め、中学3年で全国中学水泳競技大会優勝。高校は愛知県内の豊川高校に進学し、2-3年時にインターハイ優勝。中京大学に進学し、3年生で世界水泳日本代表となる。4年生ではリオデジャネイロ2016オリンピックへの出場は叶わなかったが、同年インカレにてリオ2016オリンピック6位相当のタイムで優勝。大学卒業後、トヨタ自動車株式会社に入社。趣味は音楽鑑賞、ダンス。

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