連載
2021.07.09
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前代未聞 トヨタアスリート専用リコンディショニングセンターの挑戦 ―アスリートを支える人々―

2021.07.09

日本のスポーツ界でもほとんど前例がなかった、競技の垣根を超えたトヨタのリコンディショニングセンター。開設の経緯や目的をセンター長に聞いた。

表彰台にのぼり歓声やフラッシュを浴びるアスリートたち。その傍らには彼らを支える「人や技術」がある。バラエティに富んだサポーターはいかに集まり、どんな物語を生み出してきたのか。そこから未来への挑戦を可能にする「鍵」を探っていく。

リコンディショニングセンターとは?

愛知県豊田市の郊外にトヨタスポーツセンターが設立されたのは1973年。陸上競技場やラグビー場のほかに2つの体育館や3面のサッカー場、硬式と軟式それぞれの野球場などが集まる、広大なスポーツ施設だ。20184月、その一画に位置する合宿所の1階に、身体の不調や故障などに悩むトヨタのアスリートを回復させるリコンディショニングセンター(通称リコセンター)が開設された。

トヨタ自動車ヴェルブリッツに所属する屈強なラガーマンの話にうなずきながら応対しているのが、リコンディショニングセンター センター長の岡戸敦男。日本のスポーツ界でもほとんど前例がなかったという様々な競技の垣根を超えたリコンディショニングセンターを立ち上げた岡戸に、開設の経緯や目的、この施設の役割を聞いた。

岡戸によれば、このような施設の必要性は、以前から議論されていたのだという。

このセンターが開設される前は、選手に身体の不調などが起こると各強化クラブのトレーナーが対応したり、医療機関に受診したりしていました。その一方で、トヨタのスポーツ施設内にて、選手のケガ・故障の予防や、社員の疾病予防などを目的としたリコンディショニングの拠点を作ろうという構想が10年以上前から検討されていたんです。それらが具現化したのが、2018年4月というわけです

選手のコンディションを客観的にみるための数値化

では、リコンディショニングセンターが立ち上がったことで、アスリートたちには、どのような変化があったのだろうか。

各強化クラブにはトレーナーがいて、彼らが選手のことを一番知っています。私たちはトレーナーから得た情報をもとに、選手ひとりひとりの状態や問題を機能的な視点から捉えるようにしています。

現在の状態や対応による変化を詳細に把握するため、選手のコンディションはできるだけ数値化しています。たとえば、柔軟性を見るのであれば角度計で測って数値を残す。これによって目標値が明確になり、即時変化や経時変化がわかり、選手も数値で実感できるようになる。それがモチベーションになっているようです。

また、すべての強化クラブに対し、選手個々の筋力や柔軟性などを検査・測定する『ファンクショナルチェック』を年に1、2回実施しています。こちらも、ケガや故障の予防、パフォーマンスの向上を目的としています

リコンディショニングセンターができたことで、選手それぞれの「状態」を、「情報」としてきめ細やかに「蓄積」できるようになったのだ。

膝が痛いと選手が訴えても、対症療法的に痛みを減らす対応をするのではなく、こういう問題があるからこういうメカニズムで痛くなっている、という対応が必要です。膝が痛いといっても選手によって筋力も柔軟性も異なります。単に痛みを減らしても、根本的な問題が解決していなければまた繰り返してしまいますから。

トレーナーと密に連携して選手の情報を数値化しておけば、身体が硬いという特徴がみられても、それがその選手にとって普通・通常なのか、問題となる硬さなのかが判断できます
トヨタ自動車ヴェルブリッツの大隈トレーナーと、選手のコンディションについて情報交換する岡戸

毎日のように接しているトレーナーのほかに、岡戸という第三者的な視点が加わることで、セカンドオピニオン的な効果も生まれたという。

現在は調子がいいけれどシーズン中に同じケガや故障を繰り返していた場合や、クラブで対応しているがなかなか改善されない場合などは、各強化クラブのトレーナーとは違う視点で確認することが求められます。つまり、選手のリコンディショニングを担当する役割だけでなく、トレーナーやコーチの相談相手という側面もあるんです。選手にとっても、毎日顔を突き合わせているトレーナーには言いにくいことや相談しにくいことも、ここでなら言えることもあるようです(笑)

トレーナー同士のつながりも生まれ、大きなシステムへ成長

リコンディショニングセンターを開設することで、ここがハブとなり、各クラブ間や、各クラブのトレーナー同士の交流ができるようになったと、岡戸は振り返る

私が初めてやって来た3年前は、スポーツセンターにいるトレーナー同士が「はじめまして」と挨拶を交わしていて驚きました。それも仕方のない面があって、トレーナーが集まる場所がなかったんです。でも、それぞれの分野でプロフェッショナルなトレーナーがいるのにバラバラではもったいない。そこで、ここがトレーナーの集まる場所となるよう、トレーナー全体の情報交換会を開催して勉強会や交流もできるようになりました。

選手たちから質問を受けることも多く、「相談できる場所が増えた」という声のみならず、「他のクラブの選手から刺激をもらえる」「他のクラブの選手との接点が増えた」という声もあります。選手同士が刺激しあったり、コミュニケーションが生まれる場所にもなっているようです

センター長を3年間務めたことで、岡戸自身にも学んだことがたくさんあったという。

私もすべての競技を100% 理解しているわけではありません。いままで関わりの少なかった競技の選手を見ることで得た知見を、スポーツ現場に近いところで他の競技にも活かすことができるなど、私としても得るものは多かったです

選手と同じ高いモチベーションで挑み続ける

ある選手の復調や活躍に感動したというエピソードはありますか? という問いには、「有名選手だから有力選手だから、という目では見ていないというのが正直なところです」ときっぱり。

日本代表に選ばれるようなレベルの高い選手であってもそうでない選手であっても、選手に対するスタンスは変えません。すべての選手が再び元気にプレイできるようになることがうれしいですね

岡戸が心がけていることは、選手に負けないくらい努力をすることだという。

ここで競技を続けている選手たちは、とても努力をしています。だからこちらも、より良い内容を提供できるように研修会等に参加して新しい情報を入手したり、論文を読んだり、努力し続けることを心がけています。選手と同じモチベーションでやっているからこそ、こちらが指導したことをやらない選手には叱ったりもします。時折、クラブのトレーナーやコーチから「私が言ってもやらないので、岡戸さんからも言ってください」と頼まれることもあります(笑)

トヨタは選手を守る、社員を守るという強い意思がある

3年前に外部から招聘されてセンター長になった岡戸は、外から見ていたときにはわからなかったトヨタらしさを感じたと語る。

リコンディショニングセンターの開設にあたって、選手を守る、社員を守るという強い意思を感じました。また、クラブ間やトレーナー同士が連携することで、無駄を減らして機能的にするというのもトヨタらしい取り組みだと思っています。

日本の企業でリコンディショニングセンターのようなことにチャレンジしているところはないですし、トレーナー業界の関係者たちからも理想を追求する取り組みだと評価されています。私も責任やプレッシャーを感じますが、日本のスポーツの新たなモデルケースを確立して発信していく、そんな挑戦に少しでも貢献できればうれしいと思います。ほかがやっていないことにチャレンジする、というのもトヨタらしさかもしれませんね

岡戸によれば、リコンディショニングセンターの取り組みはまだ始まったばかりで、これからさらに充実させる予定だという。

この春まで私ひとりの体制だったので、どうしても限界がありました。もうひとりスタッフが加わったことで、スポーツセンター以外を拠点としている強化クラブへのサポートも可能となり、対応範囲を徐々に広げていきたいと思います

さらに岡戸は、運動部のアスリートだけではなく、社員をサポートするという将来も見据えている。

トップレベルの選手で培った経験やノウハウというのは、たとえば膝痛や腰痛などに悩む一般の方にも応用できます。身体の構造自体は強靭なアスリートでも一般の社員の方でも同じなので、そういうところに落とし込んでいければと思います

では3年間やってみて、良かった点や新たに感じた課題は何だろうか。

この環境になって、自分が診た選手の練習などをすぐ確認に行けるのはうれしいですね。たとえば走れるようになったとか、投球を再開するとか、グランドまで歩いて見に行けますから。

欲を言えば、リコンディショニングセンターにもっとスペースがほしいですね。スポーツの基本は走ることですが、全力で走れるぐらいのスペースがあるといい。また、たとえばバスケットボール選手のステップを見るとなった場合にも、広いと助かります。新しい機器を入れたくても、現状ではスペースがないので、スペースが早くほしい。今回掲載するときには、“早く”の部分を太字にしてくださいね(笑)
どこまでも選手ファーストで考える岡戸。彼が思い描くのは、各クラブやトレーナーと連携して、リコンディショニングセンターを拠点とした組織を作ること。将来的には、そこで得た知見を社員に還元する。だれもやったことのない取り組みにチャレンジする岡戸敦男が、陰ながらアスリートをサポートしているのだ。そして彼の挑戦は、ひいては日本のスポーツ文化をより豊かなものにするはずだ。

(文・サトータケシ、写真・長江星河)

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