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「支えられた分だけ、恩を返していく」 7人制ラグビー・小澤大 ―アスリートを支える人々―

スポーツ 2021.05.25 UPDATE

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表彰台にのぼり歓声やフラッシュを浴びるアスリートたち。その傍らには彼らを支える「人や技術」がある。バラエティに富んだサポーターはいかに集まり、どんな物語を生み出してきたのか。そこから未来への挑戦を可能にする「鍵」を探っていく。

会社とチームには感謝の言葉しかありません

2019年のラグビーワールドカップ日本大会では、日本代表の快進撃もあって日本中でラグビー熱が盛り上がった。2021年に予定される東京2020オリンピックのラグビー日本代表候補に選ばれているのが、トヨタ自動車所属の小澤大(おざわ だい)選手だ。

ただし、ここで少し説明が必要だ。まずワールドカップが15人制ラグビーで行われるのに対して、オリンピックのラグビー競技は「セブンズ」と呼ばれる7人制ラグビーとなる。15人制と7人制の両方をプレーする選手もいるが、小澤選手は7人制ラグビーに専念することを決めた。そこで2018年に日本ラグビーフットボール協会と、男子7人制日本代表チーム専任契約を結んだ。現在はトヨタ自動車から日本ラグビーフットボール協会に出向する形で、東京2020オリンピックでのメダル獲得を目指す7人制ラグビーの代表チームで活動している。

Photo by Rich Lam/Getty Images

「気持ちよく代表に送り出してくれた会社とチームには感謝の言葉しかありません」と語る小澤選手は、7人制ラグビーに専念することになった理由をこう振り返る。

2016年のリオオリンピックの前に日本代表から落選して、悔しい思いをしました。あのときの代表チームがオリンピックの本番で4位という結果を残したんです。快挙なのでうれしく感じるのと同時に、自分も一緒にやりたかったな、あの場所に立ちたかったな、ということも強く感じました。個人的に7人制と15人制の両立は難しいと感じていましたし、代表チームとしても7人制に絞ったほうが強化が進むという方針だったので、ラグビー協会と契約を結びました

そしてもう一度、「出向して7人制に専念するというのはチームと会社の理解がないと難しいので、恵まれた環境にいると思います」と、感謝の念を口にした。小澤選手のお話をうかがってわかるのは、常に周囲に感謝の気持ちを持ちながらプレーしてきたということだ。それは、ラグビーを始めた頃から今に至るまで一貫している。

家族のサポートがあったからこそラグビーを続けられた

父と兄もラガーマンだったという小澤選手にとって、ラグビーは身近なスポーツだった。したがって小学生のときにラグビースクールに入ったのは、ごく自然な流れだったという。

土曜日が陸上競技の少年団の練習で、日曜日がラグビースクールでしたが、いつの間にかラグビーにシフトしていったという感じです。僕は岐阜県で生まれ育ったんですが、東京や大阪に比べるとラグビースクールの数は少ないし、メジャーなスポーツという感じではないんです。でもずっとバックスの点を取る役割で、自分が点を取って勝ったのが楽しかったりして、ラグビーに気持ちが傾いていったんだと思います

ただし、進学した中学校にはラグビー部がなかった。

岐阜市に住んでいたんですが、隣の関市に行かないと中学校のラグビー部というのはなかったんですね。だから授業が終わってから電車で練習に行って、夜は両親に迎えに来てもらっていました。関市まで車で40分くらいですが、土日も送り迎えをしてもらうなど、家族のサポートがあったからこそラグビーを続けることができました

順風満帆だった選手生活で、初めての挫折

中学を卒業すると、小澤選手は岐阜工業に進学し、1年生からレギュラーとして活躍する。

父と兄がラグビーを教わった田中先生が総監督のような立場で、田中先生の下でコーチを務めていた徳重先生は僕が入学したときの監督でした。そういった縁もあって、岐阜工業に進んだんです。1年生から試合に出させていただき、上級生も僕が伸び伸びとプレーができるように気を配ってくれる感じで、いま思い出してもいいメンバーが揃っていたと思います。1年生の冬、岐阜工業として13年ぶりに花園の全国大会に出場することができて、あれはうれしかったですね。花園では、メイングランドで試合をすることができたので、感激しました

けれども、花園に出場したのは1年生のときだけだった。キャプテンに任命されながら全国大会の準決勝で敗れてしまった3年生のときの悔しさは、今でも鮮明に記憶に残っているという。

1年生のときから試合に出していただいて期待もされていたのに、自分たちの代で花園に行けなかったのは、キャプテンとして僕が未熟だったのかなと思います

「キャプテンシー」という言葉が使われるように、ラグビーにおいてキャプテンは重い役割を担う。なぜならラグビーの場合は、一度試合が始まると監督やコーチがサインを出して作戦を変えるようなことができないからだ。グランド上の選手だけでコミュニケーションをとり、いろいろなことを決めなければならないためキャプテンの責任は重大だ。

後に、小澤選手は7人制ラグビー日本代表でキャプテンを務めることになる。おそらく、高校3年生のときの苦い経験が糧になったはずだ。

高校時代の小澤選手

ひとりではあれほど追い込んだ練習はできなかった

高校卒業を前に、小澤選手にはいくつかの大学から入学の誘いがあった。このなかで、流通経済大学を選んだのは、関東の一部リーグでラグビーをやりたかったことが理由のひとつ。そしてもうひとつ、流通経済大学の内山達二監督の“口説き文句”に心を動かされたからだ。

内山監督はわざわざ岐阜工業のグランドにまで足を運んでくださり、僕にこうおっしゃったんです。お前を日本代表にしてやる、と。その言葉を信じて、流通経済大学に進学しました

内山監督の指導のもと、3年生のときにリーグ戦で2位に入り、小澤選手は最終学年を迎えた。

自分たちの代は、チームの雰囲気がすごくよかったです。すごく走り込んでしんどい練習もありましたけれど、なによりメンバーに恵まれていて、みんなで声を掛けて支え合っていました。きっとひとりではあれほど追い込んだ練習はできなかったと思うし、自分たちの代で流通経済大学をリーグ戦初優勝に導くことができたので、生涯忘れられない思い出になると思います

高校時代は“自分たちの代”で悔しい思いをした小澤選手だったが、大学で見事にリベンジを果たしたのだ。

そしてリーグ戦初優勝を置き土産に、小澤選手は社会人となる。

職場の方が応援してくれるのがありがたかった

地元の岐阜に近い企業がいいかなと思っていたので、トヨタから話があったときは嬉しかったですね。あとはすごく有名な先輩たちが所属しているので、一緒にプレーすることが楽しみでした

小学校から中学校、中学校から高校、高校から大学、そして大学から社会人とステップアップしてきた過程で、小澤選手が一番レベルの差を痛感したのはトヨタ自動車に入ったときだという。

流通経済大学も全国から選手が集まっていましたが、トヨタの場合はどの選手が代表に選ばれてもおかしくないレベルで、僕と同じウイングのポジションの選手も代表経験者でした。これはすごいチームに来ちゃったなぁ、と。ラグビーに対する心構えが学生とは違うというか、正直、やっていけるか不安でしたが、社会人1年目の開幕戦は幸運もあってスタメンで出られました。職場の同じ部署の方が応援してくれるのがありがたかったし、それも力になってなんとか続けることができた感じですね

トヨタ自動車ヴェルブリッツの同期である、滑川剛人選手(中央)、吉田康平選手(右)と(2016年)

日本のラグビーを強くして、普及させたい

そしていま、チームとして目指しているのは、“bee Rugby”、つまり蜂のように選手が動き回るラグビーだという。

常に動き回って、仲間が相手につかまったらすぐに助けに行くとか、倒れても相手より早く立ち上がってプレーするのが、“bee Rugby”ですね。蜂ってしぶといイメージがあるじゃないですか。大きな相手に一人目がタックルに行って、そこで倒せなくても2人目の選手が刺しに行く。そういった、相手にとって嫌がられるようなラグビーを目指しています

トヨタ自動車ヴェルブリッツ所属で、共に7人制ラグビーの代表チームで戦っている彦坂匡克選手(左)と。

bee Rugby”を実現するにあたって大事なのは、スピードとフィットネス。大柄でスピードもある小澤選手は、まさに“bee Rugby”の申し子とも言える存在だ。

本音を言えば、チームを強化するために海外のチームと試合がしたいですね。でも、こんな状況でもポジティブなチームメイトの存在には感謝していますし、身体をケアしてくれるトレーナーや、スケジュールを管理してくれるマネージャーのおかげで、前を向いてラグビーに取り組むことができます

東京2020オリンピックの後や、現役を退いた後に思い描くセカンドキャリアを尋ねると、こんな答が返ってきた。

まず快く出向させてくれたトヨタとチームに恩返しがしたいという気持ちがあります。だからチームから必要とされれば15人制に戻るでしょう。一方で、このままスパッと7人制を止めてしまうと、強化の継続性が失われてしまうという思いもあります。だから7人制の強化と普及に携わることも考えています。2019年にラグビーが盛り上がったのもスコットランドに勝ったからだし、サッカーが人気を保っているのもワールドカップに続けて出ているからだと思います。だから7人制、15人制のどちらもラグビーを強くして、認知度を上げて、プレーする人を増やしていきたいです

恩師や家族、チームメイト、会社やチームへの感謝を口にする小澤大選手。彼は、いつの日か自分を育ててくれたラグビーに恩返しをするつもりなのだ。

(文・サトータケシ)

小澤 大|Ozawa Dai

ラグビー

1989年、岐阜県生まれ。小学生よりラグビーを始め、岐阜工業高校に進学。1年生で花園(全国高等学校ラグビーフットボール大会)に出場。その後、流通経済大学に進学。関東大学ラグビーリーグ戦1部での初優勝に貢献した。卒業後はトヨタ自動車株式会社に入社し、トヨタ自動車ヴェルブリッツに加入。現在は日本ラグビーフットボール協会に出向中。趣味はショッピング、スポーツ観戦。

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