第9回 「レストアの匠」自動車整備士 岡田浩二(前編)

2022.05.17

自動車業界を匠の技で支える「職人」特集。第9回はトヨタ初の本格スポーツカー「トヨタ 2000GT」を新車同様に甦らせる「レストアの匠」に話を聞く

3DプリンターやAIをはじめとするテクノロジーの進化に注目が集まる現代。だが、クルマづくりの現場では今もなお多数の「手仕事」が生かされている。

トヨタイムズでは、自動車業界を匠の技能で支える「職人」にスポットライトを当て、日本の「モノづくり」の真髄に迫る「日本のクルマづくりを支える職人たち」を特集する。

今回は「レストアの匠」、自動車整備士 岡田浩二の前編をお送りする。

9回 伝説のスポーツカーを新車同様に甦らせる「レストアの匠」岡田浩二

トヨタメトロジック株式会社 サービス部 芝浦サービス室 整備グループ 第1整備チーム 主査

クルマの「生命」を支える自動車整備士

トヨタの「匠」は、トヨタ自動車の中だけではない。グループ会社にも、卓越した技能と経験で素晴らしい仕事をする職人がたくさんいる。

今回は、トヨタ初の本格スポーツカー「トヨタ2000 GT」のフルレストアサービスを担当している「レストアの匠」、トヨタメトロジック株式会社サービス部芝浦サービス室 整備グループ 第1整備チーム主査の岡田浩二を取材した。

仕事場に立つ岡田浩二。自動車整備の世界ひとすじに歩んできた

現代のクルマは普通に使っている限り故障することはあまりない。クルマは「走る精密機械」ともいえる工業製品のひとつの究極だ。ネジ1本まで数えると、3万点以上の部品で構成され、それが完璧に連携してはじめて、クルマは走ることができる。

しかし、どんな機械も永遠ではない。クルマが「走る」「曲がる」「止まる」際に部品には強いストレスがかかるし、ゴムやオイルシールなどの消耗部品は、時間が経つと劣化する。こうした経年劣化や部品へのストレスが蓄積すると、やがて壊れて、「走る」「曲がる」「止まる」というクルマの機能が徐々に、あるいは突然に失われてしまう。

そこで行われるのが「定期点検」や「車検整備」などの自動車整備。部品の定期的な交換や修理を行えば、クルマ本来の性能を長く維持することができる。そして、この仕事担当するのが自動車整備士だ。

貴重なクルマ、愛するクルマを甦らせる「レストア」

トヨタ博物館(愛知県長久手市)には、完璧にレストアされ、走行可能な世界中の歴史的な名車、約140台が展示されている

自動車整備士が行う整備の中でも特別な領域、「匠の技」が求められるのが「レストア」と呼ばれる修復作業だ。

クルマの交換部品の供給期間は一般的にそのクルマの生産が終了してから約10年間。それ以降になると部品の入手は難しくなる。最近では資源保護の観点から、廃車になったクルマから取り外して再生したリサイクル部品も幅広く流通し利用されている。だがクルマが古くなればなるほど、また生産台数が少なければ少ないほど、交換用部品の絶対数は少なくなり、入手は困難になる。その結果、整備や修理が難しくなり、クルマの寿命が尽きてしまう。

クルマは日進月歩で進化しているから、世代交代だと考えれば、これは仕方のないこと。ただクルマ好きの中には、お気に入りの愛車に「何とかして一生乗り続けたい」「次の世代に受け継ぎたい」という人もいる。また、クルマの中にはつくられた時代の技術や文化を象徴している、未来に遺すべき工業文化遺産もある。

「レストア」はこうしたクルマのオーナーや、クルマを保全する博物館などのために、普通の自動車整備工場では整備や修理が不可能な古いクルマを、一般的な自動車整備とは異なる特別な技術で、できるだけ元通りの機能や美しさで復活させる仕事。

特にクルマをネジ1本までバラバラに分解し、交換できる部品は交換。代わりのない部品を再生したり新たに製作したりして、そのクルマが製造された当時の状態に戻す作業は「フルレストア」と呼ばれ、車種ごとに特別な知識とノウハウ、高い技能と長い経験が必要とされる。

現在、自動車整備士の数は、日本全国で約33万人。その中でもこの「レストア」ができる人はごくわずか。まさに匠の世界である。そして岡田浩二はトヨタメトロジックが誇る「レストアの匠」である。

伝説の「トヨタ2000 GT」をフルレストア

岡田浩二は現在、世界的に有名な「伝説の日本車」のフルレストアに日々取り組んでいる。そのクルマとはトヨタ初の本格スポーツカー「トヨタ 2000 GT」だ。

“国産初のスーパーカー”ともいわれるこのクルマは、19675月から19708月まで33カ月だけ生産された2シータースポーツカー。生産台数は試作車を含めてわずか337台。国内ばかりでなく海外にも輸出され、発売から半世紀以上を経た今も世界中に熱狂的なファンがいる。

トヨタ博物館には2台のトヨタ2000GTが、貴重な工業文化遺産として展示されている

何よりも素晴らしいのは、トヨタの社内デザイナーだった野崎喩が手掛けた、一度見たら絶対に忘れることのできない流麗なエクステリアデザインだ。

また、メカニズムの先進性でも、トヨタ 2000 GTは飛び抜けた存在だった。確実なギアチェンジを可能にする5速フルシンクロメッシュのマニュアルトランスミッション。理想的なロードホールディングのための、コイルスプリングを使った4輪ダブルウィッシュボーン式サスペンション。ハイスピード走行に対応した4輪ディスクブレーキ。ダイレクトでシャープな操舵感を実現したラック&ピニオン式ステアリング。

そして、スポーツカーらしい、低いフロントノーズを実現したリトラクタブル式ヘッドライト。超軽量な4輪マグネシウム合金製ホイール。すべてトヨタ史上、このクルマで初めて市販車に採用された先進装備。トヨタ車でこうしたメカニズムが一般化するのは約20年後。つまり時代に20年も先駆けていたのである。

何よりも先進的だったのが、ヤマハ発動機の技術協力を得て完成した、直列6気筒2リッターの3M型エンジン。トヨタ初のDOHC機構を備えていた。ボア&ストロークが等しいスクエア型で6,600rpm150psを発生。当時のスポーツカーでは世界トップクラスの最高速度220kmh0-400m加速15.9秒、0-100km/h加速8.6秒を実現した。また発売前から日本国内やアメリカのさまざまなレースに参戦。さらにスピードトライアルにも挑戦し、3つの世界記録と13の国際新記録を樹立している。

トヨタ初の直列6気筒クロスフロー型DOCHエンジン「M3型」。エンジンブロックはクラウン用として1965年に登場したSOHCのM型となる

実際の生産を担当したのもヤマハ発動機。3次元曲面のフロントガラスとすき間なく見事に一体化したボディパネルは生産車では異例となる、すべて熟練の板金職人の手づくりによるもの。同社の親会社ともいえる日本楽器製造(現ヤマハ)の木工技術が活用された、インストルメントパネルやステアリングなど、インテリアの素晴らしさも特筆すべき点だ。

トヨタ博物館に展示されているトヨタ2000GT ロードスター。ウッドが多用された、クラフトマンシップを感じさせるインテリアに注目

こうした仕様から価格も238万円と、現在なら約2000万円に相当する金額に。だが性能や仕様を考えるとこの価格は買い得で、当時、生産すればするほど赤字だったという話が残されている。

岡田浩二は同僚の匠とともに2人でこのクルマのフルレストアを手掛けている。「スーパーカー世代の私にとっても、トヨタ 2000 GTは特別な存在。1台をフルレストアするのには早くても1年数カ月はかかりますね。時間がかかり過ぎだ、と思われるかもしれません。でも、ネジ1本までバラバラにして組み直すフルレストアでは、どうしてもそのくらいの時間がかかってしまうんです」と岡田は語る。

では「レストアの匠」岡田浩二が手掛けるトヨタ2000 GTのフルレストアとはどのようなものなのか。後編では実際のレストア作業と、岡田の職人技を紹介する。

【後編はこちら】

(文/写真・渋谷 康人)

※個人のお客様及び自動車整備関連業者様からのご依頼はお受けしておりません

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