意志ある踊り場とは、単に「減産」の期間ではない。今トヨタが何をすべきか議論は白熱した。
4月15日、愛知県豊田市の本社で“労使懇談会”(以下、労使懇)が開かれた。2月から3月にかけて“労使協議会”(以下、労使協)が行われたばかりにも関わらず、なぜこの時期に話し合いの場が持たれたのか。そして議論された内容とは。その様子を公開する。
話し合うだけで終わらせない
トヨタの労使の話し合いは、“春闘”と呼ばれる時期の一過性のイベントではない。
年間を通じて、職場、本部・カンパニー、全社という3つの階層で行われている。したがって、例年、春闘期間に行う労使協は、1年間の労使コミュニケーションの“総決算”と位置付けられる。
今年は、より効率的に年間の話し合いを進めるため、労使協で議論した経営課題や職場課題への対応状況を確認し合う労使懇が実施された。
参加者の顔ぶれは、会社側が副社長以下、組合側が副委員長以下と、先の労使協と異なるが「自動車産業550万人に信頼されるトヨタになる」という軸は変わらない。
春の労使協では、その550万人のうち、およそ7割に組合がないことが説明された。だからこそ「交渉のテーブルにもつけない仲間を含めた、550万人全体への貢献」が重要であると、労使で確認。
そして、豊田章男社長が初回の話し合いの時点で「賃金・賞与について認識に相違はない」という発言をしたのも、550万人の仲間たちに“良い風を吹かせたい”という想いがあったからであった。
あれから約2カ月。良い風は吹いているのだろうか。
“意志ある踊り場”の実態とは
3月9日の労使協回答日、豊田社長は新型コロナウイルスや半導体不足からの挽回生産と急減産を繰り返す生産状況を“危機対応”と指摘。
健全な職場環境を整えるため、4~6月を「意志ある踊り場」として、生産計画の調整を決断した。
今回の労使懇では、先の労使協を振り返りながら、この“踊り場”をどのような意志をもって過ごしていくか、労使が議論した。
まず、世間から「搾取」「下請けいじめ」と言われる仕入先との関係について、足元の状況と今後の方針が共有された。
会社:熊倉和生 調達本部長
労使協が終わってすぐに、より現実に即した3カ月の生産計画を仕入先様に伝えました。
「人の手配などに苦労していたのでありがたかった」という声の一方、台数を落とすことにがっかりした仕入先様も多く、バランスをとりながら一緒になって成長することが大事だと思いました。
材料の高騰については、基本的にはトヨタが負担していますが、足元で急激に高騰している中、キャッシュの面でも苦労しているという話も聞きますので、臨機応変に対応したいと思っています。
また、ティアの深いところについては、1次仕入先様を通して展開いただくのが基本だと思っています。1次仕入先様としっかりタッグを組んで、2次以降の仕入先様にもこの取り組みが浸透できるようにしていきたいと思っています。
まだまだ完璧ではありません。胸を張って全部できている状況でもありません。しかし、それでも一つひとつ、かみ砕いていくことが大事だと思っています。
労使協以降も、ウクライナ情勢、福島県での地震など不透明な状況が続いている。労使からは、仕入先だけでなく、販売店にも負担をかけてしまっている実態が報告された。
全トヨタ労連:辻志門 副事務局長
まず、3月の労使協で、4~6月が「意志ある踊り場」と決定されたことは、大変ありがたいことだととらえています。
安定した生産計画とその実行は、トヨタ生産方式の輪の中にいる、製造・輸送・販売の仲間の働き方だけではなく、労働条件向上という観点からも、非常に重要な意味があります。
一方で、今の現場の感覚としては、「本当に安定した生産が続くか不安」「7月以降の生産レベルの上振れ・下振れが不安」という声が先立っているようです。
第2回 労使協では、納期をお客様に示すことができないことが何よりつらいという販売店の声もお伝えしましたが、納期の変更により、お客様にご迷惑をお掛けしている状況もあります。
具体的には、お客様に行政の書類の取り直しをお願いしているとか、納期が年度をまたぎ、適用される税制が変わって、支払額が変わるなどです。
さらには、減産が発生した時期に切り替えを予定していたモデルでは、新型への変更をお客様に提案しているケースが発生しています。
会社:赤尾克己副本部長
販売店の皆さまには、長納期や度重なる納期の変更で、何度も何度も、お客様のところに足を運んでお詫びいただいたり、書類をとり直したり、さまざまな負荷をおかけしています。
必死になってコミュニケーションを取っていただいている中で、少しでもお客様に前向きにお待ちいただこうと、納車待ちのクルマを事前に試乗し、最新の装備について説明が受けられる場を用意するなど、さまざまな取り組みを進めています。
ご購入いただいたクルマの開発者の想いや生産工場の様子を動画でお見せするなど、販売店様の活動の一助になるよう、我々もサポートしたいと思っています。
メーカーとしても、できる限り、安定した生産計画を先まで示すことで、納車予定の連絡を、従来の約1カ月から約3カ月に伸ばし、できるだけ早く情報をお伝え、お客様に安心いただこうとしています。
これからも、販売店様の声を聞きながら、一体になって、お客様へご理解いただけるように取り組んでいこうと考えています。
仕入先や販売店への寄り添い方を模索するトヨタの労使。それに呼応した活動が全トヨタ労連でも始まっているという。グループ会社出身の組合幹部が紹介する。
全トヨタ労連:星野義昌 副会長
トヨタが(3月の)労使協で話し合った「仕入先様に寄り添う活動」に関して、全トヨタ労連の役割が果たせる仕組みづくりをトヨタ労使の皆さんと相談しています。
その中で、2つ、新しい取り組みを進めています。
1点目は、加盟組合の労使で、生産やそれに関わる時間管理、職場実態について労使の話し合いを持ち、レベルアップを促進する取り組みです。
現時点では、生産台数や要員などの生産計画について、議論そのものができていない労使もあります。
今回を機に、“労使の基礎力”にも改めて光を当てながら、会社とより本音の会話ができる労使関係の構築を進め、挽回生産に向けた議論ができるようにしたいと思います。
2点目は、毎月、本部役員が加盟組合とコミュニケーションする機会に、新たに生産に関する困りごとを集約し、トヨタ労使の皆さんと解決に向けた話し合いや協力をしたいと考えています。
不透明、かつ、不確実なリスクが存在しますが、労使でより丁寧なコミュニケーションが図れるプロセスを整え、全トに集う労使の話し合いから強いオールトヨタの体制をつくり出していきたいと考えております。
組合のコメントを受けて、岡田政道CPO(Chief Production Officer)は、生産現場における労使のコミュニケーションの大切さについて話した。
会社:岡田政道CPO
労使のコミュニケーションは、製造の現場で一番大事にしてきたことです。
職場の面倒見、困りごと、標準作業一つとっても、なかなか徹底できないのは、怠けているからではありません。やりにくい作業をそのままにしているからです。
その気付きのきっかけが、コミュニケーションなんです。それが不足すると、結果的に負担のある仕事をし続けることになってしまいます。
そうならないよう、いかに時間をとって、労使が会話を持つかが大切です。特に4~6月を「意志ある踊り場」とした以上は、意志をもって時間をつくる。
この期間に特化してやれることと、その先に継続的にやるべきことは、6月の出口までにはしっかり確認をして、みなさんと相談したいと思います。
「意志ある踊り場」とは単に「減産」を指すのではない。負荷が高いときに手を付けられなかった改善活動や人材育成などの強い基盤づくりを行う期間である。
全員活躍のため、トヨタが進めていること
急増するキャリア入社者、夫婦共働きによる育児と仕事の両立者、障がい者――。多様なバックグラウンドを持つ従業員が増え、職場の悩みは多岐にわたっている。
春の労使協では、多様な個人が「全員活躍」するために、それぞれのキャリアプランの悩みにいかに寄り添うかについて議論。
今回は一歩踏み込んで、今後どのように活動を進めていくか話し合った。
会社:東崇徳 総務・人事本部長
全員活躍については、上司と本人が年1回だけではなく、定期的に1on1で将来どうなりたいかをしっかり話し合って、お互いの理解を深めていくことが大事だと思います。
ただし、そのためには時間が必要ですし、管理スパン(上司1人あたりの部下の数)がボトルネックになっていると思います。職場マネジメントがメンバーに寄り添う時間をいかに捻出できるか。技能系、事技系の両方の職場で、管理スパンが適正か見ていただきたいと思います。
時間の捻出の一つとしては、まず、上司と部下とのコミュニケーションや“報連相”がどうなっているかを把握する必要があります。仕事のやり直しが続いているという実態もあると思います。
2つめとしては、例えば、私たち、人事・経理は、いろいろなお願いをグループ長に展開しています。いかに相手目線での情報発信ができているか、そもそもやらなければならないのかも含め、棚卸ししていきたいと思います。
最近、部長の皆さんと、10人ずつの座談会を始めました。部長やグループ長の皆さんが感じていることを、私たち人事も把握しますし、各職場の皆さんとも相談しながら、議論していきたいと考えております。
人材マッチングについては、これまで、年間300件ぐらい、トヨタの人材を派遣してほしいと他社様から要望をいただいていましたが、できていませんでした。
これを受け、グループ各社にどのようなニーズがあるのか聞き、棚卸しをして、双方向の人材マッチングをするための話し合いを始めました。
もちろん、今の職場でチャレンジテーマに取り組むことも大事です。一方で、視野を広げて、グループ全体で働く、活躍の場があるというところも、しっかり話し合えるようにしていきたいと思っています。
4~6月は、各職場で職場懇談会・支部懇談会を通じ、全員活躍について話し合っていただきたいと思いますし、私たちも労使専門委員会を通じて議論していきたいと思います。
7月には施策の方向性を皆さんに提案できるよう、取り組んでいきたいと思います。
デジタル化とは、何を進めることなのか
続いての議題は「デジタル化」。
労使協では「情報・ツールの氾濫」「情報格差」「変わらない人への対応」など、さまざまな悩みや困りごとに対し、労使専門委員会を立ち上げて、年間を通じて取り組むことを確認した。
一体どのように進めるのか、その後の進展について会社側から語られた。
会社:泉賢人室長
デジタル化は人によって、理解や期待、取り組みの姿勢が大きく異なるため、それぞれの人に合った取り組みが必要です。
大きく分けると2つに層別することができます。
1つは、デジタルネイティブの活躍をどんどん後押ししていくことです。もう1つは、デジタル化になじめずに困っている人にしっかり寄り添う活動です。
労使協会議での悩みや困りごとは、主に後者に関することでした。そのため、まずはデジタルツールを利用するときに、全員が気持ち良くコミュニケーションできるルールやマナーを設定し、徹底していきたいと考えております。
例えば、受け手の稼働時間を意識してメッセージを送り合うなどの当たり前のルールやマナーを設定します。
それと並行して、あるべき働き方を議論し、Teamsなどの必要最低限のスキルを定めます。そして、デジタルネイティブの活躍を妨げないよう、「今さら聞けないシリーズ」など基礎トレーニングを行い、全員で身に付けていきたいと考えております。
また、デジタルネイティブがさらに活躍できる環境をつくるために、専門トレーニングコンテンツの整備やマネジメントからの後押しを進めます。
その後、新しいツールになじめない人の巻きこみ方など、一通り議論を終えた後、デジタル戦略のトップを務めるジェームス・カフナーCDO(Chief Digital Officer)より、デジタル化を進めるうえで大切な3つのポイントが語られた。
会社:ジェームス・カフナーCDO
まず、最も大事なことは、心理的安全性のある環境をつくることです。さまざまな研究を通じて、心理的安全性があることが、仕事がうまく回るだけではなく、優れた職場環境をつくるうえで重要であることが分かっています。
怖れることなくメンバーから上司に話ができることや、透明性のある情報共有が行われていることが必要です。何が問題なのかが分かっていなければ、問題解決はできません。
次に、部門を超えて情報共有を行う場合は、「伝言ゲーム」をやらないように気をつけることです。
今の私たちは、例えば、不要な上司承認を待つことなく、これまで以上に迅速に、必要な人たちに情報を共有できます。現場ですぐに意思決定ができ、実行に移すことにもつながります。
新しいツールやデジタル化に向けた取り組みにより、情報共有が進み、ワンチームとして動けるようになることを期待しています。
最後に、ツールと情報共有により、今まで以上に、お互いのことを知ることができると思いますし、お客様の声に触れることもできると思います。
マネジメントの皆さんには、新しい働き方を推進するうえで、好事例を積極的に示していってほしいと思います。
私たちは、「心理的安全性」「質の高いコミュニケーション」「チーム間でより丁寧に話を聞くこと」を推進していきます。それにより、日々頑張って仕事をしているチームの皆さんに、ポジティブな影響や変化を生み出せると思っています。
デジタル化とは、“働き方を変えること”である。それは550万人の仕事をラクにすることにもつながる。だからこそ労使で取り組む2本柱の一つに掲げ、重点的に取り組みを進めていく。
最後に前田昌彦副社長がデジタル化の議論を総括した。
会社:前田昌彦副社長
例えば、開発現場のデジタルツールには、ソフト開発のツールもあれば、TeamsやSlackなどのコミュニケーションツールもあります。
「デジタル化」という言葉だけが先行すると、ツールを使うことが目的になってしまいます。
なかなかデジタルツールを使いこなせない人に、何のためのものなのか、使いこなした先に何があるのかをしっかり共有することが大事だと思います。
どのデジタルツールも、「自分や自分以外の誰かの仕事が楽になる」ということが大きなテーマだと思います。組合とのコミュニケーションもこのことを意識しながらやっていきたいと思います。
今後は、本日のような話し合いを各職場でブレイクダウンし、具体的な課題認識や真因が何か話し合いをすることが必要になってくると思います。
各職場に本日の話し合いの内容を落とし込む際には、職場に応じた具体性のある議論にできるよう、私自身も努めたいと思います。
仕入先との向き合い方、足元の生産、全員活躍、デジタル化――。労使協から話し合ってきたテーマについて議論を終え、労使それぞれが総括をした。
組合:光田聡志書記長
先月の労使協で話し合った内容について、さらに一歩踏み込んだ話ができました。今日取り上げた課題については、ブレイクダウンし、各職場での話し合いも、さらに充実をさせていきたいと思っています。
腹を割って話ができるようになった職場も増えてきましたが、なかなかうまくいっていない職場もあります。
一つひとつの職場で話し合いをし、変えていくことが、会社全体を変えていくことにも、550万人の仲間全体に貢献する基盤をつくることにもつながると考えております。
職場役員も話し合いをもっと良いものにしたいという想いで、従来以上に、いろいろ考え、悩んで、汗をかいて取り組んでいきます。
会社:桑田正規副社長
3月の労使協、そして、今回の話し合いでは言いにくいことを言っていただき、ありがとうございます。豊田自工会会長が「自動車産業550万人」という言葉を使うようになったことで、550万人のための話し合いが進んできたと思います。
トヨタ労組だけではなく、全トヨタ労連も一緒に労使で話し合い、より強固に550万人のためにやっていきたい。
勇気をもって声を出していただいたことに対しては、きちんと対応していくことが必要だと思います。
すぐに解決しないことがあると思いますが、声を聞き、キャッチボールして、いろいろなことに気付き、一つずつ解決していくこと。そうやって、信頼関係が築けて、もっと声が出せるようになるのではないでしょうか。
これは、550万人の仲間についても言えることだと思います。
年間を通じて話し合うテーマ、やっていく大枠が明確になってきました。これを今後につなげていければと思います。
豊田社長が願った「550万人の仲間たちへの良い風」を今後も多くの職場に届けていくために。トヨタの労使は、年間を通し、持続的に話し合いを続けていく。