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脱炭素へ燃やす、新燃料と闘争心 (2022開幕戦)

2022.04.06

カーボンニュートラルの選択肢を増やそうと始まった水素エンジン車でのスーパー耐久参戦。シーズンⅡに入っても、選択肢の拡大と仲間づくりは加速を続ける。

水素をエンジンで燃やして走る水素カローラのスーパー耐久(S耐)への挑戦が今年も始まった。

3月19~20日にわたって鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で行われたレースでは、今回も危なげない走りで5時間のレースを完走。

2季目を迎えた水素カローラ。5時間で97周、563.3kmを走破した (撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)

もはや、完走は見慣れた光景になりつつあるが、カーボンニュートラルの実現に向け、選択肢を増やす挑戦は、今季さらにギアを上げる。

昨年11月に岡山県で行われた最終戦を迎えるまで、メーカー開発車両が走るST-Qクラスには、水素カローラを含むROOKIE Racingの2車だけがエントリーされていた。

しかし、昨年の最終戦でマツダが、今年からSUBARUが加わり、5車でレースを競うことに。

中でも、新たに加わったSUBARU BRZROOKIE RacingGR86は、水素と二酸化炭素(CO2)を合成してつくる燃料(合成燃料)でレースに参戦するなど、今回もカーボンニュートラルに向けた技術の進化と取り組みの深化があった。

エネルギーを「つくる」「はこぶ」「つかう」の3つの観点に整理し、今季開幕戦の挑戦をレポートする。

「つかう」選択肢の拡大:合成燃料が仲間入り

初参戦となったSUBARU BRZ GR86。使用する合成燃料はガソリンと同じく、エンジンで燃焼させて走る。

合成燃料で走るGR86(手前)とSUBARU BRZ(奥)。 周回数はともに115周、63秒差の白熱した戦いを繰り広げた (撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)

走行時はCO2を排出するが、大気中のCO2を回収するなどして燃料を製造するので、排出量は±0。昨年の最終戦からマツダ デミオが使用しているバイオ燃料と並んで、カーボンニュートラルに貢献できる燃料である。

その魅力は、これまで培ってきたエンジン技術を残すことができ、既販車も含めて、カーボンニュートラル実現に貢献できることにある。

今年から、WRC(世界ラリー選手権)やWEC(世界耐久選手権)で使用され始めていることもあり、今、注目を集めている燃料だ。

なお、SUBARU BRZのエンジンは、量産と同様、2.4Lの水平対向。GR86GRヤリスのエンジンをベースに開発した1.4Lターボ。

エンジンは異なるが、燃料は、ともにWRCにも合成燃料を供給している欧州メーカー製のものを使う。

まだ、広く普及していない未来の技術で、どこまでレースに活用できるか関心が集まるが、カーボンニュートラル燃料のエンジン開発を担当する小川輝主査(GRパワトレ開発部)は「エンジンのハードはまったく変えていない。通常のガソリンエンジンと同じ。制御は点火時期、噴射タイミングなど、従来のエンジンでもやる範囲で変えている」と説明。

ドライバーからも「予想以上にガソリンと乗り味が変わらない。乗ってみてもどちらかわからない」というコメントが挙がっているという。

事実、SUBARU BRZGR86も、レース中に大きなトラブルは起こしておらず、既に実用的な燃料であると言えそうだ。

一方で、課題となっているのは価格だ。

小川主査は「今の燃料が最終形ではなく、どうやったら安くつくれるか、最少の変更で既存の技術・生産設備を使えるか考えている。燃料メーカーと安くつくれる製品と、従来のエンジンをなるべく変えずにつくれる仕組みを一緒に考えていく」と方向性を見据える。

今後、自動車メーカーと燃料メーカーの間で価格をつくりこみ、業界全体として規格化を図っていくことが必要となる。

「つかう」技術の進化:走行時間が伸びた水素エンジン

昨季、水素カローラはレース初参戦からの半年で、出力が24%、トルクが33%アップ。性能でガソリン車に引けを取らないレベルになった。

そこから、今回のレースに至るまでの進化は燃費にある。一般的にトレードオフの関係にあるといわれる出力・トルクはそのままに、燃費を2割向上。

GR車両開発部の高橋智也部長は「昨年、鈴鹿のコースでは1回の満充填で8周だったが、10周走れるようになった」とその進歩を表現する。

対策は気体燃料をいかに「使い切るか」にある。スプレー缶などと同様、気体燃料は残量が少なくなると、当初の力で噴射できなくなり、最後まで使い切るのが難しい。

今回は、水素タンクの残圧が低下し、エンジン内に燃料をうまく供給できなくなったときの燃焼を改善し、航続距離を上げることができたという。

さらに、給水素の時間も進化を遂げている。ノズルや充填口の径を大きくするともに、給水素側の圧力を従来の40MPaから、60MPaへと向上。

大流量充填を実現し、昨年末、1分50秒まで縮めてきた充填時間を、さらに20秒削って1分半とした。

給水素に訪れた水素カローラ(撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)

なお、今回のレースでは、今後、液体水素の利用に挑戦するというニュースも発表された。

液化水素にする一番のメリットは航続距離だ。圧縮された気体の水素は、液化することで、エネルギー密度(単位体積当たりのエネルギー量)が1.7倍程度になるので、それだけ、走行距離を長くすることができる。

ただ、メリットはそれだけではない。現在の気体水素には70MPaの圧力をかけているが、それが、ほぼ常圧で使えるようになる。

そうすれば、タンクの形状は(圧力が均等に分散する)“丸形”である必要がなくなるので、燃料の車載効率が向上する。

現在、水素カローラの後部座席には燃料タンクが4本積まれているが、それが小さくなり、かつ、形状に制約がなくなれば、後部座席の居住性を確保できるので、ユーザーの使い勝手が向上する。

一方で課題は温度管理だ。液化を保つためには、水素が気化してしまう-253℃より低い温度を保ち続けなければならない。

さらに、液体水素を積んで走るという新しい挑戦には、まだルールがないので、技術面と同様に、行政との法整備の相談も必要になる。

高橋部長は「クルマ、インフラ、法整備が整わないと液化水素では走れない。その3つを整えて、今シーズンのどこかで走れたら」と今後の展望を語った。

「はこぶ」量の増加:水素運搬量4倍

今回も水素を「はこぶ」挑戦として、トヨタ輸送のバイオ燃料トラックとCommercial Japan Partnership TechnologiesCJPT)のFC小型トラックが出動した。

注目すべきは、日常の物流の足を支える小型トラックで、一度に運べる水素の量が約4倍になったということだ。

CJPTの小型FCトラック。普通・中型(8t以下)免許で運転できる (撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)

背景には、タンクを金属製から樹脂ライナー製に変更したことがある。

初めて、FC小型トラックで水素を運んだ昨年9月の鈴鹿のレースでは、鉄のカードル(タンクの束)を使用していた。

樹脂ライナー製の水素タンクを束ねるカードル。FC小型トラックで一度に2つ運ぶことができる (撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)

小型トラックの最大積載量は3t未満。金属製のカードルは1つ1700kgのため、一度に1つしか積むことができず、15kgの水素を運ぶにとどまった。

また、愛知県豊田市から鈴鹿サーキットまでの往復200kmを運ぶには、小型トラックの燃料として、7kgの水素を使用する。15kgの水素を運ぶのに、7kgの水素を使う非効率的な状態だった。

今回は、関係各所と調整のうえ、安全を確保して、燃料電池車・MIRAIに使っている樹脂性タンクを束ねたカードルを開発。これにより、圧力を従来の20MPaから45MPaまで上昇させ、多くの水素が積めるようになった。

さらに、樹脂にしたことで、カードル一つ当たりの重さは1350kgまで軽量化でき、小型化にも成功。一度に2つのカードルが運べるようになり、水素の運搬量を56kgへと増やすことができた。

なお、MIRAIは、水素タンクの圧力が70MPaと、より高圧の状態で走行している。仮に、カードルに使うタンクの圧力をそこまで上げると、水素は83kgまで増やすことができる。

CJPTの中嶋裕樹社長は、「限定的な条件だが、こういう実証を行うことでデータをとることができる。いかに安全か、逆に、どこに課題があるかを洗い出して、関係各所の協力を得て(70MPaでの水素運搬を)実現したい」と抱負を述べた。

「つくる」仲間の広がり:山梨産グリーン水素

なお、今回、水素を「つくる」仲間に山梨県が加わった。

山梨県から提供を受けた水素カードル(撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)

同県は、東京電力ホールディングス、東レなどの企業と連携し、2021年6月から甲府市の米倉山太陽光発電所の電力を使って、水素をつくる試みを行っている。

製造能力は370Nm 3 /h。同発電所では、安定的に電力系統へ送電しながら、天候により、それを上回った電力でグリーン水素をつくり、県内外に供給している。

山梨県甲府市にある米倉山電力貯蔵技術研究サイト

同県はこの太陽光から水素をつくる一連のシステムを国内外へ展開するため、先の2社と2月に「やまなしハイドロジェンカンパニー」を設立。営業活動も熱心に行う。

S耐の会見に出席した長崎幸太郎知事は「太陽光などの再生可能エネルギーからグリーン水素をつくるデバイス、システムを全国へ、あるいは、グローバルへ展開したい」と意気込みを見せた。

グリーン水素の展開に意欲を見せる長崎幸太郎知事(撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)

意志ある情熱と行動で広がる仲間づくり

「意志ある情熱と行動」。この言葉も、すっかりS耐挑戦の代名詞になった。今回も、レースの予選日に行われた記者会見で、豊田章男社長はこんな言葉を残している。

豊田社長

カーボンニュートラルは全国民、全産業が参加して成立するものだと思っています。規制や目標をつくって、すぐ実現できるものではなく、「意志ある情熱と行動」が未来の姿を変えていくと思っております。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

レースだけを見ても、その“参加の輪”は、確実に広がっている。会見場のバックボードの企業・自治体のロゴは、立ち上がり当初の8つから、今回のレースでは22個に。

さらに、同じクラスで競うマツダとSUBARUの社内にも変化を及ぼしているという。

マツダ 丸本明社長(会見にて)

実は数週間前、SUBARU BRZGR86の手ごわさを目の当たりにして、エンジニアから「後半戦に向けて2.2L 300馬力のディーゼルエンジンを開発したい」と言われました。

その強い要望を受け、さらなる挑戦に同意しました。ぜひ、後半ではガチで戦わせていただければと思います。

カーボンニュートラル燃料の普及、ファンづくり、そして、エンジニアの育成を大目的に参加していきます。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

SUBARU 中村知美社長(会見にて)

まさに今、「意志ある情熱と行動」を持った100名を超える社員が参画して、開発テストが進められています。

昨年11月の参戦表明から、非常に短い期間で、日常の業務とレース車両の開発を両立させて、頑張ってきてくれました。

参加しているエンジニアは入社3~4年目の若い社員も多く、部門の壁を越えて、ひとつのチームとなって、試行錯誤しながら、今日を迎えることができました。

多くの社員に刺激を与えて、それぞれの成長につながればと思っています。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

「意志ある情熱と行動」が伝播し、各社のエンジニアの心に火がつく。そして、それが新たな競争へとつながっていく。

ライバルと競い合いながら、クルマを鍛え、速くするのが、モータースポーツの醍醐味だ。

モータースポーツファンの前で、熱い競争を繰り広げながら、カーボンニュートラル社会を目指す。今年も選択肢の拡大と仲間づくりへ、挑戦は加速していく。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY
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