想像するだけでは"YOUの視点"は持てない。コロナ禍の生産変動や稼働調整で負担をかけている仕入先へトヨタがすべきこととは。
持続的な「成長と分配」に続き、話題は仕入先との関係について。「トヨタが搾取している」と言われることについて、会社と組合、双方から語られた内容とは。
「仕入先から搾取」と言われることについて
中編では、トヨタの決算が報じられるたびに話題になる「下請けいじめ」について。組合から、「550万人の中でも、最も近くで生産を支えてくださる仕入先様の皆さんとの関係について議論したい」と意見が述べられた。
もっと本音を話してもらい、困りごとに寄り添えるように、今の取り組みで足りないことは何か。会社の考えを問われ、調達を担当する熊倉和生本部長が回答した。
会社:熊倉 調達本部長
たくさんの仕事を仕入先様にお願いしている中で、「搾取」や「下請けいじめ」という言葉が聞こえ、大変自分の胸に刺さっています。
我々調達は、仕入先様を「トヨタの分工場」と考え、トヨタも仕入先様も一緒であるという「共存共栄と相互繁栄」を心に持ちながら、活動を進めております。
我々が、直接取引しているTier1(1次仕入先)の数は約400社。Tierの深いところまで含めると、のべ約60,000社にお支えいただいています。“お支えいただいている”と思い活動をしていますので、我々に「下請け」という言葉はありません。
私事ですが、ちょうど2年前に、4年間お世話になった豊田自動織機からトヨタに戻りました。その際、豊田(章男)社長から「仕入先様と自分(豊田社長)の距離を縮めてほしい。外からトヨタのことを見て感じてきた経験は必ず生きるし、生かしてほしい」と言われました。
自分は何をしたらよいのか迷いながらも、そのようなきっかけで仕入先様との活動を始めています。
2年前はコロナ禍による生産の激減があり、先が見通せない状況でした。そんな不透明な中で、「基準」を示すことで、国や産業のペースメーカーとなり、何か世界に貢献できないかという豊田社長の想いのもと、仕入先様にもこまめに生産台数や収益の基準を示しながら、一緒に生産活動を支えてきました。
大変な苦労もありましたが、「精度の良い内示をタイムリーに示していただいて、なんとか生産量の維持につながり、ありがたい」という声もいただいています。
残念ながら、現在までもコロナの感染拡大や半導体供給不足による生産計画変更が続いています。その間に火災や水害もありました。お客様へ少しでも早くクルマをお届けしたい。
仕入先様にとっても、早期に挽回し、生産量を確保することが良いと信じて活動を進めていますが、2年前と異なり、先読みが大変難しく、長期にわたり、直前での生産の内示の急減が続いているので、いろいろなご負担をおかけしていると思います。
寄せられた仕入先様からの声です。
こうしたご負担やご尽力を我々がきちんと理解することに加え、さまざまな困りごとについては、現在、Tier2以降分のご負担も含め、Tier1を通して1つずつ聞いていくことで、活動に生かしたいと考えております。
2年ほど前の事例ですが、仕入先様の困りごととして一番多かった補給部品型廃却の活動を紹介します。不要な型の廃却活動をTier1と推進しています。
長らく、型置場や倉庫など保管のご負担をおかけしておりましたが、知恵を出し合い、勉強会などを通じて少しずつ不要な型の廃却が進んできました。
活動前と比較すると、倍以上の約1万型の廃却が実現できています。こうした地道な活動を、今後、Tier2以降の仕入先様との活動にも浸透させたいという想いで、続けていきたいと思っています。
仕入先様との距離を短くし、本当の相互繁栄につながる活動にするには何をすればよいのか、コロナ禍、自然災害、半導体供給不足などの危機対応を一緒にする中で少しずつわかってきたこともあります。
一方で、自分たちがやっていることは本当に正しいのか、本当に相手の立場で仕事ができているのか、本当の価値を見つけられたのかというと全然自信がありません。
仕入先様の製造現場や、収益状況などを確認し、大変さや人の痛みがわかるように調達バイヤーの感性を磨き、目利き力を向上させるなど本音のコミュニケーションができる関係をつくっていきたいと思います。
さらに多くの仕入先の実態に寄り添っていく会社の考えを受け、実際に仕入先への出向を経験した幹部職から、現場での生々しい実態が紹介された。
仕入先出向経験のある幹部職(パワートレーンカンパニー所属)
ここ数年、パワートレーンのメンバーも、SSA*を通じて、仕入先様に入り込む活動にチャレンジしています。しかし、本音を聞くというのは、決して簡単なことではありません。
*Smart Standard Activity:トヨタが仕入先の困りごとに向きあって行う品質・性能基準適正化 特別活動
当初はなかなか本当の困りごとを言っていただけませんでした。「我々の力で仕入先様の収益改善を」という想いで活動を始めましたが、これも今思えば、上から目線で壁をつくっていた一因だったと思います。
壁を感じながらのスタートではありましたが、先方の作業服を着て、一員として、トヨタの各部署に掛け合うことや、トヨタの評価方法の見直しに踏み込むなど“本気で動く”ことを通じて、少しずつ仲間として認められてきたと感じはじめました。
お世話になった仕入先様も、この活動をきっかけとして、Tier2・Tier3の作業服を着て入り込む活動を推進くださいました。
Tier2、Tier3にとって、1円の値引きは経営の命取りになりかねません。
特にエンジン部品の場合、将来、台数減が見込まれる中、ただ単に「原低(原価低減)」と言っていては、部品をつくっていただける仕入先様が減ってしまうのではないかという危機感を持ち始めました。
そんな中、休日出勤してなんとか生産数を確保いただいている仕入先様を少しでも楽にしたいと、一緒になって、不良率低減や稼働率アップを始めました。
Tier1への取り組みがTier2・Tier3へ広がりをみせ、それを実感し、とてもうれしく、ありがたく感じました。
当初この活動は、「仕入先様の収益改善のための」という想いで行っていましたが、トヨタが自動車をつくり続けるために、仕入先様に真のパートナーとなっていただく。まさに550万人のための活動だと気づき、活動に対するモチベーションがさらに高まりました。
550万人の仲間に、トヨタが真のパートナーだと思っていただけるよう、さらに、微力ながら努力し続けてまいります。
仕入先との共存共栄へ、業界全体で取り組む
この発言を受けて、挙手をしたのはトヨタの技術開発を統括する前田昌彦CTO(Chief Technology Officer)。出向者の職場であるパワートレーンカンパニーを見ていた立場で、実体験を交えて補足した。
会社:前田CTO
活動が終わり、チームを受け入れてくれた方々と話をさせていただいたときに、「トヨタのジャケットではなく、Tier1、もしくはTier2、Tier3のジャケットを着て、トヨタにモノを言える人がいるということが大変ありがたい」という言葉をいただきました。
非常に複雑な気持ちでした。まだまだ、トヨタにはモノが言いにくいことを如実に表した言葉だと感じました。
社長からは“YOUの視点”という言葉をいただきました。SSAの中で「トヨタのジャケットを着て、仕入先様の中に入って活動したら十分なのでは?」と思っていましたが、「全然“YOUの視点”が足りなかった」「簡単ではないんだ」と感じました。
むしろ実体験の積み重ねがないと、本質的な視点は持てないのではないかと考えながら、仕入先様と話をさせていただきました。
“YOUの視点”は簡単には持てない、自分たちの行動からしか想像や発見はできないかもしれないということを、今後も組合と一緒に行動し、かみしめながら、経験を重ねていけたらと思います。
続いて、伊村隆博 生産副本部長が発言。生産現場における仕入先との向き合い方について次のように説明した。
会社:伊村 生産副本部長
製造現場では、仕入先様を「前工程」と言います。自分たちの工場では、組立の前工程は塗装、塗装であればボデー。仕入先の方々に一生懸命いい部品をつくっていただいて、その部品が届いて初めてクルマがつくれるということです。
自分たちだけでは何もできません。仲間がいて初めてクルマができるということを、まずは我々がしっかり腹に落として行動していく。「困りごとがあったら言ってください」では言ってもらえないと思います。
先方に行ったら、状況をしっかり確認して、「これどうなんですか」と、こちらから切り出すような問いかけをしなければ、なかなか(困りごとを)言うことはできません。
ましてや、トヨタの開発部署や調達部署に「困っています」とは言えないと思います。
仕入先様の責任ではありません。一番大事なのは、異常があった場合は、まずは早く処置をすることです。お客様を待たせてはいけません。その後に再発防止を考えればいいんです。
まだまだ道半ばですが、そのような気持ちで接することを始めていますので、仕入先様の困りごとも含めて、改めてしっかり550万人に目を向けていきたいと思います。
その後、トヨタ個社だけではなく、自動車業界全体でどう仕入先の困りごとを把握し、改善していけるかについて議論。そして、組合として今後大切にすべきことも述べられた。
この日の話し合いは、いよいよ終盤へ。例年の展開と異なる豊田社長の発言に続く。
(後編へ続く)