"共通の基盤"に立つことを目指し、話し合いを続けてきたトヨタの労使。1年の議論の"総決算"が今年も始まった。
2月16日、トヨタ自動車労働組合から会社へ春季労使交渉の申し入れが行われた。
会場となった愛知県豊田市の本社には、組合からは西野勝義委員長をはじめとする幹部が出席。
会社からは河合満EF(Executive Fellow)、桑田正規CHRO(Chief Human Resources Officer)、総務・人事本部の東崇徳 本部長らが参加し、要求案を受け取った。
トヨタの労使は“クルマの両輪”
世間では“春闘”と呼ばれている労使交渉だが、トヨタではこのような呼称は使っていない。
それは、会社と組合を“対立の関係”ととらえるのではなく、“クルマの両輪”とみなしているからだ。この労使関係のルーツは1962年に締結された「労使宣言」にさかのぼる。
当時は乗用車の貿易自由化を控え、日本市場が欧米のクルマに席巻されるかもしれない難局を迎えていた。これを乗り切るため、労使が一丸となる誓いを立て、まとめ上げたのがこの労使宣言である。
以来、労使は「相互信頼」を基本として、自動車産業の興隆を通じ、国民経済を発展させるべく、手を取り合ってきた。
“共通の基盤”を模索した3年間
近年の協議でターニングポイントとなったのは、2019年の春交渉だ。
自動車業界は「100年に一度の大変革期」と言われ、「生きるか死ぬか」の戦いにある中、会社の置かれている状況についての認識の甘さと、労使が変われずにいる事実を深く反省。
年間協定が結べず、冬の賞与について秋に継続協議を行う異例の事態に発展した。
この交渉で豊田章男社長が解説したのがまさに労使宣言だった。なかでも、注目したのが“共通の基盤”という言葉。
「会社は従業員の幸せを願い、組合は会社の発展を願う。そのためにも、従業員の雇用を何よりも大切に考え、労使で守り抜いていく」
労使がこの“共通の基盤”に立ち、変革期を生き抜くため、本音の、本気の話し合いを誓った。
2020年は「選ばれる会社」を目指して、オールトヨタの一体感や競争力強化について議論。2021年には、自動車業界550万人の仲間のために何ができるかをとことん話し合った。
自らを“行司役”と呼んできた豊田社長も、労使宣言に加え、トヨタの創業の精神である豊田綱領、トヨタらしさを表す円錐形を解説し、これからの時代を生き抜くために必要な価値観を訴え続けた。
通年で行う労使の話し合い
なお、トヨタの労使の話し合いは、この時期だけ行われる一過性のイベントではない。各階層や組織で年間を通じて行われているという特徴がある。
昨年は、会社役員・本部長と組合役員が重要な経営テーマや課題について話し合う「労使拡大懇談会」を7回にわたって実施したほか、カンパニーや工場単位の「支部懇談会」、部単位で行う「職場懇談会」で全社的な課題から職場特有の問題まで議論を重ねてきた。
また、個別に話し合うべき議題が発生した場合は、既存の枠組みにとらわれず、話し合いの場を設けるなど、タイムリーに本音の会話を行うことを心掛けている。
組合が示した議論の決意
そんな話し合いの“総決算”ともいえる今回の労使協議会。まず、西野委員長より、この1年間の組合員の頑張りが伝えられた。
組合・西野委員長
この1年は、昨年に引き続き、新型コロナウイルスの感染拡大により、翻弄された1年でもありました。
そのような中でも、組合員は変わらずに働くことができることに対し、感謝の気持ちを片時も忘れずに、各々の職場で、将来に向けて今やるべきことを考え、チャレンジし続けてきました。
このような環境の中、本年の申し入れの内容を決めるにあたり、組合員・職場の声を丁寧に吸い上げつつ、職場の挑戦やトヨタの持続的成長向けて取り組むために、一歩踏み込んだ議論を重ねてきました。
そう言うと、続けて申し入れ書を読み上げた。
今年の要求は、すでに報道などでも出ているように、従来の「全組合員の平均額」ではなく、12種類の職種や職位ごとに賃上げを求めるもの。
また、ボーナスに当たる年間一時金は昨年の6カ月を上回る6.9カ月分(夏:3.9カ月、冬:3.0カ月)とした。
西野委員長は今回の要求に至った3つのポイントを強調し、話し合いに臨む決意を語った。
組合・西野委員長
1点目。この1年、社内外で非常に変化が激しい中において、各職場の組合員とマネジメントの皆さんが少しでも職場を良くするために、本音で議論を重ね、行動を変えることで職場の景色が変わってきていることを、私自身も実感しております。
今回の要求は会社の収益状況や関係各社との一体感に加え、先ほど申し上げた各職場での労使一体となった取り組みやチャレンジを総合的に勘案し、決定したものであります。
2点目。要求書式の変更についてですが、これまでグループ全体の処遇改善を考え「ベア偏重」の風潮を改めていくことを目指してきました。
また、社会全体の格差是正に向け、各労使での議論ポイントが賃金の上げ幅だけではなく、賃金の絶対額となるように後押しをしたいと考えています。
一方、これまでの過程で、組合員一人ひとりにとっては、自分の賃上げ額がわかりにくくなってきたという一面もあります。
組合員一人ひとりの賃上げ要求額がいくらかをわかりやすい形で示すことで、個々の能力を最大限引き出しつつ、社会全体の格差是正に少しでも貢献していくことが今回の要求書式の変更の狙いであります。
3点目。労使協ではこれまでに、この大変革期を550万人の自動車産業の仲間の皆さんと全員で戦い抜くために、取り組むべきことについて労使で議論を重ねてまいりました。
仲間とともにここまで守り抜いてきた自動車産業やトヨタをさらに発展させて、社会全体に貢献していくためには、持っている知識や技能、経験が異なる多様な一人ひとりが、能力を最大発揮し、誰かのために使わなくてはなりません。
本年も、一人ひとりが活躍し、チャレンジしていくために何をすべきか、何が必要かという観点で議論をしたいと考えております。
そして、この労使協での議論を通じ、多様な組合員一人ひとりが「誰かのために役に立てている」と実感し、いきいきと働け、新しい挑戦ができるようなきっかけにしてもらいたいと考えています。
会社が伝えた従業員への感謝
申し入れ書を受け取ったのは議長を務める河合EF。50年以上“モノづくり一筋”で、今も執務室を工場の中に置き続ける“現場のおやじ”である。
トヨタの“人づくり”を任されている河合EFは1年を振り返りながら、次のように応じた。
会社・河合EF
新型コロナウイルスの感染拡大により、世界中の人々、企業にとって、試練の状況が続いています。
トヨタにとっても、この1年は部品供給の制約やコロナの変異株により、急激な生産変動と稼働調整が繰り返されました。
そのような中でも、トヨタがなんとかクルマをつくり続け、お客様にお届けできているのは、自動車産業550万人の仲間の支えと従業員一人ひとりが「自分にできること」を考え、行動してくれているおかげだと思います。
先ほど西野委員長が言われた通り、この1年、全社、支部、職場といったあらゆる層において、年間を通じて、労使のコミュニケーションを行ってきました。
労使協議会は単独の話し合いではなく、1年間の労使関係に基づいた総決算の場です。
まずは、私たち労使がこれまでに大切にしてきたこと、社会や産業に貢献するために取り組んできたことを振り返り、そのうえで、未来に向けてどう動いていくか議論を尽くしてまいりたいと思います。
第1回の協議は来週2月23日を予定している。