本業とは関係ないように見える取り組みを紹介する「なぜ、それ、トヨタ」。今回は夢のような椅子!?
座面をグラグラさせた意図
研究室には写真のような足漕ぎペダルが付いたものも置かれていた。あらゆるアプローチが試されており、座面はあえてグラグラする不安定なものが多い。
未来創生センター 量子人間研究グループ 青木英祐 主幹
人間の体には「運動連鎖」という仕組みがあります。座りながら足を動かすとき「体幹が左右に振れつつ回旋する座面」ならば、足だけでなく、骨盤、腰椎、胸椎まで動きが伝わることが分かりました。
筋肉の活動量を計測すると、下肢だけでなく、お腹周りの筋肉も動いていることが確認できました [1] 。
これを読んでいる方のなかにも、在宅ワークで座る時間が増えた人も多いだろう。京都府立医科大学の論文によると、日中の座位時間が2時間増えるごとに「死亡リスクが15%増加する」という研究データ [2] もある。
長時間座るのをやめ、足を積極的に動かし血の流れを改善しなければならない。でも現実は忙しくて難しい。健康は持続しないと意味がないからこそ、オフィスで座りながら有酸素運動できる椅子の可能性は大きいのだ。
「こんなに動けるとは…」
研究の出発点は、トヨタ健保の老人保健施設「ジョイステイ」の困りごと解決だった。現地現物での愚直なモノづくりから多くの発見があり、これらユニークな椅子の着想が生まれたという。
高齢の入所者は座っている時間が多く、転倒リスクも高い。またコロナ禍で、人の濃厚接触を避けるためにリハビリ室も閉鎖…。
そこで開発チームは施設スタッフに入所者の実態をヒアリングしながら、足漕ぎリハビリ機器をつくり上げた。
未来創生センター 量子人間研究グループ 青木主幹
つくったものを現場に持っていき、スタッフの方に運用方法を聞きながら「台車があるといい」「漕いだとき後ろに転倒しないように」など、フィードバックを持ち帰っては改善を繰り返しました。
入居者には膝が痛い方、関節の稼働範囲に制限がある方がいらっしゃいました。
楕円軌道の運動にすることで膝への負担を減らし、運動時の関節の可動域を調整するために試行錯誤しました。車いすのまま使用でき、転倒リスクを低減しつつ見守りコストも削減します。
機器を導入した施設からはこのような声も届く。
ジョイステイ 森 安弘室長
シニアの場合、たった2週間運動しないだけで運動機能が落ちてしまいますが、一度落ちるとなかなか回復しません。
足を動かした分だけ景色が変わるので、ゲーム感覚で楽しみながら継続的に運動してもらえました。
柴田昇平 理学療法士
利用者からは「楽しい」「足が軽くなった」という感想が。ご家族は「こんなに動けるとは思ってもいなかった」と驚かれていました(笑)
キャスター付きで持ち運び可能。足漕ぎ式なので車いすの方も運動しやすい。移動制限が厳しいコロナ禍は「この機器が入所者の活動量を維持する手段の一助となった」という。
内閣府のプロジェクトによれば、ADL(日常生活動作)が低下する人と外出困難者を2割減らせば、2034年には介護費を1.3兆円、医療費を128億円減らせるという試算もある。
高齢者の機能回復につながるこれらの機器。開発する意義は大きく、高齢者やそのご家族だけでなく、あらゆる人の幸せにつながっていくだろう。
未来創生センター 量子人間研究グループ 青木主幹
体の使い方は分からないことが多すぎるから面白い。うちわの仰ぎ方ひとつをとっても、関節の使い方は一人ひとり違います。人がモノに合わせるのではなく、人を深く知ることで幸せを増やしていきたいと考えています。
座っている時間の多いシニアやビジネスパーソンの健康を支えるだけでなく、トラックドライバーの労働時間を見直す「物流の2024年問題」が叫ばれるなか、トヨタ本流の課題としてクルマのシートの開発にも新たな可能性が見えてきそうだ。
今後の進展にぜひ注目いただきたい!