「Plan B」を進める、謎の自由開発集団に迫る!

2022.06.28

ジャングルのように木々が密生する部屋。解読不能な数式だらけの謎のホワイトボード。さらに屋外では赤とんぼの観察から田植えまで…。

トヨタには、本業のクルマ開発からは想像できない取り組みがいくつも存在する。トヨタイムズでは、そんな知られざるトヨタの裏側を「なぜ、それ、トヨタ」というシリーズで解き明かしてしていく。

1回目は、2016年に設立された「未来創生センター」の古賀伸彦センター長に取材。なぜトヨタは直接クルマづくりに関係しない研究部隊を持つのか、その真相とは。

いざ、驚きだらけの研究室へ

このジャングルのような空間、ここは豊田市にある未来創生センターの一室である。他にもモビリティカンパニーのトヨタが、百発百中でバスケのシュートを決めるロボットや、上空に凧を揚げて偏西風での発電を研究していると知ればきっと多くの人は驚くだろう。

トヨタがモビリティカンパニーへの変革を進める中で、未来研究の分野を拡張するために設立したのが「未来創生センター」だ。

詳細は公式サイトを確認いただくとして、大きくは未来のまちづくりのための、「パートナーロボット」「メディカルケア」「革新インフラ技術」「基盤研究・共創研究」の4つの研究分野で構成されている。

特に植物の人への効果を研究する「Genki空間®」は、さまざまな学会で発表を行うなど、ウェルビーイングの斬新な視点として一定の評価を得ている。これについては次回あらためてレポートしたい。

開かれ過ぎた、丸見えの執務室

はじめにオンラインで古賀センター長にご挨拶すると、その背景に驚いた。当然、機密資料などは見えないが、執務室が開けっ広げに隅々まで見渡せ、なんと丸見えになっているのだ。

「普段からこの通り。こうして僕の様子を誰でも見られるようにしておけば、声をかけやすいタイミングがわかるでしょ」と笑う。

社内への共有スケジュールも、基本的に土日のプライベートの予定まで公開。“センター長”のラベルを外し、オンとオフを分けず、常に本来の自分らしく周囲と接しているという。

古賀伸彦、未来創生センター長

プライベートでは、ノビーという別名で、裸足で歩くことで人間本来の感覚を取り戻すための活動に尽力。その一環として42.195kmを裸足で走ることも。また、社外の仲間たちと山道整備のためのNPO法人を立ち上げ、人が自らの足で移動する機会を増やすなどの活動もしている。

多大なバイタリティを持つ古賀センター長は、トヨタの未来開発の一端を担う「自由開発集団」をどのように捉え、率いているのだろうか。

会社の事業戦略にないことをやる

まずは、会社の事業アジェンダにない研究を進めている点について質問した。

古賀センター長

トヨタの商品計画や事業開発計画にないものも、「誰かがやっていた方がいいだろう」という発想は、今に始まったことではありません。

豊田喜一郎さんが自動車事業を興した創業期も、あえて工場内ではないところに、別部門となる研究所を立ち上げていました。

芝浦研究所(後の豊田理化学研究所)

事業アジェンダにないことを進めることは、(何が必要になるか分からない)変化の激しい時代のリスクヘッジや、生き抜くひとつの策だと考えています。

そして取り組んでいる研究は、遠い未来を見据えたものではないことを強調する。

古賀センター長

たとえば、5年先までの開発は自動車技術の開発部隊が担うから、未来創生センターでは6年より先のことをやる、という意識ではなく、必要とあらばすぐ実用化できるくらいの気持ちで臨んでいます。

我々のアジェンダは、現状の事業戦略にないものをやること。よく豊田社長がおっしゃる、誰も答えを知らない大変革期に、持続的に企業として生き残る策だと考えていて、いわばPlan Bなのです。

Plan Aは、鉄板となる事業に大きな投資をする研究開発のこと。未来創生センターが手がけるPlan Bは、最終的には使われなくても、誰かがやる必要がある研究。我々はそういう存在でありたいです。

実際に20201月、豊田社長が、未来の実証都市Woven City構想を発表した際も、未来創生センターの約100名の研究者がウーブン・プラネット・グループなどに異動。即戦力として活躍できた。

Woven Cityの構想が発表される前から、未来創生センターでは、ロボット研究やまちづくりに必要なエネルギー開発が進められていたからだ。

そしてここで、未来創生センターが生まれた背景として、もう一つふれておきたい点がある。

2016年4月、ボデー設計やエンジン設計といった横串の「機能軸」から、クルマという「製品軸」の縦型のカンパニー制度に社内体制が変更。その結果、どこのカンパニーにも属す場所がない組織として未来創生センターが爆誕したのだ。

設立から1年後、「ところで、なぜ未来創生センターはできたの?」と、技術開発部門出身の内山田会長でさえ設立の意図を知らず、古賀センター長に質問したという冗談のようなエピソードも。

古賀センター長

誰かの明確な意思でつくられたのではなく、組織の切り方を変えると、こういうものができてしまうところがトヨタのすごさだと思います。

そもそも創業期から、トヨタには歴史的な文化として、メインの事業の脇には必ず、直接本業には影響せず、即物的なアウトプットを求められない人たちがいました。創業期から多様性とともに成長してきた会社であり、今も風土として根付いているのかもしれません。

トヨタ社員ですらほぼ知らない、謎の部屋

古賀センター長

今年の入社式で、豊田社長が「人は、嬉々としてやっている人のところに集まる」と話していましたが、私はこの表現が好きです。

面白い部署を作ろうと躍起になっても、面白い場所はつくれません。むしろ本人が楽しんだり、面白がったりする方が、面白いヒト・コト・モノが集まると思っていて、組織を引っ張る人間こそ、率先して楽しむべきだと考えています。

人は多様であり、それぞれ面白いと感じることは違います。だから私自身が「ワクワクする」「なんだかわからないけど面白い」といった感覚を大事に、肩書にとらわれず、できるだけ素でいることを心がけています。

面白い人が集まる場所づくりについて、あるグローバル企業を参考にしているという。リモートワークが広がる時代、その企業ではオフィスの各所にフリードリンクやスナックが用意されている。

しかしそれは福利厚生が目的ではない。

スナックやドリンクをいわば“集客装置”として、人が会社に来たくなる設計にしているそうだ。また、それぞれの席の半径数メートルごとにドリンクやスナックを設置。自席から離れて交流が生まれるオフィス設計マニュアルがあるという。

古賀センター長

たとえば、さまざまなシリアルやハーブティーが置かれていると、そこに人が集まり、普段は接することがない他部署の人同士が、まるで重力に引きつけられるように集まってきます。そこでセレンディピティ(偶発的な出会い)が生まれ、イノベーションの源泉になるわけです。

未来創生センターでいえば、オフィスの中心に置いた“カフェブラックホール”と名付けたコーヒールームがそれにあたります。

しゃれた名前のコーヒールーム。しかし、今どきのオフィスのカフェスペースとはまったく違う。古いビルならではの独特の雰囲気を醸し出す、トヨタの社員ですら知る者がほぼいない謎の一室だ。

その“カフェブラックホール”では、どんな化学変化が起きているのだろうか。

古賀センター長

豆の重さを正確に測るデジタルスケールや、電動ミル、温度計付きコーヒーポットなどを置くと、各自がこだわりのコーヒー豆を持ち寄るようになりました。

おいしいコーヒーを淹れたら誰かにサーブしたくなり、会話が生まれる。すると各専門分野の見地から、リフレッシュや疲労度数などを表す数式が議論されるようになりました。現在、何が(人が集まる)重力になり得るか、いろんなかたちで試行錯誤中です。

雑談でのアイデアが次々と数式に、記者たちには解読できない何かが生まれていく

最後に古賀センター長は、こんなことを話してくれた。

古賀センター長

トヨタに欠かせないのは、ど真ん中の事業を支えるPlan Aの人たちです。その人たちが雇用を支え、お客様からの信頼を得て対価としてお金をいただいている。Plan Bが欠かせない存在だなんていうつもりは毛頭ありません。

しかし多様性を尊重する今の時代だからこそ、Plan Aだけだと肩身が狭くなる人もいます。そういった人たちが、のびのびと活躍できるスペースがある方が「幸せの領域」を広げることにもつながり、トヨタの組織全体としての価値を上げられるのではないかと考えています。

多様性が求められる今の時代に呼応するように爆誕した、未来創生センター。モビリティカンパニーへの革新の最中にいる今のトヨタの一端が垣間見えた。

次回からは、具体的な研究内容をお伝えする。まずは「Genki空間®」。人を元気にする、今まで明かされていなかった植物の驚愕の効果が解明されるかも!?ぜひ、ご期待いただきたい。

未来創生センター長 古賀伸彦
1991年に東京理科大学工学部機械工学科卒業後、トヨタ自動車に入社。2015 年に東京大学EMPを修了。自動車用パワートレーン研究開発研究員、欧州技術法規渉外マネージャー、自動車用パワートレーン研究開発グループ長、エネルギー研究プロジェクトリーダー、技術統括部長を歴任。2019年1月より未来創生センター統括部長、センター長、2021年6月より豊田中央研究所代表取締役CEOを兼務。

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