自動車産業550万人への貢献を目指し、話し合いを続けるトヨタの労使。業界をとりまく数々の問題へどう向き合っていくのか?
7月20日、愛知県豊田市のトヨタ自動車本社で“労使懇談会”(以下、労使懇)が開かれた。
トヨタでは、例年2~3月にかけて経営や職場の課題を労使がひざ詰めで話し合う“労使協議会”(以下、労使協)が行われる。
今年は、それを一過性の議論で終わらせないよう、労使懇を新設し、年間を通じて、労使の取り組みの進捗を確認。
4月に続き、2回目となった今回も、会社側は副社長以下、組合側は副委員長以下という顔ぶれで議論した。
足元では、工場の稼働停止、納期の長期化、さらには、原材料の高騰など、トヨタを取り巻く環境は厳しい。
影響は自社にとどまらず、仕入先や販売店といった自動車産業550万人の仲間、さらには、お客様などのステークホルダーにも及んでおり、世間の関心が集まっている。
トヨタイムズでは、550万人の仲間のためにも後回しにできないトヨタの課題について、労使の議論を紹介する。「意志ある踊り場」の振り返り
今年2月の労使協議会で、豊田章男社長は挽回生産と急減産を繰り返す生産状況を「危機対応」と指摘。4~6月を「意志ある踊り場」として、生産計画の調整を決断した。
仕入先には、3カ月先の生産計画まで伝え、「急な減産は1~3月の15%と比較して、4~6月は9%に抑えられた」(生産本部 伊村隆博 本部長)。
しかし、半導体不足に加え、中国・上海のロックダウンなど、当初は予想していなかったトラブルによって減産は継続している。
トヨタの工場では、ラインが止まっているからこそできる改善活動に加え、安全最優先の風土の醸成や標準作業の徹底を全員参加で実施するなど、挽回生産に向けた体制強化を進めてきたが、仕入先の中には、経営が厳しく、派遣社員の採用を取りやめざるを得ない会社も。
トヨタグループの労働組合連合会である全トヨタ労連の星野義昌副会長からは「年末にかけて迎えるであろう挽回生産に応えていけるか不安」という仕入先の懸念も紹介された。
伊村本部長は「生産部品の供給は安定化傾向と聞く一方、突発、想定外の事象にまだまだ悩まされており、予断を許さない。1日も早く、計画通りクルマがつくれるよう、仕入先、物流業者の安定的な操業に向けてコミュニケーションをとっていきたい」と述べた。
価格改定の見送り
6月下旬、トヨタが仕入先と部品の取引価格を交渉する価格改定を7月から再開するというニュースが流れた。
仕入先との「共存共栄」を掲げるトヨタは、魅力あるクルマをつくり、ともに持続的に成長できるサイクルを築くための重要な活動として価格改定を行ってきたが、「意志ある踊り場」と定めた4~6月は見送っていた。
前出の星野副会長は、加盟組合から寄せられている「なぜ今のタイミングで再開するのか」「生産が安定するまで価格改定を見送ってほしい」という切実な声を代弁。
熊倉和生 調達本部長は「5月の段階で半導体需給が緩和し、7~9月は台数が計画並みに戻る見通しで再開を判断した」と経緯を説明。その後、予期せぬトラブルで減産が続き、 今回のような形になったとした。原材料価格の高騰は仕入先と結ぶルールに基づき取引価格に反映しているが、高騰の幅や速度が急激で、仕入先の負担は継続している。
一方で、今年度、原材料価格の高騰がトヨタの収益に与える影響は1.45兆円を見込む。近健太副社長は「最後はすべてお客様にお届けするクルマの原価が上がることになる。本当に大きな影響が起こっている」と切迫した状況にあることを指摘。
10月以降の価格改定について、熊倉本部長は「(部品をつくって工場に納入いただくまでの)パイプラインの在庫が大変薄い。生産・品質のトラブルが稼働に直結しやすい状況が続き、先読みは大変難しいが、全体の声を聞き、個社の状況を踏まえ、検討していきたい」と述べた。
組合の平野康祐 副委員長も「調達だけではなく、トヨタで働く全員が、もう一段階、何ができるのかを考えていく必要がある。組合側でも、展開していきたい」と会社とともに難局に臨む考えを示した。なお、この労使懇から間もなくして、トヨタは今年度下半期の価格改定を見送る方針を固めた。
電気・ガスなどのエネルギー価格上昇が続いていることを踏まえ、取引先への支援もあわせて検討していく。
長納期への対応
生産可能台数が実需を下回る状況が続いている。直近では、受注残が過去に例のないレベルにまで膨らんでおり、納期はグローバルで長引き、多くのお客様に迷惑をかけている。
中でも日本は、2020年5月に始まった全車併売化(トヨタの販売店であれば、どんなトヨタ車も買うことができる施策)により受注が人気の高い新型車に集中。半導体不足による減産影響が国内で販売する車両に高い割合で出たことも相まって、納期がさらに長くなっている。
トヨタ系販売店、レンタリース店の労働組合の代表として参加した、全トヨタ販売労働組合連合会の辻志門副事務局長は「お客様へのお詫びの連続。つなぎとめる活動で疲弊している」と販売現場の声を紹介。
さらに、納期が車検、リースアップの時期をまたぐことを事前に説明できず、トラブルになるケースもあるという。
7月に国内販売事業部の本部長に就任した友山茂樹EF(Executive Fellow)は、「生産稼働の正常化はもとより、長納期の受注残に対応(納期をもっと的確に提示)できる仕組みを早急に構築する必要がある」と指摘。
既に生産・販売・システムの領域から選出されたメンバーでチームを立ち上げ、TPS(トヨタ生産方式)の見地から「①納期の見える化」「②滞留の見える化」「③生産制約の見える化」に着手したことも明かした。
岸田首相の元町工場訪問
このほか、組合の求めで、6月中旬に実施された岸田文雄総理大臣の元町工場(愛知県豊田市)訪問について、会社から説明があった。
総理の受け入れに対応した豊田章男社長とデンソーの有馬浩二社長は、日本自動車工業会(自工会)、日本部品工業会(部工会)の代表として、自動車産業の取り組みを説明。
豊田社長は、「自動車産業は成長産業。自動車をど真ん中に、総理主導での税制改革の骨太な議論を」と伝えたという。
総理からも、今年の秋に、自動車産業に関係する各財界のトップと総理を含む関係閣僚で議論する場をつくるというコメントがあり、6月に発表された経団連のモビリティ委員会(委員長:豊田社長)を通じて議論が行われる予定だ。
この委員会は、移動に関わる幅広い産業の強化を図るため、自動車5団体 * が行ってきた活動を経団連にも広げていくもので、現場に立ち会った長田准CCO(Chief Communication Officer)からは「より多くの仲間と一緒に議論を深めて、政府との対話へつなげていきたい」とコメントがあった。
*自工会、部工会、日本自動車車体工業会、日本自動車機械器具工業会、日本自動車販売協会連合会なお、現場視察では、カーボンニュートラルやCASEなどの環境変化の中で、生き残りをかけて奮闘する、泥臭い現場の取り組みを伝えた。総理が視察したのは、BEV(電気自動車)からミニバンまで、ボディータイプとパワートレーンの違う5つのクルマを生産するライン。
TPSに基づき、知恵と工夫を凝らした手づくりのからくりを入れるなど、お金や動力を使わない地道な改善で多車種混流生産に対応。働く人も多数が社内外からの応援者という厳しい環境の中、人材育成や訓練を行い、ただでさえ難しい作業を習得している。
総理からは「現場の改善、工夫に感心した。現場の努力が日本のモノづくりを支えている」というコメントがあったという。
また、日本の電池の競争力に関心を持っていた総理に、クルマのニーズにあわせて、300社以上の仕入先と一緒に、HEV(ハイブリッド車)、PHEV(プラグインハイブリッド車)、BEVと、電池の材料や構造を変えてきたことを説明。
デンソーの有馬社長も、(直流を交流に変換する)インバーターを一緒にやってきた仕入先が70社に及ぶことを紹介し、「基盤を一緒に開発していただける仕入先があるから、電池もインバーターも進化を遂げることができる」と伝えたという。全員活躍
そのほか、今回の労使懇では、年間を通じて取り組む「全員活躍」と「デジタル化」の2つのテーマについても労使で議論が行われた。
「全員活躍」の議論では、 東崇徳総務・人事本部長は一般的な会社の課長に当たるグループ長(GM)に実施した「余力」に関するアンケート結果を紹介。多くのGMが「余力がまったくない」と回答している現実を明かした。変化への対応や挑戦を生み出すための土壌であり、全員活躍へつながる重要な要素である“余力”。
それを阻害しているのは、「事務作業」「新規業務」「業務マネジメント」「メンバーのマネジメント」の多さだという。
東本部長は「マネジメント業務とともに、GM自身がプレーヤーとして多くのことを対応しており、一部職場ではガンバリズムでなんとかやっている状態。人事からGMにお願いしているさまざまな依頼事項を棚卸して、どれだけの負担になっているか見える化、整理したい」と今後の対応に言及。
組合は「管理スパンの適正化など、あるべきGMの役割や組織体制についても、今後、労使専門委員会などで議論していきたい」と応じた。デジタル化
年間を通じて取り組むもう一つのテーマが「デジタル化」。4月以降、取り組みの成果は徐々に出てきたが、情報共有で働き方が変わった職場はまだまだ少ない。
GRヤリスでは、プロジェクトのあらゆる情報をプールし、関係者なら誰でもアクセスできる「情報ポスト」を他部署に先行して活用。
プロジェクトを統括する齋藤尚彦 GRヤリスCE(Chief Engineer)は「各現場で起きる課題をシェアすることで、専門分野以外の人から新しい視点でアイデアが提案される兆候が見られる」とその効果を説明した。
また、情報ポストの活動は他の誰かの仕事を楽にする「平面のつながり」と未来のクルマづくりにつながる「時空のつながり」の2つの可能性があることを指摘し、「すべての技術情報を情報ポストで残し、将来の社員、トヨタの仲間たちの資産にしていく」と意気込んだ。
組合は「機密情報の共有に躊躇してしまう」という現場の本音も紹介。「上司からも後押しや、心理的安全性のある雰囲気づくりをしていただけると大変ありがたい」と会社へ協力を求めた。
デジタル化の議論を締めくくったのは、ジェームス・カフナーCDO(Chief Digital Officer)。
従業員の“余力”がないというこれまでの議論も踏まえ、「このようなツールを使うことで、余力が生まれ、“従業員に時間を返す”ことができる。より生産的で、より幸せな時間を、従業員自身がプレッシャーを感じずに取り戻すことができる」と呼びかけた。「わからない」で済ませない
労使が仕入先や販売店の苦労に想いをはせ、議論を交わした今回の労使懇談会。桑田正規副社長は次のような言葉で話し合いを総括した。
「仕入先様からいつが挽回生産か知りたいという声がありますが、『誰にもわからない』のが今の状況。それでも、『わからない』で済ませず、少しずつでもお互いに距離をつめながら、理解を深めていきたい」
自動車産業550万人の幸せにつながることを願って議論し、行動に移してきたトヨタの取り組み。日々、刻々と変わっていく環境の中で、狙い通りにいっていない現実も見えてきた。
ただ、決断し、やってみたからこそ見えた課題は多く、課題が見えたからこそ、解決に向けた次のアクションを起こすことができる。
トヨタの労使はそう信じて、話し合いを続けていく。