"労使協議"から全員参加の"経営会議"へと変わり、年間を通じて話し合いを続けてきたトヨタの労使。オールトヨタで議論を深めてきた1年の"総決算"が始まった。
2月15日、労働組合の西野勝義委員長から河合満EF(Executive Fellow)、総務・人事本部の東崇徳 本部長ら会社側に対して申し入れが行われた。
冒頭、河合EFから「申し入れの前に昨日お亡くなりになりました豊田章一郎名誉会長のご冥福をお祈りして黙とうをささげたいと思います」とあり、1分間の黙とうがあった。
“労使協議”から“経営会議”へ
トヨタの労使交渉は、賃金・賞与(ボーナス)について、会社と労働組合が闘うことを目的としていない。モビリティ・カンパニーへの変革に向けて、トヨタの置かれている環境を労使で正しく認識し、課題解決に向け関係者が本音かつ全力で話し合う場となっている。
ここには1962年に労使間で締結した「労使宣言」の精神が根付いている。宣言には「共通の基盤に立つ」という言葉があり、「会社は従業員の幸せを願い、組合は会社の発展を願う。そのためにも、従業員の雇用を何よりも大切に考え、労使で守り抜いていく」という労使関係のあり方が示されている。
この精神を改めて認識する契機となったのが2019年の労使協議会(労使協)だ。自動車業界はCASEやカーボンニュートラルなど今に続く「100年に一度の大変革」の渦中にあった。
そのような状況にあったにもかかわらず、労使ともに仕事に対する意識や行動が変わりきれていない。かみ合わない主張。交渉は秋までもつれ込む異例の展開となった。そこで豊田章男社長が解説したのが「労使宣言」だった。
そこから労使は、本音で話し合える「家族の会話」を目指し、議論を深めていった。
2020年、オールトヨタの競争力強化につなげるため、職場風土の実態や課題を共有し、解決策をともに模索した。
2021年、「デジタル化」と「カーボンニュートラル」を2本柱に自動車産業のリード役となるべく膝をつき合わせた。
議論は徐々にトヨタの労使間から、自動車産業全体に対して一人ひとりができることに拡大。2022年の労使協での回答に際し、豊田社長は「従来の『労使協議』から抜け出し、全員参加の『経営会議』のようになってきた」と語りかけた。
選ばれ続ける会社であるために
協議会以降も、自動車産業で働く550万人の仲間への貢献のためにできることを話し合うために、グループや販売店を含む労組の代表も参加した“労使懇談会(労使懇)”を新設。労使は再び「共通の基盤」に立つというトヨタらしい議論を重ねていった。
労使懇でも話題に上がった原材料の高騰、長納期という問題が続く中、今回の労使協ではどのような話し合いが行われるのか。そして社長交代という節目を迎えるこれからの1年をどう乗り越えていくのか。
西野委員長は次のように申し入れた。
組合・西野委員長
昨年を振り返ると、思うようにクルマをつくることができず、お客様には大変長らくお待たせしてしまったことをとてもつらく感じてきた1年でした。そのような厳しい状況においても、我々組合員は変わらずトヨタで働き続けることができております。本音の会話を、労使で継続して行えています。
これは決して当たり前のことではなく、感謝しかありません。
自動車産業は100年に一度の、大変革期の真っただ中にあり、この1年の労使の話し合いについても、産業で働く仲間の皆さんと共に生き残っていくために、生産追従の課題や適正取引などの議論を深めながら、対策につなげてきました。
しかしながら、それはまだまだ道半ばです。
本年は取り組みのより一層の深化に加えて、グループ・産業の競争力向上と持続的な成長に向けて、組合員一人ひとりが、何ができるか、何をすべきかについても労使で話し合いを深めていきたいと思います。
また、自動車産業の構造的な人手不足により、働く場としてのさらなる魅力向上も求められています。
少子高齢化や急な物価上昇など、働く者を取り巻く社会環境も不透明さが増しております。一生活者である組合員もまた、漠然とした不安を抱えていることも事実です。
本労使協議会では、自動車産業・トヨタが生き残りをかけ、これからも選ばれる産業・会社であるために、何ができるかを議論していきたいと思います。
そして、トヨタで働くことで、明るい希望が持て、一人ひとりが自分の力を伸ばし、いきいきと仕事と生活を両立させる、充実した人生を歩めるように、労使で何を変え、何に取り組んでいくのかをしっかり話し合いたいと思います。
今回も2022年と同様に賃金や一時金の要求よりも前に話し合うテーマが示された。
物価上昇や年々増加する社会保障費等の影響を受けやすい若手や有期雇用の従業員らの生活上の不安の払拭。
そして自動車産業、トヨタで働くことで明るい希望が持て、一人ひとりが自分の能力をもっと伸ばせる、いきいきと仕事と生活を両立できる労働環境の整備だ。
すでに報じられている通り、今回の要求には賃金の改善分が含まれ、ボーナスに当たる年間一時金は6.7カ月分(夏:3.7カ月、冬:3.0カ月)となっている。
西野委員長は、要求の詳細を続けた。
組合・西野委員長
① 産業全体の競争力向上と持続的な成長に向けて一人ひとりができることは何か? また、取り組みを加速させ、産業全体に波及させていくためにできることは何か?
② トヨタで働く多様な一人ひとりがこれまで以上にいきいきと働き、能力を最大限に発揮し続けていくためにやるべきこと、できることは何か?
補足ですが、賃金については、単年の物価上昇だけに目を向けるのでなく、自動車産業・トヨタの競争力向上と持続的成長の観点を踏まえ、特に相対的に水準の低い若手や有期雇用の底上げが中心となります。
加えて、その他の各職種・資格などについても、労使協議会後、継続的に議論したいと考えております。
また、組合のない仲間の賃金の引き上げにも寄与すべく、最低賃金についての引き上げを要求します。
最後に一時金については、会社の収益状況・関係各社との一体感に加え、各職場での変革に向けた取り組みを勘案し、決定いたしました。
申し入れ書を受け取ったのは議長を務める河合EF。50年以上“モノづくり一筋”で、今も執務室を工場の中に置き続ける“現場のおやじ”である。
河合EFは、西野委員長の要求を受けて次のように語った。
会社・河合EF
激しい環境変化のなかでも、一人ひとりが「自分のできること」を考え、話し合い、行動してくれていることに、感謝を申し上げます。
先日、豊田社長から佐藤(恒治)社長へ、社長交代の発表がありました。
豊田社長の就任期間中、トヨタは、リーマン・ショック、品質問題、東日本大震災、新型コロナウイルスの流行と、数多くの困難を乗り越えてきました。
さらに、その中でも、商品と地域を軸とした改革を続け、会社を大きく変えていただきました。
私たちの労使関係も、自動車産業550万人への貢献に向けて、あらゆる層で、本音で話し合うものに変わってきました。
豊田社長のリードによって磨いてきた力は、私たちが環境変化に立ち向かう、大きな基盤となっています。
そして、トヨタの労使協議会は、年間を通じた話し合いに基づく、全員参加の「経営会議」のようになってきています。
社長交代という会社の節目にある今だからこそ、まずは、これまでの経営と労使関係において、大切にしてきたことを振り返りたいと思います。
そのうえで、トヨタがモビリティ・カンパニーへ変革していくために、自動車産業550万人の仲間とともに、どのように動いていくのか、議論を尽くしたいと思います。
豊田社長から佐藤社長への交代については、西野委員長も「組合としても、これまでの労使の取り組みと、お互いに大切にしてきたこと、今後も変えてはならないことをしっかりと振り返りたい」と応じた。
トヨタイムズでは、2023年の労使協もレポートしていく。第1回の協議は来週2月22日を予定している。