水素エンジンは市販化7合目へ。レーシングカーとして、公道を走る実証車として、さらに進化した姿をレポートする。
水素エンジンハイエースを実証評価
2022年6月の富士24時間レースで、トヨタは富士登山になぞらえて、水素エンジンの市販化までの現在地を4合目と表現した。
そのときに使われた模式図を見ると、7合目に「実証評価」という項目がある。
最終戦に先立つ10日、豪州では水素エンジンを積んだハイエースで公道走行の実証実験を開始したことが発表された。
これは、レースで鍛えてきた水素エンジンがサーキットを飛び出し、日常の生活・ビジネスシーンで使われるようになったことを示している。
このハイエースでは、従来のエンジン車と変わらないパッケージの実現にチャレンジ。荷室のサイズ、乗員の数はそのままに、航続距離は200km前後を確保した。
レースは、エンジンの高出力・高回転領域を多用する非常に厳しい環境だ。しかし、商用車として使ってもらう場合は、さらに違う性能が求められる。
走ったり、止まったりを頻繁に繰り返すほか、空の荷室に重い荷物を積んだりと、負荷が急激に変わることもある。
それを、「世界の道の8割が存在する」と言われる豪州で試し、データを収集しながら鍛えていく。
豪州で実証実験を行う意義は、トヨタイムズニュースで詳しく紹介されているので、ぜひ視聴いただきたい。
もう一つ、公道を走るうえで必要なのが排気の法規対応だ。水素は燃やしてもCO2は出さないが、NOX(窒素酸化物)は出てしまう。
これを抑えるために、実証車両にはディーゼルエンジンにも搭載している尿素水を使った後処理装置を装備。
ユーロ6(自動車の排出規制値を定めたEUの規定)を満たす性能を確保した。
従来のエンジン車と変わらない使い勝手を実現しているとなると、期待されるのは航続距離の伸長である。
取材の場で、報道陣から質問を受けた中嶋裕樹副社長は、航続距離を伸ばす技術として、(現状の円筒型ではない)異形タンクやハイブリッド化という選択肢の可能性にも言及。
また、水素エンジン車のコストを下げるには「量が大事」と強調し、「初めに商用車でやってみて、そのインフラを乗用車がうまく活用して、どんどん広がっていく構造に持ち込みたい」と意気込んだ。
アジャイル開発 さらに加速
2023年シーズンは、燃料が液体水素になったり、公道での走行実証が始まったりと水素エンジンにとって、大きな節目の1年となった。
しかし、レースへの出場数を見ると、今季は昨季に比べて数が減っている。
気体水素で出場していた昨季は開幕戦から全7戦を戦ってきたが今季は3戦。その理由をGRカンパニーの高橋智也プレジデントはこう語る。
「昨年までは、どちらかというと制御を中心に手を加えて、出力を上げてきた側面がありました。ですが、今年はハードもどんどん変えて、軽量化にも取り組んでいます。モノづくりにはまとまった期間が必要です。そう考えインターバルを設けました」
確かにタンク一つとってみても、燃料が気体のときはFCEV(燃料電池車)のMIRAIのものを活用していたが、液体になってからは、部品の大半が専用品となり、一からモノづくりを行っている。
「その間に、GRヤリスも3回走らせてもらいました。次にアップデートするGRヤリスの商品力向上にもつながっていきます。モータースポーツを商品につなげるために、どういう活動にすべきか、今年はこだわってやってきました」(高橋プレジデント)
アジャイル開発もテーマや課題に合わせて柔軟に見直す。さらに、新たな技術を並行して試すなど、S耐での挑戦は広がりを見せている。
モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくりは、さらに加速している。