「君は何のために南米で製造事業をやっているか考えたことはあるか――」。工場を閉じる相談に来た中南米本部長に豊田章男社長(当時)は尋ねた。
会社を越え想いが受け継がれる工場
工場の跡地はサンベルナルド市を拠点に石油やガスなどの産業用鋼管を手がける「イピランガチューブ」に引き継がれる。
2022年10月に一部が引き渡され、同社の従業員が勤務。創業者のダニエル・プラッサ会長は、サンパウロ州内外に点在する工場や事業所を自身の故郷である同市に集約することが念願だったという。
息子のアレシャンドレ・プラッサ社長は「当社はサンベルナルドで創業した会社で、この街は私たちの原点です。トヨタの工場ができて以来、その歩みをそばで見てきました。トヨタは社員を大事にする社風があって、製品の品質も非常に高い企業だと評価しています」と語る。
「当社も常に人を大切にしてきました。私たちの事業は、やる気のある人がいて初めて実現できると信じています。トヨタとこの文化をともにし、形にしていきたいと考えています」
2024年末には、約1000人の従業員の7割がサンベルナルド工場の跡地で働く予定だ。
トヨタらしい最後
会社の将来やステークホルダーの幸せを願って下した今回の決断。しかし、工場を閉じる以上、つらい選択を迫られる関係者もいる。
社長就任以来、国内外の工場閉鎖を決めてきた豊田会長は、いずれも「言葉では言い表せない苦渋の決断だった」と言う。
「グローバルにビジネスをするということは、世界中のステークホルダーとともに生きるということであり、トヨタが事業を展開する、その町の人々とともに生きるということです。そして、その『真価』が問われ、『覚悟』が試されるのは、事業を終えるときだと思います」
その考えは、今回の決断でも揺らがなかった。井上本部長は豊田社長(当時)へ相談に行ったときのエピソードに言及した。
井上本部長
『何を考えてるんだ』と叱られるんじゃないかと思っていました。でも、恐る恐る話す私たちに章男社長は『何をそんなに忖度してるんだ』と言いました。私は『トヨタ最初の工場を閉めるのは大変大きなことだと思っています。それを恐れています』と申し上げました。
章男社長からは『忖度の前に、君は何のために南米で製造事業をやっているか考えたことはあるか?』と聞かれました。『人々の暮らしに貢献し、雇用を生んで、人々を幸せにするためなんだ』『生き残るために、やるべきことはやらなきゃダメだろう。何を悩んでいるんだ。勇気を持って前に進めなさい』と背中を押されました。
工場を閉じるアナウンスから1年半がたった11月。最後の鍛造設備の移管を終え、60年以上にわたって続いてきたサンベルナルド工場の歴史が幕を下ろした。
「移管」といっても、出す方も受け入れる方もフル生産を続け、すぐに元の品質を再現するのは至難の業だった。
そんな同工場の最後には、移管先のことを思いやる従業員が設備を入念に磨き上げる光景があったという。移設先の工場に足を運んで、心を込めて立ち上げの支援をするメンバーたちの姿も。
「自らの仕事への誇り、受け入れてくれる相手への感謝。トヨタウェイがここにあると感じます」(井上本部長)
サンベルナルド工場で働く従業員たちが行動で示そうとするトヨタらしい最後。一人ひとりが工場のレガシーを未来へつないでいる。