豪州トヨタが政府へ雇用維持給付金を返還し、話題になった。トヨタイムズでは決断に至ったストーリーを紹介する。
新型コロナウイルスの感染拡大が本格化して1年。ワクチン接種が進む国のある一方で、世界の1日当たりの新規感染者数は昨年12月のピーク時を超え、過去最多を更新。いまだ、“コロナ後”が見通せない状況の中、再び新しい年度を迎えた。
さかのぼること2カ月前。トヨタは2月に発表した2021年第3四半期決算で、通期の営業利益見通しを2兆円に上方修正した。会見に登壇した近健太Chief Financial Officerは、「当たり前のことを当たり前にやり続けた結果」と繰り返し説明したが、それは日本だけの話ではない。
世界に広がる37万人の従業員と、仕入先や販売店をはじめとするステークホルダー全員が、コロナ禍でも地道な努力を積み重ねてきた。
今回紹介するのは、オーストラリア(豪州)での取り組み。同国は、トヨタが18年連続でトップシェアを守り続けている、アジア・オセアニア地域の主力市場のひとつだ。
豪州トヨタのメンバーはどのように危機に向き合ってきたのか。そこには、人一倍、雇用への強い想いを持つ事業体らしい、あるストーリーがあった。
30年ぶりの水準に落ち込んだ新車販売
「極めて“不確実な未来”に直面していた――」
マシュー・キャラホーCEOは南東部に位置するビクトリア州とタスマニア州で販売店が長期閉鎖に追い込まれた日のことをそう振り返る。2020年4月、コロナという未曽有の危機に豪州の新車販売台数は、統計が始まった1991年以来、同月として過去最低の38,926台にまで低迷。前年比48.5%減という減少は過去最大であり、先行きは極めて不透明な状況にあった。
トヨタも例外ではなかった。同月の新車販売台数は31.8%減となり、翌5月には、売上が前年比50%を下回る緊急事態に発展。
従業員の雇用を守るため、豪州トヨタは、コロナで甚大な影響を受けた企業を支援する雇用維持給付金制度「JobKeeper」を申請し、6~9月の間、支給を受けた。
ピンチを脱した「当たり前」の積み重ね
豪州トヨタには、忘れることのできない過去がある。2017年10月、メルボルン郊外のアルトナ工場を閉鎖し、54年にわたる生産を終了した。
トヨタは最後まで現地生産を続ける道を模索してきたが、豪ドル高をはじめとする厳しい経営環境が続き、他メーカーの撤退も相次いだことにより、工場閉鎖という苦渋の決断を下した。
社長の豊田章男が「身を裂かれる想い」と語ったように、雇用を守り、納税を続け、社会に貢献することを大切にしてきたトヨタにとっては、忘れられない出来事だ。
「雇用を守り、自動車で世の中を元気にしたい」。その一心で豪州トヨタが取り組んだのは安全と安心を届けることだった。
販売面では、オンラインサービスを拡充させるとともに、非接触型決済を導入。コロナの影響で返済が困難になったお客様には支払いを延期するハードシップ・サポートも提供した。
また、従業員たちは、非営利団体と協力し、助けが必要な人々のために食事の提供を行ったり、ウイルスの蔓延を防ごうと、フェイスシールドをつくって医療現場を支援。お客様や地域社会のために、自分たちができることを考え、行動に移してきた。
そんな努力のかいもあってか、新車販売市場が前年並みとなる82,456台(前年比98.5%)まで持ち直した10月、トヨタは前年比14.8%増となる19,505台を記録。
その後も11月、12月とそろって、市場の伸びを大きく上回り、10月から3カ月間の販売台数は29.1%増を計上。結果的に2020年の年間販売台数は204,801台(前年比99.5%)まで回復し、コロナの影響を最小限にとどめた。
首相も歓迎した判断
販売が好転した豪州トヨタは今年1月12日、ある発表を行った。政府から支給された1,800万豪ドル(約14.8億円)の雇用維持給付金を返還するというものだ。
名の知られた企業として初となるこの決定は瞬く間に豪州全土に広がった。後にキャラホーCEOのインタビューがウェブニュースで報じられると、SNSなどで多数の称賛の声が寄せられ、テレビ、ラジオ、新聞でも紹介された。
販売店や従業員からも「この国のことを考えた素晴らしい決定だ」「トヨタで働いていることをとても誇りに思う」という声が多数寄せられた。
オーストラリアのスコット・モリソン首相からも豪州トヨタの行動を称えるコメントが発表される事態に。この決断は、ほかの企業にも影響を与え、コロナの影響を最小限に抑えた企業から同様の申し出が続いた。
豪州トヨタの「当たり前」の選択
この給付金には返還の義務はない。それでも、返還を決めた理由をキャラホーCEOは次のように語っている。
キャラホーCEO
12月には、自動車市場の回復は確かなものになりました。
そこで、私たちは、地域社会や経済に貢献するトヨタの使命や企業市民としての責任を踏まえ、給付金の返還について議論しました。
トヨタの業績回復と見通しも確認し、お返しすることが企業市民として正しいことだと判断し、すぐに返還を決めました。
昨年10月の世界大会で豊田社長から言及のあった「幸せを量産する」というビジョンに沿ったリーダーシップを発揮するうえでも、この国の人々にとって(給付金の返還が)重要だと全員が感じていました。
コロナ危機で、数多くの企業やそこで働く人たちが今でも苦しんでいる。そんな中で、「当たり前」の努力を積み重ね、先行きが見通せるようになった豪州トヨタは、本当に困っている人たちのために、雇用維持給付金を返還した。
不測の事態に備えてキャッシュを持っておく判断もあったかもしれない。しかし、この数年間、雇用や地域社会に向き合い続けてきた豪州トヨタにとって、それは当然の選択だった。