カーボンニュートラルの時代にエンジンはなくなってしまうのか? 編集部が地球の反対側で目にしたのは、そんな不安をよそに進む、全くの別世界だった。
2050年カーボンニュートラル。その実現を目指し、世界中の国や産業がCO2(二酸化炭素)を中心とする温室効果ガスの増加を食い止めようと、取り組みを進めている。
自動車においては、脱炭素の重要な選択肢として、BEV(電気自動車)に熱視線が注がれているが、トヨタが掲げるのは「マルチパスウェイ」。BEVだけでなく水素など多様な選択肢で脱炭素を目指そうという考えだ。
今年2月、経営の新体制を発表した会見で、佐藤恒治社長(当時:執行役員)はこう述べている。
佐藤社長
私たちの暮らしを支えているのはエネルギーです。トヨタがやるべきことは、エネルギーセキュリティを視野に入れたクルマをつくること、そして、カーボンニュートラル社会の実現に貢献することです。
世界を見渡すと、エネルギーの状況はさまざまです。世界中のお客様に寄り添い、多様な選択肢をお届けしたい。だからこそ、「マルチパスウェイ」をブラさずに、全方位で取り組んでまいります。
BEVのように走行中にCO2を出さないクルマも、再生可能エネルギーで電気をつくる国と、化石燃料で電気をつくる国とでは、脱炭素への貢献度はまったく違う。
また、充電設備の整った国と、そうでない国では、ユーザーの使い勝手もまったく違う。
こういった事情から、グローバルにビジネスを展開するトヨタは「カーボンニュートラルの山の登り方は一つではない」「各国にあったアプローチがある」と訴え続けている。
そんな中、多くの国や地域のやり方に左右されず、独自の道を進む国として編集部が注目したのは南米ブラジル。地球の反対側で半世紀にわたって実績を積み上げてきた、脱炭素の山の登り方を取材した。
富川悠太キャスターの現地リポートもあわせて動画で公開中。以下のサムネイルよりご覧いただきたい。
ブラジルで普及するバイオエタノール
日本から飛行機で丸1日。時差は12時間と地球のちょうど反対側にあるブラジル。2022年の新車販売は210万台と世界第6位の市場である。
そんな同国でガソリンスタンドに立ち寄ると、給油メニューが一つ多いことに気が付く。ガソリン、軽油に加え、日本ではなじみのないエタノールを扱っているのだ。
実は、砂糖の生産量で世界一を誇るブラジルは、サトウキビからつくるバイオエタノールの生産も世界一。2022年には3110万kLを生産している。
このエタノールは、サトウキビが生長過程で空気中のCO2を既に吸収(光合成)しているため、燃やしても大気中のCO2は増えないとされる環境にやさしいバイオ燃料だ。
それでいて、値段がガソリンと比べて2~3割ほど安く、スタンドを訪れる多くの人が給油している。
もちろん、クルマも専用仕様だ。同国で生産されるクルマの97%がフレックス燃料車という車両で、ガソリン100%でも、エタノール100%でも、さらには、それらをどんな割合で混ぜても走ることができるのが特徴だ。
50年前から取り組んできた脱炭素
こうした独自の燃料と車両が普及したきっかけは、1973年の石油危機にある。原油価格が急騰すると、当時、原油需要の約8割を輸入に頼っていたブラジルは対外債務が急拡大。
政府はこの対応として、サトウキビを原料とするエタノールで走るクルマの開発やエタノールの生産・流通への補助などを行い、輸入石油に依存しない経済の構築を目指した。
本格的な普及期に入ったのは、2003年にフレックス燃料車が発売されてから。政府の税制優遇のほか、ガソリン価格の上昇が重なったこと、30年にわたるエタノール利用で、どのガソリンスタンドにもエタノール用のポンプとタンクが備わっているなど、インフラが整っていたことから、瞬く間に普及した。
ブラジルサトウキビ産業協会(UNICA)の調査ではフレックス燃料車が登場した2003年以降、2022年までに輸送セクターでガソリン使用を41.7%減らすことができたという。
CO2削減効果は、6億3,000万トン。40億本の木を植えるのと同じだけの効果が得られたことになる。
UNICA国際広報部のジュリア・タウスジグ コーディネーターは「サトウキビを活用することで、ガソリンに比べ、排出ガス(CO2)を最大90%削減 * できます。経済的な面でも、石油への依存を減らし、生産者の収入を増やすことができます」とメリットを語る。
*バイオマス再利用含む。「サトウキビでBEVもFCEVもクリーンに」にて補足解説