トヨタの革新と挑戦を象徴するクルマ、クラウン。時代の先を行く技術や製品を支え続けたある挑戦の軌跡をたどった。
配属3日で見舞われた品質問題
静粛性、乗り心地――。歴代クラウンがこだわった性能に貢献してきた部品を挙げるなら、走りを支える足回り部品にも触れておかなければならない。
グループ営業本部 トヨタ営業部の加納宜明主幹。1987年の入社以来、エアサスペンション(エアサス)システムの開発を担当してきた。
途中、2度にわたってトヨタのシャシー設計部へ出向。5年ほど、トヨタ社員としても働いた経験を持つ加納さんが最初に携わったのが、8代目のクラウン(1987~1999年)。四輪のすべてをエアサスにした初めてのモデルだ。
アイシンとしては満を持して投入した製品だったが、間もなくして、結露で部品がさび、走行中に空気が抜けてしまう恐れがあることが発覚。いわゆる“シャコタン”状態で、走行に影響を及ぼす可能性があるとリコールに発展した。
現場は対策に追われ、新入社員で配属されたばかりの加納さんも、3日目から会社に泊まり込むことに。
「原因自体はすぐに見つかったのですが、対策の設計変更に試行錯誤し、半年ぐらいかかってしまいました。クルマに既に搭載されている中で、どう変更すれば成り立つのか苦労に苦労を重ねました」
多くのエンジニアがいつか携わりたいと憧れるクラウン。加納さんの早すぎるデビューは過酷としか言いようのない苦い思い出となった。
図面は現場でつくるもの
加納さんは、8代目に始まり、11代目まで4代にわたって、エアサスの開発に携わった。
中でも、心に残っているのは9代目。トヨタでクラウンマジェスタを担当したことだ。当時の上司にされたアドバイスは「担当部品だけを見ていてはいけない。クルマ全体を見て仕事をしないと」。
本来の専門にとらわれず、幅広いユニットを見る。部品の設計で終わらせず、ショックアブソーバーをつくるメーカーと東富士研究所のテストコースで試作車を走らせながら、操縦安定性や乗り心地をつくりこんだ。
さらに、工場の現場と一緒になって、クルマが組み立てやすくなるよう、ラインのつくり込みにも関わった。
マジェスタは、田原工場(愛知県田原市)で新しく立ち上げたラインの初号車だった。
このラインでは、初めて、自動デッキングを導入。ロボットでベアシャシーと言われるクルマの車台部分を持ち上げて、ボディに合わせる。しかし、サスペンションやその周辺部品だけのことを考えていたら、うまくいかない。
サスペンションがエンジンルームやホイールハウスに干渉しないよう、ロボットはどう動けばよいのか。さらに、ボルトが滑らかに入るよう、ねじ先をとがらせるが、どこまでなら安全に、品質に影響を出さずにやれるのか。
トヨタの最高級車種をつくり上げるため、性能だけでなく、つくる人の負荷や作業性にまで想いを巡らせることを体で覚えていった。
忘れられないのが、量産ラインでクルマができるか初めて試作したときの光景だ。くみ上げられていく車両の前には、工場の品質担当の部長が張り付いている。
組付を行う現場の班長や組長が作業しにくそうだと感じると、「誰だ!? この設計をしたのは!」と呼び出される。
ピンピンに張り詰めた空気の中、すべての工程を終え、無事にクルマが地上を走りだすと、ノンアルコールのシャンパンで祝福。工場の現場も、設計も一緒になって喜びを分かち合う。
「感動しました。クラウンというクルマだからかもしれませんが、ラインのつくり込みの緊張感が違います。図面を渡されてやるのではなく、現場に足を運び、モノを見て、図面を自らつくり込んでいく。とても貴重な経験をさせてもらいました」
高級車に搭載されるエアサス。乗り心地と静粛性を両立するため、隙間や部品の形状に徹底的にこだわり、モーターの動かし方や防振ゴムの配置まで、試行錯誤しながらできる手はすべて打った。
LEXUS LS、クラウンなど、なかなか乗りたくても乗れないクルマに担当製品が採用されることには特別な想いがあった。
「やっぱり誇りというか誉れを感じていました。偉くなって、そういうクルマに乗りたいなと思っていました。まだ、今でも乗れませんよ(笑)」
アイシンにとって「挑戦」とは?
2021年4月、新会社の設立にあたって、新生アイシンはその決意を「アイシンは、挑む。」という言葉で表した。
会社統合が決まり、新しい理念の策定のため、1年間かけて2社の社員の声を拾っていった。世代も、部署も、肩書もバラバラのメンバーが話し合う中で、これまでも、これからも、アイシンらしく大切にしたい価値観として出てきたのが「挑戦」だったという。
クラウンの開発を通じて、挑戦に向き合ってきた2人に聞くと、こんな返事が返ってきた。
藤堂さん
過去を振り返ると、いろいろと挑戦してきた気もしますが、当時、そんな意識があったかというとありませんでした。
挑戦って、やっぱり常に前を向き続けること。自分の限界を超えるだけではいかんと思うんです。
我々でいうと、お客さんのニーズの上を行くのが挑戦だと認識しています。元アイシン・エィ・ダブリュ社長の谷口(孝男)さんから伺って、私も大好きな言葉があります。
「感動は情熱の源であり、情熱は成功への出発点である」
やっぱり感動だと思うんです。お客さんにどう感動してもらうのかを考え、実行するのが挑戦なのかなと。それができると、自分自身も心動かされて、次の挑戦への情熱が出てくる。そう思っています。
加納さん
「偉そうなこと言いやがって」と言われるもしれませんが、「お客様目線」、部品目線でなく「クルマ目線」で、今までのやり方、組織の壁にとらわれないことが挑戦だと思います。
技術者は、製品ではなく、商品を企画すべきだと思っています。「不具合を起こさない」「安くつくろう」という意識は確かに大事です。でも、「アイシンの部品が良ければいい」で終わらせてはいけません。やっぱり「お客様にほしいと思っていただけるクルマにする」ことに貢献するのが最終目標でなければ。
そして、それを達成できる技術革新に挑む。それが自分の枠を越えて物事を考えるということであり、挑戦だと思います。これらもすべてクラウンを通じて教わったことです。
「いつかはクラウン」。それはお客様だけでなく、多くのアイシンのエンジニアにも共通する想いだ。
挑戦を重ね、エンジニアとして成長し、日本初、世界初の技術・製品に挑んでいく。そういった情熱が、今も昔もアイシンが大切にしてきた価値観を伝えている。