連載
2019.07.29

第5回 「大義を持つ」~誰かを元気にするものをつくりたい~

2019.07.29

「人々を元気にさせるドラマとか映画を作らなきゃいけない」そう語る福澤さん。リーダーズに込められた想いとは。

株式会社TBSテレビ ドラマ制作部 福澤 克雄(演出家、監督)

株式会社TBSテレビ ドラマ制作部 福澤 克雄

創業期のトヨタ自動車のドラマを制作した人に会ってみたい。何を描こうとしたのか、何を感じたのかを聞いてみたい。この企画の最後に会う人も最初から決めていた。ドラマ「リーダーズⅠ、Ⅱ」の演出を手がけた福澤克雄さんである。

『半沢直樹』、『下町ロケット』、『陸王』、そして今放送中の『ノーサイド・ゲーム』などの連続ドラマを創った福澤さん。そう、福澤さんとは、言わずと知れたドラマのヒットメーカーである。そしてなんと福澤諭吉の玄孫という経歴の持ち主。また学生時代にはラグビーで全日本代表選手として活躍し、慶応大学時代にはトヨタを破って日本一になったことも。

「ドラマで描きたかったトヨタ」についてお話を伺うという目的だけでなく、人間「福澤克雄」に惹かれてTBSテレビに向かった。

5分前、打合せ部屋の前に行った。遠くから見ても長身で存在感のある福澤さんが入口正面で背筋をまっすぐ伸ばして待っていた。「はじめまして」。大きな声で、すがすがしいご挨拶。元ラガーマンとの事前情報もあってか試合前の挨拶に思えた。

「トヨタさんは何人いらっしゃるんでしたっけ?」福澤さんからの唐突の質問。
「日本に8万人、全世界に37万人です」とあわてて答えると
「ですよね。自動車会社、恐ろしいなと思って。どこからお話しすればよろしいでしょうか」と福澤さん。

「まあ落ち着いて」と言っていただいているようで、ふと我に返り、胸を借りようという気持ちになった。

やりがいのある仕事こそ人生を支える

Q.  ドラマ、映画を作りたい・伝えたいと思って演出家になろうとしたのですか?

そういうのはないんですよ(笑)。今、思うと仕事について大きく影響を受けているのは慶應の幼稚舎(小学校)の時でしょうか。慶應幼稚舎では、あまり「勉強しろ」って言われない。ほとんど言われないんですよ。でも、「仕事」についてすごく教えるんです。小学校1年生に対して、人間とは何かということを教える。「お金じゃなく世の中に貢献できる仕事を見つけて、やりがいのある人生を送りなさい。そのために学問をしっかり身に付けなさい」というのが福澤先生の教えなんです。

また、人間というのは弱いものだということも教わりました。何かで失敗して仕事を辞めさせられて、家族もいなくなって、ひとりぼっちになって、どうでもいいやと思ってしまうこともあるかもしれない。でも、やりがいがあるとみんなに迷惑掛けちゃいけない、家族があるから多少のことは我慢できる。もしやりがいのある仕事がなければ、人間なんて、表向きは偉そうにしていても、裏では本当に弱いものだと。だから一生これをやりたいと思う仕事を早く見つけなさいと。早く見つけて、そのために勉強しなさいということを6年間ずっと言われました。

その時はよく分からなかったのですが、今は、「こっちの方が儲かるからこっちの仕事をしようじゃ駄目だ、やりがいのある仕事こそ人生を支える」と自分でも考えるようになりました。

Q.  日本人の価値観の変化について、「リーダーズ」のドラマ制作を通して感じたことはありますか?

基本的にドラマとか映画の現場は少し古いところがあるんです。監督である僕が「左だ」って言ったら、僕以外の全員が「右でしょ」と思っていても、左に行くんですよ。そういう世界なので。そういうリーダーの判断って、時には重要だと思うんです。

トヨタさんも、戦前のあの時代に、みんなが絶対無理だと思っている自動車なんてものを「やりましょうよ!」と言ってつくってしまう意気込みは、僕らの気質とちょっと似ていてすんなりいけました(笑)。それは昔も変わらないと思いました。

一方、今は「僕はこれの才能ないんで」って平気で言う新人が多くなってきたなという気がします。そんなのやってみなきゃ分からないだろうとか、神様しか分からないし、親だって分からないと思うのに。情報が多すぎるからでしょうか。最後の最後に、みんなに才能があるかどうか認めてもらう前に、自分で判断する人が増えてきたことが身の回りで変わってきたなと思います。

人々を元気にさせるドラマとか映画をつくらなきゃいけない

人々を元気にさせるドラマとか映画をつくらなきゃいけない
Q.  自分の作品に対して、手ごたえを感じる時はどんな時ですか?

それは数字(視聴率)が取れることがやっぱり一番うれしいですよ。うれしいですけど、それだけではないと思っています。高い視聴率を取ろうとすると、一番視聴者数が多い35歳以上の女性が見たいものに偏ってしまいます。マーケティングを優先してその世代が大好きな俳優をキャスティングして、その人たちが見たいと思っている医者とか刑事、弁護士等の作品をドラマ化することが増えてしまいますね。

もうお亡くなりになりましたが、山崎豊子先生にトヨタさんのこと言われたことを今でも鮮明に覚えています。

「あんたね、何かっていったら医者もの、刑事もの、弁護士もの。それはいいわよね、毎回作りやすいから。あと恋愛もの。そんなのばっかり作っていいわけ?」とすごく怒られました。そしてたたみかけるように突っ込まれましてね(笑)

「あなた、日本を支えているのは誰だと思っているの!」

その時は答えられなかったんですよ。
すると、「あなた、飛行機から日本見たことありますか。どう思う?」と聞かれたんです。

「ただ山国だなと。緑の多い長い島で、時々、山と山の合間の平地に人が住んでいるようなところだと思います」と答えると、こう言われたんです。

「そうでしょう。こんな山国、資源ゼロ、海しかない。どうしてこの国は世界の先進国でいられるの。やっぱりモノづくりよ!技術者よ!石を買ってきて金に変えて世界に売っているからよ。そういう技術力をもった人たちがつくっている自動車のおかげで、この国は、日本は先進国でいられるの。そういう人たちにフィーチャーするような元気を出させるようなドラマとか作りなさいよ!」

確かにそうだなと思いました。福澤先生のお話じゃないですけど、お金じゃないと。もういいや数字は。視聴率はいい。僕は人々を元気にさせるドラマとか映画を作らなきゃいけないんだという使命感が勝手に湧いてきて。とにかく、日本を支えている方々が元気になるようなドラマを作ろうと思いました。

半分ぐらいは英語でしゃべっていると思っていました

Q.  『リーダーズ』を作られて、トヨタはどんな会社だと思われましたか?

ちょっと失礼なこと言ってしまいますが、トヨタさんって、社内で半分ぐらいは英語でしゃべっているような会社だなと思っていました。ラグビーやドラマで海外に行ったら、西海岸なんかトヨタ車だらけですよ。こんなにトヨタ車が走っていていいのかなっていうぐらい走っている。「こんな会社の標準語は英語なんだろうな」と思いながら「リーダーズ」の撮影の為に本社工場(愛知県豊田市)に行ったんですよ。そうしたら、これまた冗談だろうっていうぐらい古い工場に驚かされました(笑)

いまさら人が砂型に溶けた鉄を入れるなんてね。何でなんだろうと。「自動化しないのかな」とかいろいろ思って、章男社長に聞いたら、技術の伝承だって教えてもらいました。今まであった技術を全部オートメーション化したらそこで技術は終わってしまうので、全部ではないけど、手作業は続けているというお話を聞いて、「さすが、違うな」と思いました。やっぱり、そういうところが好きなんです。

グローバルな世界的な企業の雰囲気をして三河根性みたいなところあるじゃないですか。純日本的な考え方が根にあるグローバル企業とでもいうのでしょうか。それとやっぱり豊田喜一郎先生がおっしゃった、国民が誰でも乗れる国産車で日本を豊かにするっていう信念。それがプリウスにつながって、実際どうだったか分かりませんが、1台売るごとに赤字だけどつくる。国民のために売るっていうこのトヨタの気質に非常にファンになりました。

自分以外の誰かのために

Q.  ドラマ「リーダーズ」では、「国産車をつくろう」という愛知佐一郎の呼びかけに多くの仲間が集います。ただ、誰もが初めての自動車づくりで失敗が続きました。そんな中、みんなが諦めかけた時に、島原清吉(えなりかずきさん)が「やりましょうよ!」と言って立ち上がり、仲間を鼓舞するシーンがあります。実は、社長の豊田が一番印象に残ったのは、この場面でした。これについてはどう思われますか?
ドラマ以降、大変革時代を生き抜く今のトヨタにこそ必要な精神であるとして、 豊田は「やりましょうよ」という言葉を大切にしている。 豊田が名刺代わりに渡すステッカーにも、「やりましょうよ」が刻まれたバージョンが ラインナップされている。

正直、僕はそこまで追求していませんでした(笑)ただ、えなりくんには、「みんながこんなの無理だよ。車を分解して、こんな部品が何万点もあるような機械をつくれるわけがない。みんなが下を向いてしまっているところでの一言。おまえがトヨタ自動車を救ったきっかけの一言だから頑張れよ」とは言いましたけど。そこまで言っていただくとうれしいですね。

トヨタさんぐらいになると、家族も含めた何万人もの従業員の生活があるから儲けないといけないとか、いろいろなことがあって難しいんでしょうけど、あえて申し上げると、創業の原点に立ち戻るということだと思います。創業当時、外国車が高すぎて、あまりお金を持っていない日本人は買えない。でも車は絶対にこのあと必要になる。日本を豊かにするために安くて、いい車をつくるんだという、意志というか大義だったと思うんですよ。その大義が、一番強かったからこそ、今の成功が付いてきた。ですからもう一度大義を持つといいますか、大きくて難しい話かもしれませんが、「国民のために」とか、「地球上に住んでいる人たちのためにどうあるべきか」ということを考えて結論を出していって欲しいと思います。

それもお金を横に置いておいて考えてみる。お金が絡むといいことがない。僕らもそうです。
これを見て製造業の人に元気になってほしい、月曜から元気になって働いてもらいたいっていう大義があったおかげで、成功したと思っています。

章男社長とお話をしたり、見ていると、いろいろなことをやっておられるじゃないですか。本当、佃製作所っぽいなと思いますよ。いろいろな価値が変わってくる中で、トヨタと言えどもスタートアップ的なことをやっていかないといけないっていうところがある一方、何万人の社員を背負わなきゃいけないという使命もあるし、難しいと思います。今、厳然として、仕事が目の前にたくさんある中で、成功体験のある企業が目に見えない危機に向かっていくっていうことは、やっぱり相当難しいことなんじゃないかなと思いますね。

もう少し深くやると、もっと違う理由があった気がする・・・

もう少し深くやると、もっと違う理由があった気がする・・・
Q.  福澤さんから見た愛知佐一郎という人はどういうリーダーだったのでしょうか。

愛知佐一郎さんの想いって、もう少し深くやると、もっと違う理由があったような気がするんですよ。どうしてあそこまで車をつくるのに燃えたのかっていうこと。私もいろいろ聞いたのですが、普通、人間があそこまで突き進むには何か特別なものがあったと思いますね。それはひょっとしたら家庭の問題かもしれない。何かあったと思う。きっと、世界を見て分かったんでしょうね。絶対自動車だって。これをつくらなくてはもう日本は成り立たない。ピンと来たんじゃないかと思うんです。アメリカに行って。

「日本人にだって絶対できる」と信じて起業したあの姿に尋常じゃないものを感じます。あんなにでっかい挙母工場をつくったんですよ。バカだって言われた。みんなにバカにされながら、でも平気な顔をしてあの大工場をつくった。「自分がやらなきゃいかん」っていう使命感ですね。

島根トヨタの社長が僕の先輩で、「なぜ、(島根トヨタの)創業者の方がトヨタの販売店をやったのか」、「なぜ、あんなに故障ばかりのトラックを売ったのか」って聞いたことがあるんです。実際に。トヨタがこの後大きくなるなんて絶対に思っていない。(創業者の方が)豊田喜一郎さんと会って、単純にこの人に付いていこうと思ったらしいんです。トヨタに行ったら、喜一郎さんが普通に会って普通に話をしてくれたって。あの時の感動と、普通の人だったと。この人のために頑張ろうと思って、トヨタを選んだ。理屈じゃないところで動いた気がする。よほど魅力のある方だったんだろうなって言ってたんです。

あと、いろいろ調べて分かったのは、トヨタは技術を買わずに自分でつくる。自分たちで開発するという姿勢が、その時には時間とお金が掛かるかもしれないけど、のちのち会社を骨太にしていく。僕は偉そうなことは言えませんが、これ(リーダーズ)を見て、日本の皆さんに、特に本当に働いている皆さんに元気になってほしい。これが僕の使命だなという気がします。一生こういうもの作り続けたいなと思っています。

TBS様のご厚意で特別にスタジオで撮影
取材後にTBS様のご厚意で特別にスタジオで撮影させていただいた。ありがとうございました。

福澤さんにお会いして、「使命感」という言葉が強く印象に残った。ドラマをつくる人、クルマをつくる人。つくるものは違っても、「何の為にやるのか」、それは「世の中の為」でなければならない。

「お金や数字を少しだけ横において、トヨタさん、もう一度、『大義』を持ってみてはどうでしょうか」。福澤さんの言葉が、「リーダーズ」の愛知佐一郎の言葉に聞こえた。

それは、社長の豊田の言葉でもあった。「周囲の方々から応援されるトヨタになるために何が必要か」というテーマで話をしていた時、豊田はこんな話を切り出した。

「『自分(会社)をカッコよく見せたい、もっと良く思ってほしい』という気持ちで、相手と付き合っていたら、絶対に応援はしてもらえない。『もっといい世の中、もっといい国にしたい』という大義を感じたとき、人は、その人のことを「応援したい、一緒にやりたい」という気持ちになると思う。だから、(大義をもって)、本気で、本音で向き合わないとダメなんです。(あなたの中に)『もっといい世の中をつくりたい』という気持ちはありますか?」

豊田が、今年の春の交渉の最後に、豊田佐吉翁の遺訓である「豊田綱領」を持ち出した理由もここにあるのではないだろうか。すそ野の広い自動車産業は多くの方々に支えられて成り立っている。これから先の時代は、さらに多くの仲間とアライアンスを組みながら進んでいくことになる。仲間から「選ばれるトヨタ」にならなければいけない。そのためにも、今一度、自分たちの存在意義を問い直し、「豊田綱領」を頭に浮かべながら、一人ひとりの行動と仕事のやり方そのものを見直すことから始めようということかもしれない。

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