2019.07.23

第4回 「いま決起するとき」~継承と変革~ 第ニ話

第二話「守るべきもの ~経営の原点は利他の心~」

「トヨタのためにも、国内営業のためにも、守川さんの話を記録に残しておきたい」。なぜ社長の豊田は「記録に残したい」と言ったのか?二人のエピソードを聞いたインタビュー第一話で、少し見えてきた気がする。守川さんご自身のお考えを聞くことで、その「なぜ?」に、もっと迫っていきたい。インタビュー第二話では、守川さんご自身の経営に対する想いをお聞きした。

経営の原点は利他の心

創業者である父の教え

Q.  経営者としての守川さんが「これだけは継承しなければならない」と思っていることがあれば、お聞かせください。

経営者が時代を超えて守り抜くべきものは“創業の精神”であり、経営の原点とも申すべき“経営理念”に尽きると私は確信しています。
経営理念は企業の価値観、つまり、その企業が「最も大切にしているものがなにか」を明らかにしたものであり、企業の果たすべき使命と言い換えることができると思うんです。
経営者には、この使命を、時代を超えて受け継ぎ、守り抜くという重大な責任があると私は考えています。

創業時の苦労というのは、私なんかには計り知れない
Q.  守川さんご自身がおっしゃる経営理念とはなんですか?

「企業は利潤の追求を目的とするものではない」ということです。“企業に働く従業員の幸福”と“社会公共の福祉に貢献すること”をもって目的とする。利潤の追求は、この目的を果たすための手段であるというのが当社の経営理念です。普通、学校では、「企業は利益を追求するものである」と習いますが、当社の経営理念は、それを冒頭から否定するんです。

じゃあ利潤の追求はどうでもいいのかと問われれば、そうではない。目的を果たすための重要な手段ではあると…、こういうふうに謳(うた)っているんです。

創業者である父は、職業軍人でした。
自分自身もお金を持っていなかったし、貧乏のつらさが痛いほど身に染みていた。
ですから、父は当時「貧乏はいけない」といつも言っていた。

父は、この地で職業軍人として終戦を迎えて、まったく地縁、血縁、お金、なんにもない状態で、トヨタ自動車の販売店をやらせていただくという、ご縁をいただいたわけですね。ですから本当に創業時の苦労というのは、私なんかには計り知れないものがあったと思います。

物がない時代、足りない時代の中で、貧乏はいけない、物心両面で従業員の幸せを願うという思いが、経営理念に繋がっていると思います。それと併せて、世の中のためになる企業を目指そうとする。これが当社の創業の精神であり、経営理念です。

その経営理念を、受け継いで、守り抜いていくのが経営者の使命だと思っています。
一方で、社員が求める幸せの基準、あるいは世の中が企業に対して求めるものは変わっていきます。そこは、きちんと説明をしながら社員と共有していくことが大切です。

世の中のニーズに、私たちは、適応、対応できているだろうか?
常に経営理念という原点に立ち返りながら経営をしていく必要があると、私は思っています。

経営理念の継承

Q.  守川さんご自身は、創業者であるお父様から、どのように理念を受け継がれたのでしょうか?

経営理念は、ひと握りの経営陣が理解してれば良いというものではありません。従業員ひとりひとりが経営理念を、常に自らに問い掛け続けながら日々の仕事に取り組む…、こういう環境や風土を、いかにして作り上げていくかだと思うんです。

そのために経営理念を、経営者自らが、あらゆる場を通じて、その時代に合った形で、繰り返し繰り返し、従業員に説明しないといけない。経営理念の継承には、従業員の意識に浸透させるための経営者の強い意志と忍耐が求められます。

父はそれを、常に私たちに説明し、問い掛け続けていたような気がします。
そういうことが私たちに伝わり、私を支えてくれた番頭さんたちにもつながっていった。
そういう風土、環境を、どうつくり上げていくか、守り抜いていくか…、父の姿を見ていて、それが、ものすごく大切なんだろうなと思って、私は、今も、これまでもやってきました。

目的はあくまでも経営理念の実現です
Q.  創業メンバーは、会社が成功するかどうか分からない中で苦楽を共にしてきた仲間だと思います。しかし、時間が経てば、会社が成功してから入社してきた人が増えてきます。両者には、意識の差があると思いますが、このことについてはいかがでしょうか?

経営理念を実現するための手段、仕組みや制度や方策は、時代の変化に柔軟に対応させていかないとだめだと思うんです。「貧乏はいかん」と言っていた父の時代の話ばかりを、ずっとしている訳にはいかないでしょう。それでは時代錯誤と言われてしまいます。
経営理念をきちんと時代に適応させていく。それが新しく入ってきた人たちのやらなければいけないことです。目的はあくまでも経営理念の実現ですよ。より高いレベルでの。

根無し草の企業は衰退していく気がします

ただ、特に気を付けなければいけないのは、経営環境が厳しい時、あるいは変化が激しい時です。こういう時ほど、「変化させていく中身が、経営理念と整合性が取れているか、否か」を、経営者が常に確認しながら慎重に進めないといけないと思います。「儲からない」ということになると、ついつい短期的な利益に走ってしまう。手段であるべきものが目的にすり変わる。気が付いた時には、理念も持たない“根無し草”になる危険性がすごく高い。そこがポイントじゃないですかね。

「時代を超えて」という意味では、創業を知らない人が増えてくる、その難しさはありますよ。時代も変わらない、経営者も、番頭さんも変わらない…、そうしていけるなら、それはハッピーですが、そんなことはあり得ません。
常に、繰り返し、繰り返し、「反復連打」と言いますが、(経営理念を)反復すること、打ち続けることですよ。理念実現のための手段は変わっていかなければならない。でも、その手段を変える時が一番危険ですよと。それが目的になってしまって、理念がおろそかになる。理念を忘れる。浮き草のようにね。根無し草のようになって流れていく企業はやっぱり衰退していく気がしますね。

経営理念に立ち戻った瞬間

「我利我利亡者」は全ての人を不幸にする
Q.  守川さんご自身が、経営理念に立ち戻られたといったエピソードはありましたか?

数え切れないぐらいあります。もうその連続でした。古い時代の話を2つ申し上げます。

今から40年近く前、栃木県内では文字通り“血で血を洗う”ような車の乱売合戦が、メーカー系列を超えて繰り広げられていました。どれだけ売っても儲からないんです。
シェアで飯は食えないと嘆きつつも、蒼白い顔で戦いを続けていた日々のことを、昨日のことのように思い出します。

乱売合戦の結果、お客様の価格に対する信頼を失いました。営業スタッフは自らの商品に対する自信を失いました。そして、会社はまったく儲からない。こういった地獄を私は経験したんです。

これではいけない…と、その後、販売正常化に向け、大きな痛みと犠牲を伴う方向転換を迫られることになりました。

この時、ルールを無視して力で相手をねじ伏せるというような過当競争は二度としてはならない…、引きずり込まれてもいけない…、それを固く心に誓ったんです。自分さえ良ければいいという“我利我利亡者(がりがりもうじゃ)”は、全ての人を不幸にするということを思い知りました。

そこで改めて経営の原点に立ち戻りました。“利他の心”です。やっぱり我利我利ではいけませんよ。自分の利益を優先してはいけない…。“先義後利”という言葉がありますが、まずは正しい道である“義”。その後に“利”。あとから利益は付いてくる。そう思いましたね。

足のない幽霊と戦っているのかと思いました
Q.  守川さんが言われた乱売合戦というのは、どういうものだったのでしょうか?

シェア最優先でした。特に、栃木は他メーカーの工場があるところでしたから、他系列が強かった。だから、「なにくそ」という思いで私たちも頑張っていました。その思いがどういう形で出てきたかというと、シェアを上げるしかない、お客様を増やすしかない、ということだったんです。

乱売合戦、つまり値引き合戦というのは、相手がやったから、うちもやるんだとなってしまう。
やらされた…というけれども、違いますね。自ら戦いに出ていったと私は思います。
言葉を選ばずに言えば…、戦いは力の強い方からでないと仕掛けられません。力の弱いところも否応なく巻き込まれることになります。本当に申し訳ないことをしたと思います。
 
泥沼の中で、いくら頑張っても相手は倒れない。足のない幽霊と戦っているのかと思いました。まさに地獄でしたね。

「販売正常化」と言うのは簡単ですが…。当時は、値引きしなければ売れない体質になっていました。それが、ぎゅっと締められて、値引きできなくなる。そうなると、売れなくなります。売れていた営業スタッフや店長など、何人も優秀な人間が辞める結果になりました。

この危機を乗り越えて強くなったと思いますし、もし、あのまま続いていたら今はありません。

価値観がひとつになって、乗り越えられた
Q.  創業家だからこそ、そういう方向転換ができたのでしょうか?

そうです。そういう時に創業者(である父)が思い切った判断をする。私自身もそうでしたけど、もちろん、ひとりではできないんです。時の参謀というか、番頭さんというか、営業本部長がやりましょうと、心がひとつになる。価値観がひとつになって、乗り越えられたと本当に思います。

(あの時)サラリーマン社長だとどうだったでしょう。普通のサラリーマン社長だと、進むも地獄、退くも地獄という中で、あの痛みと犠牲を伴った方向転換はできなかったかもしれません。

Q.  次の世代に「この会社を残さなきゃいけない」「正しい姿で渡したい」という気持ちでないと、方向転換はやはり難しいのでしょうか?

その時は、次の世代にというよりも、今働いている社員のためにという思いでしたね。これは本当に世の中のためになっているのかと。お客様は喜んでいるのか、満足しているのか。そんなことありません。お客様からの信頼と営業スタッフの自信の両方失わせるのが、ルールを無視した過当競争ですから。社員のためにも、こんなことしちゃいかんという思いでした。経営理念の目指すところと、まるっきり逆じゃないですか。社員の幸福を奪い、世のため人のためにならない。会社の経営をも危うくしているんですから。やる前になんでわからなかったんだと言われそうですが、判断を誤る時もある。時の勢いというやつですかね。

責められるべきは…、経営者だと思います
Q.  シェア優先主義はメーカーの方針だったのでしょうか?

そう申し上げてもいいと思います。メーカーが巨額なインセンティブを出すことによって販売店経営はおかしくなります。やっぱり、力が強いところほど“利他の心”が大切です。強いところは、力でねじ伏せようと思ってはいけない。その後、メーカーも考え方が変わりました。強引なシェア第一主義みたいな形はなくなりました。

特に豊田社長は、そんな考えはお持ちではないです。そのことが私は嬉しかったです。そうした“時代を超えた正しい経営判断”は、ものすごく重要です。
全て経営者の判断なんです。現場の営業スタッフが悪いんじゃない。店長が悪いんじゃない。反省すべきは…、責められるべきは…、経営者だと思います。

これからトヨタ販売店は全車種併売を迎えますが、今はこのような地獄を経験したことのない人たちがほとんどですから、少し心配しています。このことは息子達にも、伝えておかないといけないと思っています。

Q.  経営理念に立ち戻られたエピソードがそれ以外にもあればお教えください。

これは、今から30年以上前の話です。営業スタッフの残業手当は、時間算定方式で支払うべきか、
見なし時間方式で支払うべきかという大きな課題に業界として直面したことがありました。

トヨタのみならず他系列も含め、経営者の間には訪問販売を前提とすると、営業スタッフの実稼働時間は把握困難とし、合せて時間算定方式導入によるコスト増も憂慮した結果、これまで通りみなし手当で進めるという考え方が圧倒的多数を占めていました。

私達は、経営理念の原点に立ち戻り、これは改めるべきと決断いたしました。営業スタッフの実稼働時間の把握は難しいが、やろうと思えば出来ない問題ではない。何よりも、わずかな見なし手当で長時間労働をさせることが営業スタッフの働き甲斐を阻害し、クルマの営業職を不人気職種ワースト1にしている。

間違ったコスト意識のもとで、見なし時間方式を継続する限り、この業界は、労働時間の短縮も効率的な販売方法への改善も、真に働きがいのある活力に溢れた職場風土の確立も到底不可能である。
結果として、お客様の笑顔に繋がる営業活動を展開することは難しいと判断し、あえて時間算定方式で残業手当を支払うことを、全国に先駆け決断いたしました。

但し、理念に沿った正しい制度や方式は導入しても、社員の理解度や運用次第で、その成果は大きく変わることがあるので、十分注意する必要があります。

信義を貫くという人の道の大切さを教えられた
Q.  守川会長が、社長として経営の舵取りを担う中で、ご自身の考え方に影響を与えた出来事があればお教えください。

これも40年近く前の話です。日米、日欧の自動車の貿易摩擦が大きな問題となった時期がありました。そんな時に、輸入車のディーラーをやらないかという話が舞い込んできたんです。

営業本部長は大乗り気でした。「それじゃあ、やるか!」ということになって、当時は会長だった父のところへ二人で勇んで相談にいきました。すると、父からは「この会社の今日があるは誰のおかげと思っているのか!」「トヨタ自動車に対する感謝の気持ちを決して忘れてはいけない!」「貿易摩擦問題でトヨタ自動車が、こんなにも悩んでいる時に輸入車をやるなど、もってのほか!」と一喝され、言下に否定されたんです。

私は、その時“信義を貫く”という人の道の大切さを、創業者である父から身をもって教えられた。これも私にとっては大きな出来事でしたね。

輸入車を扱っていたら成功したかもしれません。でも、そういう問題じゃないんですね。結果がどうという話ではない。「そういうことに向き合った時に、どういう決断をすべきか」「人の道を外しちゃいけない。」「トヨタ自動車に対する“信義”と”感謝の心”を忘れてはいけないぞ」ということを身に沁みて学んだ出来事でした。

父から「馬鹿者!」と一喝されました
Q.  輸入車取扱いの話をしにいった時、当時の会長はどういう感じだったんですか?

職業軍人の激しい人でしたから…“激怒”というのに近い感じで「馬鹿者!」と一喝されましたね。そういう時の父は有無を言わせず…です。もう絶対無理って思いました。

自分で言うのもなんですが、私も割と素直なところがあります(笑)。「よく考えれば確かにそうだ、トヨタ自動車がこんなに悩んでる時に輸入車やるのは違うな」と思いました。やはり父が言っていることは正しかった。

(あとがき)
第二話では守川さんが過去に経験されたエピソードを通じて、ご自身が大切にしている想いを、お聞きすることができた。次回、第三話では、その想いを、いかに伝え、守ってきたのか?

守川さんの人材育成に向けた想いなどもお聞きする。

<関連リンク>

第一話 「二人の出会い ~若かりし日の情熱~」