連載
2019.07.25

第4回 「いま決起するとき」~継承と変革~ 第四話

2019.07.25

豊田章男が進めているトヨタの改革とは何か?「豊田と販売店の関係」は?守川さんから見た、その想いを聞いた。

第四話 「未来のモビリティ社会 ~今決起する時~」

守川会長は、ト販協の正副理事長として20年近くもの長きにわたり、メーカー経営陣のカウンターパートを務めてきた。最終回となるインタビュー第四話で、我々は、守川さんに「販売店とトヨタ(メーカー)の関係」を伺った。そして、自身も創業家である守川さんに「販売店と豊田(創業家)の関係」についても聞いてみた。

今決起する時

忖度やタブーのない関係

“報恩感謝もお互いにということだと思います”
Q.  トヨタ自動車も販売店も、お互いに世代が変わっていきます。その中で、両者が守り続けていくべきことはなんでしょうか?

「1にユーザー、2にディーラー、3にメーカーの原則」、「相互信頼の原則」、「率直なコミュニケーションの原則」、そして「報恩感謝の原則」。私はこの4つだと思います。

これをお互いにしっかりと守り抜くことができれば、他メーカー系列の人たちから “うらやましいと言われる関係”をこれからも維持することができると思います。

コミュニケーションというのは双方向です。報恩感謝もお互いにということだと私は思います。一方的に寄り掛かったり、一方的に押し付けることでは、健全だとは言えませんし、「人もうらやむ」ということにはならないだろうと思います。

“価値観に沿って議論する限りは、タブーも忖度もありません”
Q.  守川さんと豊田の「率直なコミュニケーション」は、どの様なものでしたか?

幸いにして、もう25年前になる業務改善時代から、ありがたいことに豊田社長と苦楽を共にさせていただきました。その関係において、忖度やタブーなんていうものはなかったです。

私がト販協の役を退いた時、豊田社長に「守川さんは、歳が一回りも上だから聞いてきましたけど、ずいぶん耳に痛いこと言ってくれましたね」みたいなことを言われました(笑)。私も、言いだすとしつこいですからね(笑)。

豊田社長に、ずいぶん耳が痛いことをしつこく言い続けて申し訳なかったな、失礼なことをしてしまったなとは思いましたけど、その時はその時で、信念を持って申し上げていたので、それはしょうがないですよ。“信なくば立たず”というけれど、信念を持って立つべき時は立たなきゃ。だってトヨタのためを思い、自らのためを思い、社員のこと、お客様のことを、お互いに真剣に考えての話なんですから…。

価値観ということを、さっき申し上げたでしょう。その価値観に沿って議論する限りは、タブーも忖度もありませんよ、そんなこと言っちゃいかん。

販売店の未来予想図

“これだけ成功体験があると、それが邪魔をする”
Q.  今度は、逆に、トヨタと販売店との関係において、変えていかなければいけないと思っていることはありますか?

「新しい酒は新しい革袋に」という例えがありますが、メーカーと販売店は従来の規制や慣習、さらには過去の成功体験、既得権など、こういったものに捉われちゃいかんと思うんですね。この時代、それぞれが果たすべき役割や諸制度について、100年に一度の変革期に耐えうるものにするための前向きな議論をしっかりしてほしいと思います。そして速やかに見直していってほしい。

過去の色々なものが、今壊されようとはしているんだけど、どうしても、これだけ成功体験があると、それが邪魔をする。もう一手踏み込まなきゃいけないと思います。

そして、議論しなきゃいけない。完全に、みんなの肚に落ちるなんてことはありません。だから、議論をする。そしてゴーサインが出たら、みんなで心をひとつにして、その方向へ向かって突き進む。

“改めて、創業者精神、ベンチャー精神が求められている”
Q.  CASEという変革によって、競争のルールや相手が変わっていくと言われています。本当に、過去の成功体験にとらわれてはいられない時代になってきました。こうした時代のメーカーと販売店との関係についてもお聞かせください。

CASEの時代になっても、メーカーは時代に先駆けた“より良い商品”や“流通の枠組み”を開発することが責任領域。一方、販売店はその流通の枠組みを生かして、“メーカーがつくり出したより良い商品”や“より良いサービス”と、これは私たちがつくる部分もありますが“高い満足度”でお客様にお届けすることで、モビリティ社会の最前線を守り抜く。この基本的な関係は、私は、変わらないと思っているんです。

ただ、競争の相手も、ルールも大きく変わる時代の到来を迎えましたので、販売店には“クルマは所有されるものという世界”に閉じこもることなく、メーカーが先見性とリーダーシップを持ってつくり上げる“クルマは利用するものという新しい土俵”に勇気を持って駆け上がらないといけない。改めて、創業者精神、ベンチャー精神が求められているのだろうと思います。

“正しい道を突き進めば、必ずあとから利も付いてくる”

個々のお客様のニーズに沿って、所有から利用まで、シームレスなサービスを提供できるビジネスモデルの構築…、これがモビリティ社会の明るい未来につながるという夢と希望を、メーカーとの間で、しっかりと共有して、私たちは決起したい…こう思っていますね。

豊田社長は株主総会で「自分が言っていることは危機感じゃない、価値観だ」とおっしゃっていました。まさに「モビリティ社会の明るい未来を、私たちは一緒につくっていくんだ」という夢と希望を持って…、そういう価値観を持って…、決起したいなということじゃないでしょうか。

まさに“先義後利”ですよ。正しい道を突き進んでいれば、必ずあとから利も付いてきますから。いや、本当に付いてこないっていうのなら、やめればいい。それはお客様のためにも、世の中のためにもなっていないっていうことですから。

“地場の事情や課題をしっかりと理解することが大切です”
Q. トヨタ販売店はメーカー直営ではなく、地場の資本家の方々と一緒にやってきました。それが強みであると思います。地場資本による販売店網について、どう思われますか?

これはメーカーと、長きにわたって、販売店が協力してつくり上げてきたものだと思います。

クルマを所有するという世の中が、このまま続くのであれば、地場資本の優位性は、これからも確保できると思います。しかし新たな“利用の世界”においては、その保証はないと考えたほうがいいのかなとも私は思っています。

“利用の世界”でも引き続きアドバンテージを維持するには、地場資本として、これまで以上に地場の事情や課題をしっかりと理解することが大切です。その上で、先ほど申し上げたとおり、メーカーが構築する“利用の土俵”に販売店が上がり、これまで蓄積した豊富な人材力、資本力、情報力、店舗力も含めて、それらを惜しみなく投入していく覚悟と決意が求められています。

“メーカー直伝の改善魂がもっと大切になる“

併せて、競争の相手もルールも一転します。利用の世界では、扱う商品が、もはやこれまでの商品の単価とは違いますよ。高額商品ではないことを考慮しなきゃいけない。

そうすると、今までの所有の世界で取り組んできたメーカー直伝の“改善魂”が、これまで以上に大切になります。

このトヨタ流の改善魂…、これをもって働き方の変革を含むところの合理化、効率化を、これまで以上に徹底して追求するんです。そして質の高い仕事を、圧倒的な低コストとスピード感を持って提供できる実力を身に付ける。これを急がなきゃいかんと思いますね。まだまだ無駄もあるし、スピード感も欠けています。

だから既存領域で積み上げてきたものを、もっともっと改善魂で磨き上げるということを、急がなきゃいかんと思いますね。こういったことを忘れて、新しい領域に飛び込むわけにいきませんよ。高額ではない商品を扱うわけですから、ある意味、その覚悟と決意が求められると思います。

残念ながら、「改善に終わりはない」という改善魂を、メーカーのようには、ずっと引き継いでこられていないかもしれない。その点、忸怩(じくじ)たるものはあるんだけれども、しかしこの機会にもう一度、まさに原点に戻り、四半世紀前の、あの業務改善支援室に入っていただいた時の取り組みを思い起こして、活動にあたりたいと思っていますね。

“全国の販売店が心をひとつにして取り組む時が来た”
Q.  当時の豊田室長は、周囲に反対されながらも販売店の改善をやり抜きました。お話を伺うと、それに応えてくれた一部の販売店の方々がいなかったら、今、この大きな変革に、トヨタは立ち向かえなかったのではないかと思いました。

いや、本当にそう思います。当時、物流改善に入っていただきましたが、その時でさえ、あと10年、早く改善を始められていたらと本当に思っていました。そうしたら、私たちは、もっともっと圧倒的な差を、ライバルにつけることができたはずです。その時の思いを、今再びですね、本当に。

全国の販売店、改めて、ここに、心をひとつにして取り組む時が来たなと思っています。

“モビリティを軸とした地域社会の存続に貢献できます”
Q.  守川さんがおっしゃっているように、これまで以上に地域課題への取り組みや、地域への愛着が必要になってきていると思います。地域社会と販売店との関係について、お聞かせください。

トヨタの販売店はこれまで自動車の販売や整備を通じて、便利で快適な地域社会の一翼を担ってきました。一方で、人口減や高齢化が進み、地域社会の交通インフラも危機に瀕してきています。

加えて、昨今の高齢者による悲惨な交通事故の多発で、免許返納の世論も急速に高まってきており、今後、地方の交通弱者は間違いなく増え続けると予想されています。

こうした中で、豊富な人材力、資本力、情報力、店舗力を有する地域に根差したトヨタ販売店は、CASE時代の到来を追い風に受けることができると私は思うんですよ。

勇気を持って地域の課題解決に乗り出せば、モビリティを軸とした地域社会の存続に貢献できます。そして、そこに新たなビジネスチャンスも生まれてくると思うんですね。

“地方の足は俺たちが担うんだ!くらいの想いですよ”

これまでトヨタの販売店は、地域社会の中で育てられてきたんです。今日があるのは、地域社会に育てられたおかげです。これからも地域社会と共にトヨタの販売店は歩んでまいります。

そういう意味では地域社会への恩返しです。「地方の足は全てトヨタの販売店が担う」ぐらいの意気込みと、思いを込めて取り組んでいきたいなと思います。

それはね、他の誰にも出来ないと思っている。先ほど申し上げたような人材力、資本力、情報力、店舗力に加えて整備技術力。これだけのものが揃っていて、俺たちがやらないで誰がやるの。「俺たちが担うんだ!地方の足は」くらいの想いですよ。交通弱者に寄り添うということを含め、より豊かなモビリティ社会の構築は、私たちにお任せくださいと…、それがCASE時代における私達の使命と受け止めたいと思っています。

不安も、もちろん無いわけじゃない。評論家はいろんなことを言う。でも私たちは、そういう影の部分を見るんじゃなくてさ、日の当たる方向、夢や希望を、地域のために共有しましょうよ…。

「豊田章男」改革

“豊田社長の中で、今も変わらず貫かれているものなんでしょうね”
Q.  豊田章男が進めているトヨタの改革とは何か?豊田章男は何をしようとしているのか?守川さんから見て、どのように見られているかを、お聞きしたいと思います。

継承者はチャレンジャーでならなければならないという信念の下で、創業の原点に立ち戻り、トヨタが大切にしてきた価値観、トヨタらしさを取り戻すための企業風土改革、これにチャレンジしていらっしゃるということが、ひとつです。

そして、未来に向けて、トヨタはベンチャー精神を持ってモビリティカンパニーにフルモデルチェンジする。

この2つの大きな改革へのチャレンジ。これが豊田章男社長の改革だろうと思っています。

業務改善の時に、熱い思いで語られていた変革への“決意”や“覚悟”こそ、豊田社長の中で、今も変わらず貫かれているものなんでしょうね。

“やっぱりサラリーマン社長と少し違うように思います”
Q.  「豊田と販売店の関係」について、お考えをお聞かせください。「トヨタ」でなく「豊田」との関係を…。

豊田(章一郎)名誉会長は、社長の時代から、年に一度の販売店営業スタッフ表彰式の懇親会では、終始お立ちになったまま、営業スタッフ一人一人と丁寧に名刺交換と記念撮影をされていらっしゃいました。何十年にもわたって、私はそのお姿を拝見してきました。豊田社長も、大変お疲れの中を、全てのテーブルを回り、営業スタッフやエンジニアを激励していただいております。

“こんなことはとても考えられない”と他メーカー系列の仲間から羨ましがられます。

トヨタ販売店協会でも、かつて理事長や副理事長をされた先輩方を集めた懇親会の席が年に一度あるんです。それも、もう何十年も続いています。その席で、名誉会長は必ず「販売店のおかげだ」とおっしゃってくださる。そうした言動のひとつひとつが心に響くんですね。やはり、豊田という姓の付く、創業家の方たちの思いというのが、言葉を選ばずに言うと、やっぱりサラリーマン社長と少し違うように思います。

“今、創業家の豊田社長が経営トップということはラッキー”

豊田社長のメッセージの伝えられ方も、ものすごく分かりやすいし、いつも心に響くものがあります。みんなが心を打たれ、心に響くものを感じながら、トヨタの販売店は頑張っている。それを見て、他メーカー系列の代表者からは、うらやましいと言われる。

困難な時、つらい時を乗り越えた先に、相互信頼とか、感謝の思いっていうものが、どんどん高まっていく…、そういう歴史をトヨタは紡いできたような気がします。

だからこの一番大切な時に、創業家の豊田社長が経営トップということは、私達にとって本当にラッキーですよ。運を引き寄せる力が、豊田家にも、トヨタ自動車にも、トヨタ販売店にもあると私は確信しています。

私達は他系列と比べ、さまざまな点で恵まれているということを正しく理解し、心をひとつに自信を持って前進したいと思います。

“販売店は、動き出せば、一気呵成に動く”
Q.  トヨタ販売店は、そのことを正しく理解できていない…ということでしょうか?

正しく理解した上で、どう行動を起こすかが問われている。それに対するスピード感と自覚がまだまだ足りないように、豊田社長には映っているんだろうと思います。

社内外にどう伝えていくのか。豊田社長が副社長の方々を「七人の侍」とおっしゃるように、やっぱり、番頭さんたち(の役割)と言っていいかもしれない。豊田社長一人でお伝えになるには限界はありますから、豊田社長の想いを、どう繋げていくか、どう伝えていくかというのは、トヨタ自動車の役員を中心とする幹部の皆さまたちの責任でもあると思いますね。

ト販協のトップの人たちも同じ思いでやっていきたいと思っています。やっていけると思いますよ。動き出したら大丈夫です。販売店は、動き出せば、一気呵成に動きます。期待してください。

Q.  最後に…、守川さんから豊田章男にお願いしたいことはありますか?

それはこれまで通り、日本の販売店にとって
“いつも身近な豊田社長”であっていただきたい、というお願いです。

それだけに豊田社長のお話を直接伺うことのできる貴重な場だけは、今後とも数は少なくても無くさないでいただきたいと思います。

百年に一度の変革期を迎えた今、豊田社長ご自身の変革に懸ける熱い思いを直接お伝えいただくことで、私達販売店は心を一つに、勇気をもって変わっていけるのだと思います。

豊田社長には、私達を変え、動かす大きな力があります。特に販売店の次の時代を担う若い世代に、私達がこれまで賜ったと同様の厳しくも温かいご指導とご鞭撻をいただければ幸いです。

(あとがき)

「守川さんの話を記録に残しておきたい」。これからのトヨタのために。自分たちとその後に続く次世代のために。インタビューを終えて、心からそう思った。

最後に、守川さんから編集部に対していただいたメッセージを紹介したい。

「豊田社長の想いを伝える伝道師が必要なんです。まずは、(編集部の)皆さんですよね。豊田社長の想いを伝えて、繋いでいければ大丈夫ですよ。それによって、皆さんご自身が変わるかもしれない。社長の想い、考えを踏まえて、『自分たちがしなきゃいけないことはなんだ』ということを考えることができたら、あるいは、そう考えて行動に起こすことができたら、それはやっぱりトヨタの強みにつながりませんか。全部、豊田社長にすがっちゃいかんと思う。豊田社長の求めておられることはそういうことではないと思いますよ」

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