連載
2019.06.24
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第1回 「私たちはどうあるべきか」~How to beの追求~

2019.06.24

「私の教科書」。社長の豊田章男は、塚越さんをそう表現する。年輪経営を実践する塚越さんの経営理念に迫る。

伊那食品工業株式会社 最高顧問 塚越 寛

塚越さんにお会いする

今回の企画は「塚越さんにお会いする」ことから始めたい。最初からそう思っていた。

塚越さんは21才の頃、破綻寸前だった伊那食品工業に社長代行として入社。以来、経営トップとして会社を引っ張ってきた。

伊那食品工業といえば、ヒット商品の「かんてんぱぱ」で有名だ。だが、地元ではもちろん、全国的に同社が知られている一番の理由は、持続的な成長を大切にする「年輪経営」を実践している会社としてだろう。

「私の教科書」。社長の豊田章男は、塚越さんのことをそう表現する。リーマン・ショックによる赤字転落後に社長に就任した豊田には、「すそ野の広い自動車産業は、急成長しても急降下すれば、多くのステークホルダーにご迷惑をお掛けする。少しずつでも着実に成長し続けることが大切」との信念があるからだ。

伊那食品工業の創業は1958年。会社の歴史とほぼ同じ年月にわたり、経営トップを務めてきた塚越さんにお会いすれば、今回の企画のテーマである「創業の原点」に迫るきっかけになると考えた。何より、「塚越さんの話を聞いてみたい、会社を訪れてみたい」という純粋な興味と関心に突き動かされ、編集部は長野県の伊那市に向かった。

心地よいウェルカム

インタビューにお伺いした日は小雨が降る天気。本社玄関の前で同行者を待っていると、「もし宜しければ、どうぞ中へお入り下さい」と社員の方からさりげなく優しい声をかけていただいた。

「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」

ロビーへお邪魔すると、誰からともなくすっと全員が立ち上がって挨拶までいただいた。その皆さんの笑顔が本当に自然で、心から歓迎されているという心地よさ。それは会社というよりは、親類の家に招かれた時のような感覚。オフィスはとても明るく、沢山の生け花や緑がとても美しい。

奥の応接室で取材の準備を始めていると、まだ時間前にも関わらず塚越さんが笑顔で入ってこられた。

「令和コーヒー飲みますか?」。

きっと、こちらの緊張を気づかっていただいたのだろう。 思いがけないおもてなしと共に、インタビューは始まった・・。

塚越さんご自慢の令和コーヒー。自社の寒天で作ったフィルムでデザインしている。

「ものぐさになるための自動運転だったら、これはおかしい」

今回のテーマ「創業の原点」に直結することから伺います。会社とは何のために存在するのですか?

(トヨタのルーツについて)当時は織物が必要だった。それがあまりにも重労働だから、なんとかせないかんと思って、みんなと楽な仕事ができるように織機を開発した。それは自分が儲けようと思ったわけじゃない。豊田家にはそういうものがある、もともと。佐吉さんはそういう人。世の中のためになるというね。

その織機がある程度完成したから今度は自動車。みんなが荷車を引いて大変苦労している。それを見てなんとかせないかんというのが喜一郎さんだった。結果として会社が大きくなれば当然利益も出てくるけど、そういう事よりもみんなの苦労をなんとかしよう。これが大事。

私だって会社が儲かるから機械入れようとか、そんなふうに思った事ない。こんな仕事大変だから機械にさせようと合理化してきた。機械だけじゃなくて、水仕事からの解放が私にとって大変なテーマだった。前掛けして長靴を履いて重労働だった。衛生上も良くない。それで「長靴よ さようなら」運動を掲げてみんなで工夫した。製造時に99%の水を取り除くのが我々の仕事。1のものを売る時に残り99は水。だから水浸しになる。「長靴よ さようなら」は社員のために実現した。

「長靴よ さようなら」は社員のために実現した

豊田家には代々そういう思いが特別強い人達がいたんですよ。お世辞じゃなくてそう思う。

技術革新で色々な物が発明されたり改革されるけど、儲けたいからやるという人がいっぱいいる。それは間違いではないが、儲けるよりむしろ世の中のこれがまずいから直そうとか、事故が多いからこうしようとかが先にくるべき。

自動運転もそう。事故を防ぐための自動運転は正しい動機。ものぐさになるための自動運転だったらこれはおかしい。運転は自分の意思で行きたい所に行く楽しさがある。

ただ間違った時に事故が起きるから、それを自動運転などで保護しようというのは正しい。章男さんはそう言っていると思う、たぶん。ものぐさっていうのは決していい事ではない、そこに楽しさが無いと。楽しさがあれば体を動かすのは良い事。そういう議論をあまりしない。ボタンを押したら何でもやってくれる事が進化だと思っている人がいる。

「人間の価値観の変化を読まなきゃ」

だから今後は、いかに多くの人を幸せにするかっていうのは大切なテーマだと思う。うちの会社は実は会社が嫌で辞める人は1人もいない、これ自慢です。募集すると50倍も応募してくれる。でもマーケットが小さいから会社を大きくは出来ない。だから年輪経営なんです。

寒天以外も色々取り組んで、60年間ほぼ右肩上がりの成長ができた。ほかの会社がいくら伸びたとかそういうことには目もくれずに、確実に伸びるにはどうするかという事を考えて経営してきた。ファンづくりを大切にしたのもその理由の一つ。だから仕入れ先に対する配慮、買って頂けるお客様への配慮。それから人の幸せや、世の中への協賛も大切にしてきた。ファンづくりという物には、必ず「尊敬」という字が付いて回らないといけない。いくら有名でも、ファンになるかは別。では「尊敬」されるにはどうしたらいいか? まず会社の理念がぶれない。それが社是になったり社訓になって世間に堂々と言わなくてはいけない。だから私の場合は本を書いた。社員にも伝えた。それが年輪経営です。

年輪経営のいつでも右肩上がりという事は、末広がりという事。そこには夢や希望が存在しています。一時的にチャンスがあっても無理やり伸ばさない。だからじっくりと常に力を蓄えていくような経営です。

でもそれを実現するのは実は難しい。うちは一度もリストラした事が無い。年輪経営を実現するためには、遠くを計るというか、先を見る目がとても重要です。先を見る目とそれに対応する研究開発能力です。うちは小さい会社だけど、研究開発に1割の人材を常に置いている。

それから時代を読む時には、技術的に読むだけじゃなくて人間の価値観の変化を読まなきゃ駄目です。

人間は豊かになると価値観が変わります。そういう世の中の変化と価値観の変化を読む事がとても大切。技術の変化はある程度読めます。じゃあ価値観の変化という議論がどこまで出来ていますか。

「経済界から『幸せ』という言葉が消えてしまっている」

人間、「幸せ」になりたいという方向はみんな一緒です。たった一度の人生だから「幸せ」に生きたい。末広がりも大事な「幸せ」。旅行や人生を楽しむという事や自己実現や社会奉仕もある。時代と共にその優先順位が少し変わるんです。

今はお金があれば「幸せ」だってみんな思っている。そこから脱皮すると、お金も必要だけどもっと違うライフスタイルが「幸せ」の素だって気づき始める。

それに基づいて車はどうあるべきか、モビリティはどうあるべきか。ニーズの変化だけを見ていても駄目で、価値観の変化を読む事が大切なんです。章男さんはそこを分かっている。「FUN TO DRIVE」っていう価値観が。競走馬だけは残ったって言ったでしょ。

技術の進歩はある程度分かるけど、悲しいかな「人の幸せ」のためにそうするという議論は無い。世界的に経済界から「幸せ」という言葉が消えてしまっている。「お金」という価値観の企業が尊敬されている。ここが問題で絶対そうじゃない。

それが今、章男さんが凄くいい。自分で広告に出たりラジオなんかでも凄い。ファンと一緒にやっていますね。あれはやっぱり自分で考えているんだと思う。今までに無い事をやっている。でも今までに無い事をやろうと思ってやった訳じゃないと思う、きっと。そうじゃなくて、どうあるべきかを考えたら結果的にそうなった。章男さんはそこを考えている。

どうすべきじゃなくて、どうあるべきか。How to doじゃなくてHow to beなんだよ。

「本当に優秀な人とは『優しさ』に秀でた人」

塚越さんは、なぜここまで「人の幸せ」を経営の根幹に置くようになったのですか?

私は17歳で肺結核を患った(わずらった)。260人いた高校で私だけ。一番苦労していたから栄養失調で肺結核になった。みんな進学していくのになんで俺だけが中途で退学なのか。こんな不幸があるかと。病院で入院している間にも、歩いている人を見て、「あの人たちは、歩ける幸せなんて感じてない・・・」とそう思った。だから歩けるだけでも幸せ。だったら働けるなんてもっと幸せ。健康で働けて、そんな幸せは無いって自分は思った。

だから私は自分の職業を変えようなんて思わないし、働ける事に喜々としてやってきた。だから気が付いたら、社員に対して健康こそ大事だと思う様になった。社員を思いやる。健康に悪いことは一切させない。

人への思いやりを優しさと言うんですよ。「にんべんに憂う」って書く。だから優しいという字は、思いやりの事なんです。「人を憂う事に秀でた人」って書くと、「優秀」っていう字になる。これは偶然じゃない。やっぱり昔の人は考えている。思いやりの優れた人が優秀な人なんです。知識がある、計算が早い、そういう事じゃ無い。思いやりにも色々あって、同僚、部下、上司、会社、社会に対する思いやり。そういう思いやりをきちんと持っている会社が優秀な会社なんだと思います。字は哲学を教えてくれる。

確かに、訪問時に社員の方々が凄く温かく迎えて下さいました。
なぜここまで、社員一人一人に、塚越さんの考えや価値観が浸透しているのでしょうか?
どう社員に伝えているのですか?

それは分かっているからでしょう、私の思いが。社員に対する思いや考え方が。実際に右肩上がりを目の当たりにもしている。自分の給料が上がっている。それに「人の幸せ」を大切にするという考え方は不変ですよ。万国共通の不変であり真理。新入社員の人達もみんな分かってくれていると思う。私の本を読んでファンになって入って来てくれている。

トヨタさんもそうなるべきだと思います。「あの会社の考え方がいいね。章男さんがいいね。だからトヨタの車を買うんだ」って。だから全社員がファンづくりにも協力しなきゃいけないと思いますよ。ファンづくりのためには、公のことに対して貢献出来る人を育てる事が大切。

トヨタさんだって自分の工場や販売店の周辺の草を取るとか、地域に貢献するとかそういう事を大切にすべき。そこから世間の人達の「尊敬」が生まれる。

現在、最高顧問という立場の塚越さん。
その理念や価値観を、次世代に継承していくことの難しさを感じますか?

会社に終わりは無いのだから年輪経営でいいんです。間違った成長のために何かを犠牲にするような事をしてはいけない。イメージが悪くなって今まで築いてきたものが崩れてしまう。急成長は続かない。

会社を大きくすることが使命だと、あまりにも思いすぎている人が社長になると、大事なものや伝統を忘れてしまう。年輪経営を定着させればそういう事が無くなる。章男さんはそれを分かっている。そんなに急成長しなくても、確実に成長する。どんな不景気に遭ってもちゃんと成長する。そのためには多少は多角化も必要だと思う。だから自動車って言わずに、モビリティって言いましたよね。それで良いと思います。

代替わりする度に理念が薄らいでいく。それはどんな会社でも皆そうです。だけどこれだけは薄らいじゃいけないとか、忘れちゃいけないっていう物をどういう形で残すかは大事な事で、それは幹部職の皆さんの仕事かもしれないですね。

「自分が幸せになる事だけ考えている人は、乳飲み子と同じ」

塚越さんの経営の根幹には、常に万物への「優しさ」を感じます。
この優しさについて、もう少しお伺いできますか?

私は忘己利他(もうこりた)をやりなさいと社員に伝えている。他人のためになりなさいと。他人のためになると感謝され、尊敬されて自分も幸せになる。でも利他はなかなか出来ない。我利(がり)はできる。それは本能だからです。

乳飲み子がおっぱいに吸い付くのは、栄養があるとか成長するためとかそんなこと知っている訳じゃない。本能ですよ。そのまま大人になって自分が幸せになる事だけ考えている人は、乳飲み子と同じなんです。

いかに他人のためになるか、「ありがとう」って言われるようになるか。今は感謝という言葉を忘れている。感謝と「幸せ」は本来イコールなのに。昔の人はそういうことを教えた。人から世話になった事は忘れちゃいかん。人に世話してあげた事は忘れても良い。日本は今、そういう道徳教育が無いみたいですね。

どう生きると正しいかって社員に問い直す、そういう事をやっている会社ってあまり無い。みんなスキル教育ばかり。でもそれは本来は後で良い、そんな事はね。本当の意味の教育を分かってない経営者が多いと思う。スキル教育が全てだと思っている。

最後に伺いたい事があります。今、「遠きをはかる」と塚越さんの目線の先には何が見えていますか?

うちは今たった年商200億円です。これが250億円、300億円になるなんて時間を掛ければ出来ると思っています。日本の食品業界は巨大だし、人口1億はそう急激には減りません。私はそういう事は心配していません。人口減少なんて全然考えてない。普通にやっていけば良いと思っている。そのために研究開発だけは力を入れてます。

でもトヨタさんは確かに、巨大な自動車産業でシェア持っているから大き過ぎると思います。だから成長よりもいい形で現状維持をするにはどうするかが大切では無いでしょうか。そのためにはファンづくり。私は本当に大事な事だと思いますよ。そのファンづくりのためには「尊敬」される物を持つ事。だから社員教育で「優秀は優しさに秀でる事」だと捉えて欲しいと思います。ここが課題じゃないでしょうか。

研究開発だけは力を入れてます

社員がファンであるという強さ

インタビューを終えお手洗いをお借りしたところ、便器の上にこんなメッセージが。

「このトイレはキレイに掃除ができています。便器は汚いものではありません。ズボンがつくまで前に出てはいかがしょうか?」

水滴の一滴さえ落ちていない

水滴の一滴さえ落ちていない。もし汚れを見つけたら、社員がその場で掃除をする習慣だとの事。

帰路に就く前に、本社のある「かんてんぱぱガーデン」内のそば処で昼食をいただく事に。綺麗に手入れされたガーデンを歩いていく間、社員の方に花木の手入れについて教えていただいた。

「これらの樹々の手入れは、顧問(塚越さん)に手取り足取り教えて貰って我々が自分達でやっているんです。」

木々はプロの仕事としか思えないほど丁寧に剪定されており、季節の花が綺麗に咲いている。もちろん、ゴミなど落ちていない。社員の方々が始業前に自主的に掃除をされているこのガーデンには年間40万人の観光客が訪れる。

「綺麗な緑に囲まれて仕事が出来たら社員は幸せだろう」という考えと、地域への貢献を目的にこのガーデンは作られている。

赤松の並木道
赤松の並木道:会社の中とは思えない風景
綺麗に手入れされたガーデン
一年中、花が咲くように考えて植栽されている

そば処に到着すると、ここでも変わらない笑顔が。心がこもった気配りの行き届いた接客。

「かんてんぱぱガーデン」内のそば処で昼食を頂く事に

おしぼり一つとっても美しい模様が入っており、おもてなしの心遣いを自然と感じる。

おもてなしの心遣いを自然と感じる

美味しいおそばをいただいた後、工場見学を兼ねておみやげショップに。途中で雨が降ってきたが、このガーデン内には貸出し用の傘が建物ごとに設置してあり、濡れる事無く移動する事が出来る。

貸出し用の傘が建物ごとに設置

おみやげショップでも社員の方々の笑顔は変わらない。ふと気がつくと、気持ち良くかなりの金額を購入しており、自分がすっかり「かんてんぱぱファン」になっている事に気づいた。

この会社は、本当に塚越さんの会社なんだという事を、心地よい「幸せ」な気持ちと共に実感できた。

塚越さんの「価値観」が社員一人一人に行き渡っており、皆さんが本当にこの会社のファンなんだという事を、こんなに実感を持って感じられるとは思わなかった。

伊那食品工業の社員は、自らを「伊那食ファミリー」と呼ぶ。

今年の春の交渉での社長の豊田の言葉を思い出した。「家族の会話をしよう」。

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