GRヤリスをイチからつくり直して挑戦したニュル24時間。ドライバーの育成が花開きモータースポーツの裾野が広がったラリージャパン。水素エンジンと超電導技術が融合し、未来のクルマづくりが加速した S耐富士24時間。その挑戦が、次の時代をどのように作っていくのか。その挑戦の裏側を読み解く。
「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」を掲げ、「人材育成」の役割も含め積極的に各種レースに参戦しているトヨタ。その中でも、5月〜6月は「ニュルブルクリンク24時間」「ラリージャパン」「スーパー耐久富士24時間」と大きな大会が続いた。そして、トヨタイムズスポーツでは“その挑戦が、次の時代をつくる”をテーマに現地から生配信した。
2026年初夏、次の時代のクルマと人を育むために行った挑戦は3つ。
ニュル24時間では、世界で勝てるクルマづくりへの挑戦 。
ラリージャパンでは、もっと憧れの存在になるための挑戦。
そしてS耐富士では、未来の選択肢を増やす挑戦。
それぞれ異なる舞台で行われた挑戦は、どのように次の時代につながっていくのか。ドライバーやメカニックはもちろん、全てのスタッフが“ワンチーム”で戦った3つのメジャーモータースポーツから読み解いていく。
トヨタのクルマづくりの原点「ニュル活動」再開2年目
ドイツ西部・アイフェル地方にあるニュルブルクリンクサーキット、通称“ニュル”で2026年5月15〜17日、「ニュルブルクリンク24時間(ニュル24時間)」がおこなわれた。
トヨタは「TOYOTA GAZOO Racing」と「ROOKIE Racing」がワンチームとなった、「TOYOTA GAZOO ROOKIE Racing(TGRR)」で参戦。
一周約25kmと長大なニュルは、170以上のコーナーと、約300mの高低差を有し、天候が急変するなど過酷さを極めるコース。そのことから、「緑の地獄(グリーン・ヘル)」とも呼ばれ、プロトタイプの実力を試す新車開発の聖地としても知られている。
豊田章男会長がマスタードライバーの成瀬弘氏と出会い、運転訓練を重ねる中、欧州メーカーのプロトタイプに「トヨタさんにはこんなクルマつくれないでしょ?」と言わんばかりに抜き去られ、悔しさを胸に刻んだのもニュルだった。
2007年には“モリゾウ選手”としてニュル24時間に参戦し、成瀬氏とともに完走。「ニュル活動」はトヨタにとって「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」の原点ともいえる存在なのだ。
その後、ニュル活動はパンデミックの影響で一時休止されたものの、昨年(2025年)再開。豊田会長自ら「ゲームチェンジャー」と呼ぶ次世代変速機「DAT」を搭載したGRヤリスは大躍進した。
モリゾウ選手が予定周回数を越える「おかわり」走行を重ねたことでも話題となり、大きなトラブルもなく24時間を走り切った。
昨年ニュルを快走したGRヤリスは「やりすぎヤリス」に大進化
TGRRは、今年のニュル24時間に109号車、110号車の2台のGRヤリスでエントリー。110号車は昨年完走した車両だが、109号車は久富圭エンジニアリーダーを中心にゼロベースで見直されることになった。
パワートレインやジオメトリをはじめ、ウイングを吊り下げ式に変更するなど空力面も大幅に見直され中身も見た目も大きく変化。スタッフからは「やりすぎたヤリス」と呼ばれるほどのアップデートがくわえられた。
一方の110号車は、109号車との差を把握するため、あえて2025年のニュル24時間を完走したままの状態で出走することとなった。
ニュル活動からフィードバックされる「もっといいクルマ」について解説の脇阪寿一氏は「コンビニまで行って、そのまま帰らずにもう少し運転を楽しみたくなるクルマだと思う」と持論を展開。
モリゾウ選手が“おかわり”したくなるGRヤリスは、一般ユーザーと地続きの挑戦が実を結んだ結果と言えそうだ。
109号車のドライバーは今年70歳の古希を迎えたモリゾウ選手のほか、豊田大輔選手、石浦宏明選手、大嶋和也選手。サポート役の110号車を佐々木雅弘選手が担当するという、お馴染みの顔ぶれとなる。
161台のマシンと35万の観客が生み出す“高揚感”や“独特な空気”
今年のニュル24時間には、トップカテゴリの「SP-9」をはじめ、TGRRが参戦する「SP2T」クラスなど全161台がエントリー。
スタート当日のニュルは5月とは思えないほどの寒さだが、F1チャンピオンのマックス・フェルスタッペンが参加することもあり、チケットは完売。延べ35万人の観客たちでいつも以上の高揚感に包まれた。
全体朝礼で豊田会長はスタッフに「ニュル特有の“高揚感”や“独特な空気”に呑まれる必要はありません。過度に緊張せず、これまでやってきたことをそのまま出すことに集中してください」と声をかけスタートを迎えた。
スタート直後にコースアウトしたマシンが巻き上げた小石のヒットでフロントウインドウにヒビが入ったものの、快調に周回を重ねるGRヤリス。石浦選手が「コーナーリングが速くなった」とコメントしていたとおり、コーナーでは上位クラスのポルシェを追い上げる場面も見られた。
直して挑戦するための7時間のピットストップ
16時過ぎに走り出したモリゾウ選手。最初のスティントでは小雨が降り始め、スリックタイヤのGRヤリスがスピンしてヒヤリとする場面もあったが、6周を無事走り終え大輔選手に交代した。
109号車に異変が起きたのは、明け方のこと。運転中に前後振動を感じた大嶋選手がピットインし、ここから想像もつかないような長い試練が始まった。
さまざまな可能性を試すものの、振動の原因を把握できないまま時間だけが過ぎていく。
ニュル24時間で完走が認められるためには、トップのマシンの周回の半分以上が必要。レース終了まで4時間となった段階で想定される必要周回は78周。
TGRRには、「109号車をあきらめ110号車で完走を狙う」という選択肢もあった。しかし関谷GMは「成瀬さんだったらどう判断するのだろう?」と悩み抜き、時間と引き換えに確実性をとれるエンジンと駆動系の全交換を決断。駆けつけたモリゾウ選手も理解をしめし、「急がず、確実に、安全に」と声をかけた。
たかが1周、されど1周「これがニュルの現実」
他のチームとシェアする狭いピットで時間に追われながらも、中継カメラの前で作業を続けるメカニックたち。その姿は「ファンと一緒にクルマを鍛える」という意思をも感じさせてくれた。
トラブルの発生から約7時間、4時間と予想された換装作業を約3時間で終え、チェッカーまで残り約90分でモリゾウ選手によってコースに復帰。8周を走りきって2025年とは対照的な苦しいレースを終えた。
総合優勝は156周したSP9クラスの「メルセデスAMG GT3エボ」。これにより、完走の規定は78周以上となり、77周の109号車は1周の差で惜しくも完走とはならなかった。
※完走には「各ドライバーが15周以上」という条件を満たす必要もあった
レース後の終礼でモリゾウ選手は以下のようにスタッフに語りかけた。
「これがニュル。『思い通りにいかない、この厳しさこそがニュルである』という現実を全員で受け止める必要があります。
私は70歳を迎えました。自分はどこまでできるか分かりませんが、これで終わりではありません。ROOKIE Racing、GR、そしてトヨタのニュル活動は今後も断固として継続していきます。
いくら経理担当がグズグズ言おうが、会社がお金を出してくれなかろうが、(中略)それでもやり抜くことこそがニュルの原点です。あの頃と違って、今の自分にはこんなに多くの仲間がいます。お前ら最高!」
GR GT3計画が始動し、今後の活動も楽しみなTGRR。生配信にゲスト出演したモリゾウ選手は「ここで勝つということは並大抵のことではないです」と気を引き締める。
悔しさをバネにトヨタがGR GT3を作って参戦したからといって、すぐに総合優勝ができるほどニュル24時間は甘いものではないという。「だけどチャレンジはさせてあげたい」。そう話すモリゾウ選手の表情に、未来への期待を感じずにはいられない24時間だった。
初夏の里山を走り抜ける“Rally1マシン”最後のラリージャパン
ラリーの最高峰である世界ラリー選手権(WRC)。その第7戦の「ラリージャパン」が2026年5月28〜31日に愛知県と岐阜県で開催された。
前年までの11月から5月へと変更され、来年にはレギュレーション改正が行われるため、現行Rally1による最後のラリージャパンとなる。
トヨタはTOYOTA GAZOO Racing World Rally Team(TGR-WRT)として、昨年にひきつづきGRヤリスRally1で参戦。開幕から5連勝でマニュファクチャラーズランキングトップを走る。
TGR-WRTからは5台のGRヤリスRally1がエントリーするが、ドライバーで注目を集めるのは、なんといっても地元出身の勝田貴元選手だ。
勝田選手は今季、3月の第3戦「サファリ・ラリー・ケニア」で日本人として34年ぶりに念願のWRC優勝を飾り、続く第4戦「クロアチア・ラリー」も勝利して日本人初となるWRCポイントリーダーとなる。その後は2位の座を死守して母国のラリージャパンを迎えた。
そしてもう一人の注目すべき日本人ドライバーが、WRC2クラスにGRヤリスRally2でエントリーする「WRCチャレンジプログラム」2期生の山本雄紀選手だ。
同プログラムは、「WRCで活躍できる日本人トップドライバーおよびコ・ドライバーを発掘・育成するプログラム」で、2015年にスタート。勝田選手はその第1期生で、山本選手は後輩にあたる。
勝田選手のWRC初優勝を家で泣きながら見ていたという山本選手は、「僕らにとってもモチベーションと自信に繋がる」とコメント。偉大な先輩と同じコースでどのような挑戦を見せてくれるのかに期待が高まる。
DAY1/DAY2:盤石なエバンスを勝田が堅実に追う
初日から主導権を握ったのは、ランキングトップのエルフィン・エバンス選手(TGR-WRT)。路面変化を把握しにくい草木の生い茂る初夏のコースを完璧なコントロールで2位以下に15.7秒の差をつけた。
注目の勝田選手は、ドライからウエットへと変化するコースへのアジャストに苦戦。総合6番手と出遅れ「悪い流れに乗ってしまった」と悔しさを滲ませつつも、「諦めてはいない」と語った。
真夏日となったDAY2では、完全ドライな路面となりどのドライバーも激しくプッシュ。
勝田選手はコ・ドライバーのアーロン・ジョンストン選手と共に高難度の恵那や去年痛恨のクラッシュを喫した笠置山のステージを激走。手堅くリカバリーに成功し総合4番手まで上げた。
ガレージには豊田章男会長が訪れ、スタッフを激励。勝田選手がケニアで勝利した際に着用していたレーシングスーツを贈呈するという一幕もあった。
最終日DAY3:母国ラリーで“トップ4”を独占
スーパーサンデーの最終日DAY3は、岡崎や豊田の特設ステージを含むスプリント勝負となった。
大会を制したのは危なげない走りでトップを守り抜いたエバンス選手で、今シーズン2勝目キャリア通算50回目の表彰台となった。
続いてセバスチャン・オジェ選手、サミ・パヤリ選手、勝田選手の順でGRヤリスを駆るトヨタ勢力がトップ4を独占するだけでなく、「全SS最速」という完全制覇を成し遂げた。
勝田選手は惜しくも4位フィニッシュとなったものの、週末を通してトップ勢に引けを取らないスピードを発揮。SS16(三河湖)ではトップタイムをマークし、3位パヤリ選手に迫る力走を見せた。地元ファンの大きな声援を背に、最後まで果敢な走りで観客を沸かせた。
勝田選手はドライバーズランキング2位を堅持。母国優勝はおあずけになり「来年こそは」と、射程圏に捉えた表彰台を逃した悔しさを滲ませたものの、年間総合優勝も期待させる手応えを掴みシーズンを折り返した。
また、注目の山本選手はWRC2クラスで3位に入り、自身初のWRC2表彰台を獲得するという快挙。次世代ヒーローの登場を見るものに予感させた。
全20のスペシャルステージ(SS)で繰り広げられた初夏のラリージャパンは、日本ラリー界の層の厚さを世界のラリーファンに印象づけその幕を閉じた。勝田貴元、そして山本雄紀による「もっと憧れの存在になるための挑戦」は続く。
6度目の挑戦のため水素GRエンジンカローラはどう進化した?
日本のモータースポーツシーズンに初夏の訪れを告げる“お祭りレース”のスーパー耐久シリーズの第3戦「富士24時間レース(S耐富士24時間)」が、静岡の富士スピードウェイで2026年6月5〜7日に開催された。
今回トヨタは、TOYOTA GAZOO ROOKIE Racing(TGRR)として、開発車両クラスのST-Qカテゴリに液体水素を燃料とするエンジンを搭載した水素エンジンGRカローラ”こと「GR Corolla H2 Concept(32号車)」で出場。
ドライブするのは豊田章男会長ことモリゾウ選手のほか、GMも兼任する石浦宏明選手、監督兼任の大嶋和也選手、豊田大輔選手、福住仁嶺選手の5人となる。
“水素エンジンGRカローラ”による富士24時間への挑戦は、2021年からスタートし6回目となる。毎年進化を重ね、昨年は燃料噴射量の切り替え機能を搭載し、岩谷産業が手がける給水素機も改良するなど大幅に進化した。
2025年はレース時間短縮にもかかわらず、前年より136周を上回る468周を走り総合41位という結果を残した。
非常識にもほどがある!? 世界初・超電導液体水素ポンプ
ステアリングを握ったプロドライバーが「ガソリン車と遜色ない仕上がり」と表する水素エンジンGRカローラだが、大きな課題は「燃料である水素の積載量を増やし、効率よくエンジンに供給すること」。
それを受け2026年の富士24時間では、「液体水素を送る高圧ポンプへ超電導モーターを採用する」という挑戦に取り組んだ。
超電導とは、極低温の条件で電気抵抗がゼロになる技術のことで、モーターに利用すれば高性能かつ小型化が可能。その結果、タンクを大型化できるため、航続距離の増加が期待できるというわけだ。
しかし問題は山積み。激しく振動するレースカーに超電導モーターを使うことは過去に例がなく、専門家にとっては「非常識にもほどがある挑戦」だという。
しかも、モーターはタンクの中に取り付けた後、溶接され閉じ込められるため、不具合が起きても取り出すことができない。大きな弱点をカバーするため、24時間のレース中にタンクを丸ごと交換するスケジュールを組み込んだ。
2025年秋のテストの段階では、振動の影響とみられる不具合が発生。くわえて極低温で凍った水分がポンプのフィルターを破ってしまう。
プロジェクトを統括する伊東直昭を筆頭に、TGRRのメカニックやエンジニア、水素充填機を手がける岩谷産業、高圧ガスを専門とする鈴木商館のスタッフらが一丸となり、およそ半年がかりで挑戦し24時間のレースに耐えうるシステムを作り上げた。
トラブルを改善し「エイジシュート」を達成!
レースは15時にスタートし、水素エンジンGRカローラは順調に周回を重ね、日が暮れると富士24時間名物の花火が上がり、ナイトセッションへ突入。スタート約1時間後に走ったモリゾウ選手は2分05秒前後の安定したラップタイムで30周を走る好調ぶりだった。
トラブルが起きたのは深夜。電気系のインバーターのエラーで超電導モーターが動かなくなってしまう。しかし、正確な原因究明は難しかったため、予備ユニットへの交換を決断。水素タンクの交換を前倒しして同時に作業を行うことになった。
3時間を越える作業を経て水素カローラは、大嶋選手のドライブで再びコースイン。
その後モリゾウ選手は3回目のスティントをこなし、合計75周に到達。70歳の節目に「エイジシュート(70周超え)」を自ら有言実行してみせた。
そして、モリゾウ選手から大輔選手へとつなぎ483周を走破してチェッカーを受けた。
レースを終えたモリゾウ選手は、「ドライバーやメカニック、エンジニアが、たいへん良く持ち場、持ち場のことをやって、いつもの24時間レースより僕の心の負担は少なかった」とコメント。
そして以下のようにしめくくった。
「一人じゃ何もできない。だけど、みんな力を合わせてありがとうと言いあい、最後は笑顔になるチームを目指している。それができ始めているんじゃないのかな。
水素は未来の扉を開けるためにやっています。いろんな人の気持ちを載せて走っているので、こうやって完走しかつ過去最高の周回を走れたことは、ここまでの努力に報いるひとつになったのではないかと思います。来年はさらにこの水素の進化をパートナーと共感したいし、多くの方が未来へ期待値を持ってほしいと思っています」
“初夏のモータースポーツ祭り”はこうして幕を閉じた。実を結んだ挑戦もあれば、「もっと上手くやれたはず」と、悔し涙を飲んだ挑戦もあったはず。
しかし、過酷な道に挑戦するという一夏の経験そのものが、順位やスピードを競う以上に大切なことがあると教えてくれる。
クルマやコースが違えども、一人ひとりが持ち場で奮闘しワンチームで挑戦する。その目的は次の時代のトヨタ車に乗る人を笑顔にすること。「モータースポーツを起点としたもっといいクルマづくり」に終わりはない。