トヨタの調達本部は、仕入先とどう向き合ってきたのか? 現在のサプライヤー数や改善の取り組みは? さらには創業時から受け継がれる心得に迫った。
「世界で最も良いものを、最も安く、最も早く、長期安定的に調達する」――。
これは、トヨタ自動車の調達部門が掲げるミッションであり、「最も安く」とは単に競争力があるだけではなく、長期安定的に取引ができる適正な価格であることを、「最も早く」はタイムリーに調達することを意味している。
その原点は、豊田喜一郎がしたためた『購買係心得帳』にある。“トヨタだけが勝てばよい”ではなく、仕入先と一緒になって原価をつくり込み、共存共栄を図る。創業以来変わらぬ考え方だ。
一方で、ニュースなどでも報じられているように、近年自動車業界では仕入先との適正取引に関する法令違反や取り組みの遅れが問題視されている。政府は2016年より、価格の決定方法や部品をつくる型の保管料負担・廃棄の適正化などを課題として掲げ、自工会(日本自動車工業会)や部工会(日本自動車部品工業会)などの各業界団体へ取り組みを要請している。
自工会が今年の9月に開いた会見でも、適正取引のサプライチェーン全体への浸透の重要性が語られていた。
中小企業庁や自工会が進めている解決への取り組みは、トヨタが仕入先と一緒に進める改善活動と合致しているところではあるが、依然として課題は残る。
トヨタは適正な取引の推進にも努めているが、特に、独占禁止法(独禁法)や機密の関係上、直接取引に関する対話ができない*Tier2(2次仕入先)以降へ浸透させていくという観点では強化が必要だ。これは7月にあった拡大労使懇談会(拡大労使懇)でも議題に上がっていた。
*Tier2からTier1(1次仕入先)へ売る価格は機密情報であり、カーメーカーがその情報へ介入することは、Tier1へ不利益を与える行為、つまり優越的地位の濫用の可能性があると見なされる。
そもそもトヨタは、どのような方針で仕入先と向き合っているのか? どの程度の数の企業と取引しているのか?
本記事では、改めてトヨタと仕入先の関係を振り返ってみたい。また、後半ではトヨタの熊倉和生 調達本部長、加藤貴己 調達副本部長に話を聞いた。
6万社のサプライチェーン
トヨタの仕入先の現状を知るにあたり、まずはサプライチェーンを理解することから始めたい。
1台のクルマに使われている部品は3万点とも言われるが、当然ながらそのすべてを自社生産しているわけではない。そこに至るまでに、多くの部品メーカーが介在している。
例えばクルマのヘッドランプ一つをとっても、トヨタではヘッドランプをつくるTier1、その中のレンズをつくるTier2、そのレンズの表面処理を行うTier3、表面処理をする塗料をつくるTier4…と続く。またTier2からはほかにも、ゴムカバーやブラケットも調達しなければならない。
下図のように最終的にクルマを組み立てるトヨタを起点に、サプライチェーンはTierが深くなるほどに拡大していく。トヨタは国内の部品取引のTier1だけで約400社、サプライチェーン全体ともなると延べ約6万社と取引し、発注金額は年間約7兆円に上る。
ただし先述の通り、トヨタが直接、取引に関する対話ができるのはTier1のみ。Tier2との直接的な取引の対話は、優越的地位の濫用に触れる可能性がある。
購買係心得帳
部品購入などの費用に関しては、通常半年に一度(4月、10月)、仕入先からの購入価格を改定している。
トヨタが価格改定で大切にしていることは、仕入先の原価を無視した一律の改定率ではないということ。
価格改定は、個社ごとに経営状況を踏まえて実施。競争力を維持・強化するための生産性向上計画を立て、トヨタの調達担当者も現場で一緒に体質強化、現場力向上に努めている。
トヨタには創業から変わらない「利益=車両販売価格-原価」という原価低減の考え方がある。クルマの価格は市場で決まるという前提に立ち、利益を確保するために原価をつくり込んでいくというものだ。
これは生産現場だけでなく、モノづくりのすべてのプロセスにおよぶ。
根底にあるのは“仕入先との共存共栄”。『購買係心得帳』には「その工場(仕入先)の成績をあげるよう努力すること」とあり、仕入先の競争力維持・強化は、トヨタの調達の大前提になっている。
こうした仕入先と一体となった原価のつくり込みの一つに「SSA(Smart Standard Activity)」がある。クルマづくりにおいて、部品などに求められる期待値に対し、「過度になっている部分」と「足りていない部分」を見極め、品質・性能基準を適正化する活動だ。
例えば、シートの裏の小さなキズなどは、クルマを購入するお客様の目に触れない箇所であり、クルマの性能や機能にも影響しない。こうした箇所の検査・補修工程を見直し、仕入先の原価改善につなげる。
ほかにも、からくりを使ったり、補給品の保管方法に知恵を絞るなど、調達担当が仕入先と一体となって困りごとへの対応を進めている。
また、部品にかかる材料費などの市場価格に変動があった際には、仕入先と合意したルールに基づいて価格へ反映している。
ただし、材料費が急騰し、すぐに価格反映しないと仕入先に大きな負担が生じるケースや、カーボンニュートラル対応で新材料が必要になる場合など、従来のルールが適用しにくい事態には個別に応じている。