CASE技術の普及へ、商用領域でも連携を加速させるトヨタ。仲間づくりの輪は広がり、スケールメリットを生かした豊かなモビリティ社会の実現へ、取り組みが進んでいる。
「トラックのデータにトヨタの乗用車のデータを組み合わせる。このビッグデータをベースに、お客様の困りごとを解決していきたい」
テクニカル・ワークショップの発起人であり、CTO(Chief Technology Officer)を務める中嶋裕樹副社長は2021年、CJPT * の設立会見の場で、このように語っていた。
*Commercial Japan Partnership Technologies。トヨタ自動車、日野自動車、いすゞ自動車で2021年4月に設立。同年7月にはスズキ、ダイハツも加わった(日野は2022年除名)。CASE技術の社会実装と普及を加速させ、輸送業が抱える課題解決やカーボンニュートラル社会の実現に貢献することを目指す。
日本の物流の約9割に相当するのがトラック物流であり、バスやタクシー輸送を含めると、自動車産業550万人の約半数に相当する270万人が携わっている。
保有台数では、全体の2割にとどまる商用車だが、総走行距離で見ると4割、CO2排出で見ると半分を占める。
CASE技術を磨き、普及させるためには、インフラとセットでの実装が不可欠で、商用車が果たす役割は大きい。そのような業界の問題意識から発足したのがCJPTである。
各社が手を組む背景には、物流課題の解決に規模の大きさが重要であるという認識がある。
2023年5月に発表された三菱ふそうと日野の経営統合、ダイムラートラックとトヨタも含めた4社協業においても、スケールメリットが強調されていた。
では、そのメリットを、どのように技術、商品、サービスの発展につなげていくのか。
テクニカル・ワークショップ特集、最終回となる3回目のテーマは「規模を強みに、暮らしを豊かに」。
トラックメーカーや市中を走るトヨタのクルマから得られるビッグデータの活用、仲間づくりで進む技術開発を紹介する。
コネクティッド技術を活用し、物流の課題改善
2021年、CJPT設立を発表した際、。
これらを解決しようと、トヨタのコネクティッド技術(通信によってクルマと外部を結びつける技術)と、イオンの流通ノウハウを融合させた、高効率輸送オペレーション支援システム(E-TOSS)の企画・開発が進められた。
倉庫から小売店舗への輸送効率化を図るこのシステムの根底にはTPS(トヨタ生産方式)の考え方があり、トヨタが持つリアルタイムな情報処理能力と、ビッグデータ、および、トラックの通行規制情報や走行データなど商用車特有の情報を掛け合わせ、効率的な輸送計画を作成することができる。
トヨタがナビ事業で培ってきた交通情報の予測技術も活用され、日々変動する荷量を正確に捉え、最適な混載配送(1台のトラックに複数の配送先の荷物を積載して輸送する配送方法)が可能に。
業界では5割を下回るとも言われているトラックの積載率向上や、効率的な輸送ルートの提示による走行距離、便数の削減に寄与している*。
*イオン企業物流センターでの実証結果に基づく総走行距離削減結果からの試算では、CO2排出量や物流コストを10~15%低減
リアルタイムに配送されている様子は、ワークショップの会場モニターでも表示され、エンジニアがシステムを解説。
イオン南大阪物流センターではすでに実装されており、その後九州へと拡大予定。物流業界へ広く展開を見据えているという。
カーボンニュートラルに向けた実車の試乗も
ワークショップの冒頭、7月に発足した水素ファクトリーの山形光正プレジデントは、2030年に燃料電池市場が、商用車を中心に急速に拡大するビジョンを説明。
トヨタにも同年に10万台の外販オファーが来ていることを明かし、その大半が商用車であると語っている。
そこにはいくつか理由がある。離れた大都市を結ぶ幹線物流では、大量の燃料を消費するので、大型トラックの燃料を水素化できれば、利活用が進む。
さらに、日々、決まったルートを走るため、例えば、高速道路のインターチェンジの出入口などに水素ステーションを構えることで、稼働率を高めることができる。
そうなれば、課題とされているステーションの事業が採算ラインに乗せやすくなる。
ワークショップでは、現在実証中のFCEV(燃料電池車)トラックや、商用軽バンBEV(電気自動車)の展示・試乗も行われていた。
日野プロフィアをベースにした大型トラックには、MIRAIに使われたFCスタック2セットを商用向けに改良。大型トラック向けの水素タンクを開発し、合計50kgの気体水素で600km以上の航続距離を確保している。
2023年5月から実装され、アサヒグループジャパン、西濃運輸、NEXT Logistics Japan、ヤマト運輸が、配送拠点間をつなぐ幹線物流に利用。積載容積・積載量や、車両価格などの課題解消へ開発を進めている。
いすゞのエルフをベースにした小型トラックは、同じくMIRAIのFCスタック1セットを商用向けに改良。こちらは大型トラックのタンクを流用するなど合計10.5kgの気体水素で260kmを走行可能だ。
配送拠点を中心とした域内物流の選択肢として2023年2月より福島県や東京都で導入され始めている。
大型トラック同様、車両価格の課題などに取り組みながら、将来的には塵芥車や給食配膳車といった公共自治体を原単位とした、BtoGへの展開を視野に入れている。
そして、物流のラストワンマイルを担うクルマが、G7広島サミットの会場でも公開された商用軽バンBEVだ。
軽自動車開発をけん引してきたスズキとダイハツの知見に加え、トヨタの電動化技術を融合し、軽商用に最適なBEVシステムを共同開発。最大積載量は350kgと、ガソリン車と同等の容量を持ち、航続距離は200kmとなっている。
こちらはトヨタ、スズキ、ダイハツが、それぞれ今年度内の導入を予定している。
各社が手を組むことで、大動脈から毛細血管まで、輸送が一気通貫でつながる。物流業界でのカーボンニュートラル実現に、協調を加速させていく。
規模を強みに、安全に
ドライバーの安全を守る、ADAS(Advanced Driver-Assistance Systems、先進運転支援システム)。ここには、毎年1,000万台規模のクルマを送り出しているトヨタだから得られる、膨大なデータを生かした安全性能の改良が施されている。
開発中の次世代ADASでは、第3世代TSS(Toyota Safety Sense、トヨタの先進安全システム)を搭載したクルマからデータを収集。急ブレーキや急操舵を行ったケースを選別し、AIに学習させる。
この際、類似のケースが多いほど認識率、認識精度を高めることができるのだが、トヨタは台数の多さが強みとなり、ヒヤリとするようなレアケースでも一定数の情報を集めることが可能だ。
データに基づく認識性の向上について、会場では実例を交えて解説された。
AIの学習前は子供の急な飛び出しに対して、認識を始めるまでに2.3秒要していた。しかし、子供が横断歩道を渡っているシーンや走っているシーンなど、類似データを大量に集めることで認識性能を向上。学習後に認識にかかった時間は1.9秒と0.4秒速くなっていることが示された。
このほか、大量のデータは地図の自動生成(Geo)にも活用されている。通常の更新では、測量車を走らせる必要があり、半年から1年を要していた。
トヨタが収集する大量のデータは、リアルタイムでクルマの走行軌跡を立体的に捉えることができる上に、地図の更新頻度を1日に大幅短縮。
道路勾配といった情報の解像度も飛躍的に高まり、快適・安全なだけではなく、燃費や電費効率の良い運転ができるようになっている。
「クルマの未来を変えていく」技術者の挑戦は続く
今回のワークショップで紹介されたアイテムは、新体制のテーマである「電動化」「知能化」「多様化」に応える技術の数々である。
クルマの走りに関係するものから、モビリティの未来を感じさせるものまで、多岐にわたっていた。しかし、いずれのアイテムにもトヨタがこれまで培ってきた「もっといいクルマづくり」の知見が根底にあった。
新体制は「クルマの未来を変えていこう」と掲げている。答えの見えない壮大な挑戦だが、会場のエンジニアの姿からは、どこか挑戦を楽しんでいるような雰囲気が感じられた。
ワークショップの冒頭、登壇した中嶋副社長は、次のようにあいさつを締めくくった。
「我々エンジニア自身が未来志向でワクワクしていく。『クルマの未来を変えていこう!』このスローガンのもとに、一致団結して頑張っていきたい」