「個性を活かした全員活躍」へ議論を深める労使。若手からベテランまで、キャリア形成についての悩みや課題が共有された。
第3回のトヨタ労使協議会(労使協)が3月8日、本社で行われた。今回のテーマは、「若手の自律的なキャリア形成」と「ベテランの活躍の場の拡大」。
上司とのコミュニケーションに悩む若手、的確なアドバイスに苦労する上司、これまで培ってきた技能を新領域で活かせるのか不安を抱えるベテラン――。労使双方の立場から課題感が共有された議論は、今回も長時間に及んだ。
話し合いの終盤、4月からCHRO(Chief Human Resources Officer)を務める東崇徳 総務・人事本部長が、これまでの制度運用を省みて以下のようにコメントした。
東本部長
メモを取りながら皆さんの議論を聞いていましたが、改めて、人事としてもやるべきことが盛りだくさんだと痛感しました。非常に多岐にわたるテーマでした。
「人間力」のコメントもありましたが、人間力を評価軸の柱にすることを強調しすぎたためにマネジメントが萎縮してしまっています。
我々(人事)がいろいろなアンケートを実施することで、聖人君子のように優しい、いいことだけを言うマネジメントを追求させてしまっていた部分もあると思います。
人を傷つけないのは大前提ですが、「自分自身が成長に向けた努力をしているか」「誰かのために働こうとしているか」という価値観を持っていることが、人間力があるということだと思います。
誤解されるような運用をしてしまい、マネジメントを萎縮させている部分も大いにあると感じました。
たくさんの気づきをいただいたので、しっかり議論して、いろんな人が活躍できる会社にしていくように努力したい。人事としての反省と宣言として、一言を挟みました。
変化の激しい時代。トヨタで成長し、自動車産業550万人の仲間に貢献していくため、制度も変化が求められる。人事のトップも課題を痛感した協議をレポートする。
環境整備を待たず自ら一歩目を踏み出そう
2022年の労使協以降、全員活躍に向けた自律的なキャリア形成への取り組みが進んだ。その結果、見えてきた課題が組合からあげられた。
【組合から上がった生の声】
「やりたいことがあって異動希望を出しているが、専門領域が異なり接点がない。上司も試行錯誤しているが、うまくいかず悩んでいる」
「興味・関心があることにチャレンジしたいが、公募で求められるのは即戦力。自分の専門性と合致しない。今の専門性を高めていていいのかモヤモヤしている」
「今まで上司に言われた指示をこなしてきて、また、業務に忙殺されていて、キャリアを深く考えたことがなかった」
「持っているスキルが世の中でどう役立つかわかりにくい」
キャリア形成を意識したことで生まれてきた不安。会社からは、家電業界でキャリアを積んできた背景を持つ村田賢一フェローが自身の経験を交えて考えを語った。
村田フェロー
今後、人事の制度や異動の仕組みなど、新しい施策は出てくると思います。ただ、制度ができたから、それでいいということではないと思います。
私は、以前、家電業界でソフトウェアの研究開発をしていました。自分で研究しているものが「本当に役に立つものなのか」「社会で使えるものなのか」を実証したくなり、製品開発をしている部署に説得に行き、犬型のロボットや大型のデジタルテレビ初号機に(研究したものを)使ってもらえるようになりました。
自分の専門性を深掘りして、どうすれば認めてもらえるのか手を打ってから、議論、説得しました。
トヨタに来てからも、クルマのマルチメディアナビから、全体的なソフトウェア、コネクティビティまでデータの活用をするんだと取り組んできました。
最初のうちは、「新しそうなことやっている」という感じでしたが、今、重要性や必要性を理解してくれる人たちが増えたのは、仲間と一緒に、一生懸命、専門性を深めて説得してきたからかなと思っています。
何が自分の専門分野なのか、自分はその周辺で一歩踏み出せることはあるか、周りの人を説得して、2歩目を進めていく。これを繰り返してきました。
制度や環境の整備を待つまでもなく、まずは自分で1歩目を進めることが大事ではないかと思います。
新領域の仕事と人材とのマッチングについては、中嶋裕樹次期副社長からも悩みが語られた。
中嶋次期副社長
私が担当している(商用車を扱う)CVカンパニーの事例をお話しします。従来、車両カンパニーは車両を開発するのが仕事でした。
商用車はクルマだけではなく、その周辺のサービス、お客様の困りごとに対するソリューションの提供まで広げていくのが、ゴールだと思いつつも、そういうことができる人材がトヨタ自動車にはいません。
私の悩みは人材のマッチングです。過去の経験ややってきた仕事ではなく、どのように新しい仕事とマッチングしてくかに悩んでいました。
考えてみれば、そういう制度があるわけでもなく、私の範囲で抱え込んでしまっていたと反省もしています。
これをどのようにオープンに広げていけばいいのかが悩みでもあります。激変する環境の中で、我々が経験したことのないた新しい仕事も出てくると思います。
そういった多様性とマッチングをどのようにしていくか、悩んでいます。
東本部長からは、2020年以降の新卒入社については、採用時点で希望職種を選んでもらうなど、自分のやりたいことと配置のギャップを解消することで、退職者が減ったという事例が紹介された。
同じく、キャリア形成におけるミスマッチを防ぐための事例として、中国本部の上田達郎本部長からは、現地の事業体で採用している社内公募制度について紹介された。
上田本部長
「応募に上司の相談は不要」ということはもちろんですが、日本との違いは、退職などで欠員が出ると、外部から採用する前に、必ず全ポジションで社内公募することです。
常日頃から、異動したいメンバーは希望部署に売り込みをかけていることを実質黙認しています。結果、将来の異動に備えて自発的に勉強しているメンバーも数多くいます。
先月、本年初の社内公募を14のポジションで実施しました。そのうち8ポジションに対して14名が応募し、5名が合格しました。
社内公募を実施しても、魅力のないポジションには応募がない。社員が応募しても、そのポジションにふさわしい適性がなければ合格しない。緊張感のある取り組みだと思っています。
トヨタ社内でも、手挙げ制の異動制度で新たな分野に挑戦した仲間がいる。
新事業企画部の竹中達史グループ長(GM)は、20年間勤めた生産技術から新しい事業を立ち上げる部署に異動。
クルマづくりで培ってきた技能や技術をさまざまな企業の課題解決に活用するプロジェクトに取り組んでいる。
「社員一人ひとり身につけているTPS(トヨタ生産方式)というスキルは、産業や社会の困りごと解決に貢献できる。活躍のフィールドは広がっている」と述べた。