カーボンニュートラル実現の道は一つではない。自工会・豊田会長が語る、日本の強みを生かした道筋とは。
4月22日、各国首脳が話し合う “気候変動サミット”が開かれた。
日本は、「2030年度に、温室効果ガスを2013年比で46%削減。さらに、50%の⾼みに向けて挑戦する」と発言。これは、これまでの⽬標を7割以上引き上げるものである。
この数値が発表される日の朝、豊田章男は、日本自動車工業会(自工会)の会長として、記者会見の場に立っていた。
語られた内容は、日本の強みを生かした、カーボンニュートラル実現への道筋。
3月11日の自工会会見では、カーボンニュートラルは「日本のモノづくりを守る闘い」でもあると、危機感を訴えていたが、今回はどのようなビジョンが語られたのか。
日本の強みを生かした、カーボンニュートラルへの道筋
自工会・豊田会長メッセージ
本日は、前回に引き続き、全国民、全産業にとって喫緊のテーマであるカーボンニュートラルについてお話ししたいと思います。
振り返りますと、昨年12 月には、自工会としてカーボンニュートラルに全力で取り組むことを申し上げ、一方で、エネルギー政策抜きには語れないことをお伝えいたしました。
先月は、カーボンニュートラルによって、クリーンエネルギーを調達できる国や地域への生産シフトが進み、日本の輸出や雇用が失われる可能性があるということをご説明いたしました。
いずれも、根底にあるのは、カーボンニュートラルの本質を「正しく理解」したうえで、みんなで対応することが必要だということです。
こうした正しい理解に取り組む中で、私自身が感じておりますのは、日本らしいカーボンニュートラル実現の道筋があるのではないか、ということです。
これまでも、日本の基幹産業としての責任と「JAPAN LOVE」の精神でのメッセージを出してきた。そんな中、初めて語られた、“日本らしいカーボンニュートラルの道筋”。その内容とは…。
自工会・豊田会長メッセージ
日本には、優れた環境技術、省エネ技術がたくさんあります。何よりも個々の優れた技術を組み合わせる「複合技術」こそが、日本独自の強みであると思っております。
今、エネルギー業界では水素からつくる「e-fuel」やバイオ燃料など、「カーボンニュートラル燃料」という技術革新に取り組まれております。
日本の自動車産業がもつ、高効率エンジンとモーターの複合技術に、この新しい燃料を組み合わせることができれば、大幅なCO2低減というまったく新しい世界が見えてまいります。
そうなれば、既存のインフラが使えるだけでなく、中古車や(すでに利用されている)既販車も含めた、すべてのクルマでCO2 削減を図れるようになります。
そして、この考え方は、船や飛行機など、自動車以外のさまざまな産業にも応用できます。
船舶を中心に、輸送のカーボンニュートラル化が進めば、輸出入に支えられている日本のビジネスモデルのグリーン化にもつながります。
これまでは、電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)など、電動車の種類で議論されることが多かった。しかし、そこにもう一つ “CO2を排出しない燃料” という考えも組み合わせることで、より広い視点でCO2削減に取り組むことができるという。
例えば、一定量のe-fuelをガソリンに混ぜると、ガソリン車のCO2排出量は、HV並みに少なくなる。HVに使えば、プラグインハイブリッド車(PHV)並みに。PHVに使えば、より一層EVに近づく。日本の自動車業界が磨き上げてきたエンジンの技術と組み合わせれば、新たな可能性が生まれるのだ。
これらは、自動車だけでなく、海上輸送など、あらゆる分野でのCO2削減につながる。島国であり、資源が少ない日本のビジネスモデルに、必要な技術革新なのである。
日本には資源は少なくとも、“技”というヒトの資源があったのだ。
対応するのは、新車だけではいけない
カーボンニュートラルを実現するには、これから販売する新車にだけ対応すればいい訳ではない。
日本ですでに利用されている保有車は、7,800万台。これらは新車に比べ、電動化率も低い。保有車にも手を打たなければ、国としてのカーボンニュートラルの達成は難しい。
さらに、保有期間も長期化。これらを踏まえると、新車市場500万台すべてがゼロエミッション車(ZEV)になったとしても、すべての保有が入れ替わるには、15年以上かかる計算になる。
いきなり、すべての新車がZEVにはならないので、仮に半分の50%がそうなったとしても、保有車を含めたカーボンニュートラルの達成には、30年以上の時間が必要になる。
今までの議論は、これから “街を走り出す新車” のことだけが語られてきた。しかし、カーボンニュートラルというゴールへの道筋を考えれば、“すでに街を走っている保有車” のCO2排出も忘れてはならない。だからこそ、燃料の技術革新についても考える必要があると豊田は投げかけた。
日本が培ってきたエンジンの燃費向上と、カーボンニュートラル燃料という技術の組み合わせ。こうしたことも、日本の強みを生かした選択肢として考えられるのではないか、という提案であった。
自動車産業をペースメーカーに。その真意とは
そのような状況で、豊田が次に語ったこと。それは、カーボンニュートラルというゴールに向かって全員で進むには、“ペースメーカー” が必要だという話であった。
自工会・豊田会長メッセージ
私たちのゴールはカーボンニュートラルであり、その道は一つではありません。
カーボンニュートラルな燃料技術、エンジンの燃焼技術、モーターや電池などの電動化技術、それらを組み合わせる複合技術。こうした強みをもつ日本だからこそ、選べる道があるのではないかと考えております。
カーボンニュートラルは、「つくる」「運ぶ」「使う」「廃棄する」という、すべてのプロセスでのCO2 削減を実現しなければなりません。
つまり、全国民、全産業が足並みをそろえながら取り組むことが不可欠になります。そこには「ペースメーカー」が必要だと思います。
自動車は、エネルギーや素材など多くの産業と深く関わる「総合産業」ですので、産業界の「ペースメーカー」としてお役に立てるのではないかと思っております。
カーボンニュートラルへの道は、一つではない。そう語る豊田の表情は、ぐっと引き締まった。そして、自動車業界がペースメーカーになる意義をこう重ねた。
自工会・豊田会長メッセージ
そして、もう一つ。自動車は、多くのお客様との接点を持つ「B to C」の産業です。
お客様のニーズに向き合ってきた結果、日本の自動車産業には「電動車フルラインナップ」というアドバンテージがあります。
どんなに優れた技術でも、お客様に選ばれ、使われなければ意味がありません。お客様のライフスタイルをカーボンニュートラル化していくという意味でも、私たちはペースメーカーの役割を担えると思っております。
私が「自動車産業をど真ん中においてほしい」と申し上げているのは「自分たちの産業を守りたい」からではありません。母国である日本が、カーボンニュートラルを実現するために、そのペースメーカーとしてお役に立ちたいからです。
順番を、間違えてはいけない
ここで、政府への要望が語られた。気候変動サミットが行われるこの日に、自工会が記者発表を開いた意味もあるように思える。
自工会・豊田会長メッセージ
先日の日米首脳会談では、菅総理が「2030年」というマイルストーンを置いて、カーボンニュートラルに向けた取り組みを加速するという強い意志を示されました。
今、日本がやるべきことは技術の選択肢を増やしていくことであり、規制・法制化はその次だと思います。
最初からガソリン車やディーゼル車を禁止するような政策は、その選択肢を自ら狭め、日本の強みを失うことにもなりかねません。政策決定におかれましては、この順番が逆にならないようお願い申し上げます。
これは、カーボンニュートラルを目指す中で、日本が生き抜く道である。選択肢を狭めてしまえば、せっかく培ってきた日本の技術力を制約してしまい、国力を弱めることにもつながりかねない。
この後に行われた取材陣との質疑応答でも、「世界でEVへの追い風が強まる中、日本が取り残されないか」と質問が出たが、豊田はこう答えた。
「ゴールは、カーボンニュートラル。決してEVの販売促進やガソリン車の禁止がゴールではない。(すでに街を走る)保有車のカーボンニュートラル化も必要。新車や内燃機関だけに軸足を置いた規制をつくり、出口を狭めるのではなく、カーボンニュートラルへのあらゆる道を広げていくことが必要」
だからこそ、政策決定の順番を間違えないで欲しいというメッセージである。先に手段を狭めてしまってはいけない。日本には日本のカーボンニュートラルがあるのだ。
次の記者からの質問時も、豊田はこう語った。
「カーボンニュートラル戦略は、欧州の方が2周・3周と先を行っている。先を行っているからその電車にすぐ乗るぞというのはわかるが、乗る電車のスタイルが違うと思う。エネルギー事情も違うし、グリーンエネルギーにしてくださいと言ったところで、すぐできるものでもない。単にガソリン車禁止と言っても、カーボンニュートラルは達成できませんよということを、是非ご理解いただきながら、日本のやり方を自動車業界で模索していきたい」
サステナブルだけではなく、プラクティカルでもあること
自工会・豊田会長メッセージ
自動車業界としては、これまで同様、EV技術にも着実に投資をしてまいります。
30 年前は、EVやFCVはおろか、HVもありませんでした。しかし、そこには、黙々と技術開発を続けてきた人たちがいました。こうした努力の積み重ねが、持続可能で、お客様に使っていただける実用的な技術を生み出してきたと思っております。
私たちは、これからも「サステナブル&プラクティカル(実用的)」をキーワードに、日本ならではの道を切りひらいてまいりたいと思っております。
補助金がないと成り立たないような電動車の普及は、やがて破綻し、持続的ではない。新技術をつくったからといって価格が高ければ、ユーザーに負担をかけてしまい、選ばれない。
本来の意味で普及するためには、実用的で、選ばれるものでなければならない。
質疑応答で出た、「今後欧州、米国、中国に対して、カーボンニュートラル燃料で協調していくのか」という質問にもこう答えている。
「今のインフラ、そして大多数の保有車、中古車ユーザーに、(今すぐ)新車にしてくださいというのは、全国民で行うことではない。地産地消ではなく、再生可能エネルギーの安いところでe-fuelをつくり、それを運んでくる。そして既存の保有車にも活用できるということが(実用面を考えると)必要だと思う」
日本の強みとする技術を磨くことで見えてくる道筋がある。だからこそ豊田は、間違った順番で可能性を絶たずに、「闘わせてほしい」と力を込める。この言葉には、日本の自動車業界の矜持が見えた。
カーボンニュートラルには技術革新が求められるが、自動車業界は、技術革新と、現場のモノづくりの技能で、いくつもの壁を乗り越えてきた集団だ。
「サステナブル」を目指す上で、忘れてはならないのが世の中に選ばれる「プラクティカル」。自動車業界だけでなく、あらゆる業界と手を取り合い、日本が磨き、培ってきた“技”で、カーボンニュートラル実現への取り組みは加速していく。