トヨタは本気で脱炭素に取り組んでいるのか? 噂の真相を確かめるべく、役員級会議に潜入。そこで語られていたのは...。
カーボンニュートラルへの関心が日に日に高まっている。
昨年12月の日本自動車工業会(自工会)の会見で豊田章男会長が「カーボンニュートラルには、エネルギー政策の大変革が必要」「HV(ハイブリッド車)、PHV(プラグインハイブリッド車)、EV(電気自動車) 、FCV(燃料電池車)というミックスが日本の生きる道」と話して以降、自動車業界のスタンスに理解や共感を示す声も増えてきた。
しかし、その一方で「トヨタは脱炭素に消極的」「EVシフトに乗り遅れた」「日本の自動車産業が世界に置いていかれる」といった指摘も出始めている。
もちろん、トヨタ経営陣の耳にも世間の反応は届いており、役員が顔をそろえる会議では、毎回のように脱炭素への向き合い方について、議論が交わされている。
今回トヨタイムズは、特別に許可をもらい役員級会議に潜入。ジェームス・カフナーCDO(チーフデジタルオフィサー)が語るカーボンニュートラルのポイントについて、話を聞くことができた。
「トヨタ、脱炭素に後ろ向き」の真相やいかに――。
ゴールは脱炭素と持続可能性
CDO、チーフデジタルオフィサー。その役割は、「ソフトウェアの開発や研究成果の製品化を推進すること」とされている。
一見、肩書きとしては、脱炭素と縁遠いようにも思えるが、Woven Planet HoldingsのCEOも務めるカフナーは、Woven Cityのプロジェクトを推進するリーダーでもある。
自動車業界の将来にとっても、未来の街づくりにおいても、切っても切り離せないカーボンニュートラルの“ゴール”を次のように語った。
今、自動車産業におけるカーボンニュートラルは「どの電動車が次世代の本命になるか」というような、技術の対立構造でとらえられている印象を受けます。
カーボンニュートラルを実現するために新しい技術が必要で、走行時ゼロエミッションであるEVの普及が重要な意味を持つことに疑問の余地はありません。
しかし、ゴールはあくまで「カーボンニュートラル」や「サステナビリティ(持続可能性)」であるはずです。クルマをEVに変えていくことではありません。
「HVに固執している」との声もあるトヨタだが、EVの重要性についての認識は他メーカーと大差なさそうだ。
カフナーCDOは、世界のエネルギー事情を交えて、現状、EVが抱える課題について補足した。
世界の電力の80%を非再生可能エネルギーでまかなっている現状で、EVはカーボンニュートラルの役には立ちません。だから、世の中に全体像を理解してもらえるような発信をしていくことが重要だと思います。
いまだ多くの人が、走行中のクルマのCO2に注目していますが、実際、どのようにクルマが製造されているかはほとんど意識していません。
昨今、バッテリーの製造過程で排出されるCO2の多さが指摘されるようになったが、材料となるリチウムの採掘でも、多くのCO2が出ている。
先の指摘はEVが本当の意味でゼロエミッションとなるための前提となるエネルギー政策や、ライフサイクルでの評価が重要だという認識に基づくものだった。
実用的じゃなきゃ続かない
では、この状況にトヨタはどう向き合ってきたのか――。カフナーCDOは続けた。
私たちは長く電動化に投資を行い、最も多くの電動車を市場に投入してきました。
PHV、FCVにも投資し、電池技術が進化するまでの間をつなぐ技術として、お客様にとって、プラクティカル(実用的)な選択肢を提供してきました。
これから、数多くのEVも市場に出ていきます。
これまでの我々の歩みが示しているように、やはりイノベーションはプラクティカルでなければ何のインパクトもなく、市場に受け入れられません。
カフナーCDOが冒頭で指摘した技術の対立構造は、あくまでパワートレーンの議論に過ぎない。実際クルマを購入する際は、もっと多様な観点で判断がなされている。
あまり知られていないが、トヨタは1996年にRAV4 EVを世に出し、2012年には、テスラとの共同開発EVも出している。
同年1月には、プリウスPHVも発売したが、普及には至らなかった。つまり、当時、お客様にとって「プラクティカル」な選択肢ではなかったということだ。
充実したラインナップとフレキシビリティを持ち、お客様の声に耳を傾ける。それが、これまでも、これからも、私たちの重要な戦略になってくると思いますし、すべての地域のニーズに対応することにもつながると思います。
EVがサステナブルな移動手段となることは間違いありません。問題は、どのくらいの速さで、どのくらいのお客様が選択し、どのようにインフラが変わり、技術的なギャップを埋められるかということだと思います。
根底にある「ヒト中心」の考え方
カフナーCDOの発言で浮かび上がってきたのは「プラクティカル & サステナブル」というキーワード。
そして、トヨタが得意とするHVは、お客様の声を聞き、お客様が感じる「プラクティカル」に向き合ってきた歴史の中で導かれた一つの解であることが見えてきた。
カフナーCDOが指摘する「カーボンニュートラルのゴール」。社長の豊田の言葉を借りれば、その根底にあるのは「ヒト中心」という考え方だった。
2050年のゴールが決まり、いまだ、その道筋が見えていないカーボンニュートラル。ただ、達成の肝になるのは、今も昔も「現実を見続け、お客様に向き合い続ける姿勢」であることは変わらなさそうだ。