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発売めどもない水素エンジンで、なぜレースに出るのか?

2021.04.26

トヨタが突然発表した水素エンジン。しかも、市販化の計画もない中でレースデビューするという。4つの顔を持つ豊田章男がその真意を語る。

トヨタ自動車は4月22日、水素エンジンの技術開発に取り組んでいることを発表した。

トヨタで「水素」と言えば、MIRAIのような燃料電池車(FCV)を思い浮かべるだろう。しかし、今回発表されたのは、水素 “エンジン” だ。

FCVは、水素と空気中の酸素を化学反応させて電気を起こし、モーターを駆動させる。これに対し、水素エンジン車は既存のガソリンエンジンに一部変更を加え、水素を燃焼させることで動力を得る。

燃料はガソリンとミックスしない100%純水素。化石燃料を燃やすわけではないので、走行時にCO2はほぼ発生しない*。カーボンニュートラルへのアプローチの一つにもなる。

*走行時にごく微量のエンジンオイル燃焼分を除き、CO2は発生しない。空気を取り込んで燃焼させるため、ガソリンエンジンと同様にNOx(窒素酸化物)は発生

注目すべきは、まだ、具体的な市販の計画がない水素エンジンを車両に積み、来月52123日にかけて行われる「スーパー耐久(S耐)シリーズ2021 第3戦 富士24時間レース」に参戦する点だ。

具体的には、トヨタから開発委託を受けたROOKIE Racing(豊田章男がチームオーナーを務めるモータースポーツのプライベーターチーム)がレースに参戦。

ベース車両はカローラスポーツで、駆動系にはS耐で鍛え上げたGRヤリスの4WDシステムを採用。燃料は福島県浪江町の「福島水素エネルギー研究フィールド」で製造された、再生可能エネルギー由来の「グリーン水素」を使用するという。

開発途中の水素エンジンを、いきなり過酷なレースの場に持ち込むことだけでも驚きだが、初戦に選んだのが3時間でも、5時間でもなく、24時間耐久レース。もはや、“過酷” を通り越して、“苛烈”な挑戦であり、意気込みの強さは半端ではない。

“一人四役” の発表会

なお、自動車ジャーナリストを対象に行われた発表会には、豊田とGazoo Racingカンパニープレジデントの佐藤恒治が出席した。

同日、同じ場所で、日本自動車工業会(自工会)が主催する会見にも出ていた豊田は、冒頭で次のように自己紹介をした。

「豊田でございます。モリゾウでもあります。そして、トヨタの社長でもあります」

複数の顔があることに言及した豊田だが、よく見ると、先ほどの会見とは違う黄色と青のストライプのネクタイをしている。

これはROOKIE Racingの彩色である。自ら語ることはなかったが、実は、ROOKIE Racingのチームオーナー兼ドライバーとしても座っているということだと推察できる。

トヨタイムズでは、そんな “一人四役” で行われた質疑応答のやり取りを通じて、トヨタが水素エンジン車でレースに出場する意義を紹介する。

軽い気持ちの相談がレース参戦に…

最初の質問は、あえて24時間という過酷なレースを初戦に選んだ理由について。カーガイ・モリゾウへの質問だったが、4つの顔がかわるがわる登場し、レース参戦までの知られざるエピソードが紹介された。

――今回、いきなり24時間耐久レースに参戦する背景には、モータースポーツを盛り上げたいというモリゾウの強い想いがあるのか?

豊田章男

確かにモータースポーツを盛り上げたい気持ちもありますが、モータースポーツの世界も(自動車産業)550万人の仲間であり、カーボンニュートラルの中でも、持続性を持たせたいと思いました。

(トヨタには)MIRAIで培った環境技術としての水素、ヤリスWRCでの安全技術があります。さらに、GRヤリスは発表したときから24時間レースに参戦してきました。

毎回ポール(ポジション)はとれましたが、いろいろなところが壊れました。私自身も「壊してみよう」と指示をして、1年で随分クルマが強くなったと思います。

今年は、2台ほどGRヤリスでプライベーター(の他のチーム)が(レースに)参加し始めました。ある意味、ROOKIE Racingの一つの役割が終わったと思いました。

トヨタの社長としては、トヨタのクルマを素材として(モータースポーツに)使っていただけるプライベーターが増えるといいと思っていました。

今後、トヨタから(開発を)委託されるROOKIE Racingは、この先のモータースポーツの可能性を秘めた水素エンジンにチャレンジしていきたいと思っております。

なぜ、24時間耐久レースなのかというと、3時間、5時間持つだけではダメだからです。24時間持たせるような準備ができていないといけない。

しかも、参戦ドライバーの一人が私自身です。水素というと爆発のイメージを多くの国民の方が持たれていますので、安全を証明するためにも私がドライバーとして参加していきたいと思っております。

では、なぜこのクルマが短期間で開発されたかというと、昨年、私はコロナ禍において研修所で“疎開生活”をしていました。そんなときに、技術部が私にクルマに乗って欲しいと研修所の横にあるダートコースにいろんなクルマを持ち込んできてくれました。

そのうちの一台が水素エンジンのカローラでした。そのとき、ちょうど研修所にいた(レーシングドライバーの)小林可夢偉さんと一緒に乗ったことが、まさか今日の発表につながるとは夢にも思いませんでしたし、佐藤プレジデントはもっと思っていなかったのではないかと思います。

カーボンニュートラル時代もモータースポーツが市民権を得て、みんなが楽しめる場をつくることも自動車業界の一人として、大切なことだと思い、水素エンジンを使う決定をしました

回答を終えた豊田社長に話題を振られ、佐藤プレジデントもレース参戦が決まったときのエピソードを補足。

トヨタのモータースポーツを預かる立場から、水素エンジン車の魅力と、モータースポーツという環境での開発の意義をあわせて説明した。

佐藤プレジデント

もともと水素エンジンの研究はずっと行っており、特にバイフューエル(2種類の燃料を切り替えて、使用できるエンジン)のようなコンディションでは、2016年ごろから研究してきました。

しかし、それを車両としてまとめていく“複合化”の動きは、あまり進んでいなかったのが実態です。

いろんなことがつながって、手の内にある技術で、クルマとしての形がつくれることに気づいたのは本当に最近です。

水素はガソリンより燃焼速度が早いので、応答がすごくいいんです。

昨年末、環境技術でありながら、音や振動など、クルマ好きが愛してやまない“クルマ感”が出せる試作車をつくりました。

マスタードライバーのモリゾウさんに乗ってもらって「こういうのどうでしょう?」と軽い会話をするつもりで、持って行ったんですけど、そこで、モリゾウさんのセンサーが何かを “ビビッ” と感じ取ったんですよね。

「レースに出よう!」と言われて、自分のちょっと“軽率な”…、訂正します…。自分の “チャレンジングな” 行動を振り返ったりもしました()

今まで量産車の開発をしてきたので、自分の時計は量産車の時間軸でできています。やっぱり、モータースポーツでの(開発の)時間軸は圧倒的に早くて、アジャイルです。壊れないことを確認するのではなく、“壊しきる”までやるので、限界が本当にわかる。

そういう場で、このような未来の技術に取り組む。水素は課題が多いので、そう簡単に手の内には入らないんですね。

そんな技術を現実のものにしていくためには、時間軸が早いところに身をおいて、どんどん鍛えていく。「そうしないと未来は近づいてはこないぞ」と言われたんだと思いました。

最初から24時間にチャレンジするのは非常にエキサイティングな目標で、今日もこの裏でエンジンの耐久試験が回ってたりするくらいです。

これくらいのエキサイトメントがあるというのが、今のトヨタの温度感です。カーボニュートラルに向けてのチャレンジの中にも、クルマ屋としての “ワクドキ” を持ちながら、さまざまな技術に挑戦していくトヨタの姿があるんじゃないかと思っています。

水素エンジンが秘めた可能性

クルマの心臓であるエンジンが変われば、レースも、見どころも大きく変わる。水素エンジンの特性について問われた佐藤プレジデントは、「燃焼速度」をキーワードに解説した。

――既存のエンジンとの戦いで、どこを見ればいいのか? レースにおける水素エンジンのポテンシャルを教えてほしい

佐藤プレジデント

水素の特性として、燃焼速度がガソリンの8倍なので、応答が早くなります。なので、低速のトルクの立ち上がりも早く、トルクフルでレスポンスがいいというのが水素エンジンのいいところだと思います。

ただ、燃焼が早いがゆえに、高圧・高温になるため、熱のコントロールが技術的な課題になっており、最高出力をどこでバランスさせるかにつながってきます。

今回のレース参戦では、最高出力をどこまでだして、燃焼をどこまで安定させるかバランスを確認するので、水素エンジンのポテンシャルがすべて見えるとは思っておりません。

いろいろなバランスを見ながら、将来的に出力を上げていきながら、水素エンジンの良さを引き出す燃焼条件を見つけていきたいと思います。

ベンチスペック(車両搭載でなくエンジンのみでのテスト結果)で言えば、ガソリンのレベルと同等の出力が出せるレベルにはあるので、基本的には、ガソリンと遜色のない性能が出せると思っています。

ただ、重量的には、計測器をたくさん積んで走るため、レースの勝ち負けというよりは、データを取りにいく実証実験的な意味合いが強い初戦になると思います。

数時間前の自工会の会見で、豊田会長が訴えたことの一つが、「日本には日本の強みを生かしたカーボンニュートラルへの道筋がある」ということだ。

その一例として、挙げたのが化石燃料ではなく、CO2を排出しないカーボンニュートラル燃料。その研究を進めることで、日本が積み上げてきたエンジン技術を生かして、カーボンニュートラルが実現できる可能性を指摘していた。

水素エンジンの発表も、同じ日に行われたことから、2つの場を結び付けた質問もなされた。

――次のエネルギーについての論争を踏まえて、このタイミングで発表したのか?

豊田章男

ROOKIE Racingの役割を考えたとき、CASE時代でも、カーボンニュートラル時代でも、プライベーターの方々が使えるユニットを提供できる可能性があるなら、チャレンジしたいと思いました。

HVはルマン24時間レースなど、さまざまなモータースポーツの世界でプロモートしてきましたが、どうしても、燃費のイメージが先行していたと思います。

そのため、水素エンジンの場合は、初めからモータースポーツの中に組み込み、「走る・曲がる・止まる」の楽しさを訴求していきたい

まだ、「この段階でクルマを出すの?」というレベルかもしれません。それでも、ROOKIE RacingTOYOTA GAZOO Racingのコラボであれば、それができるのではないかと思いました。

そして、なにより、カーボンニュートラルというと、どうしてもEVの話になってしまいます。

モータースポーツでもフォーミュラEが、未来のレースと捉えられがちですが、長年レースの分野で戦ってきた550万人の中には、エンジンチューニングなどのノウハウを積み上げてきた方々がいます。

今回の水素エンジンは、エンジンもカーボンニュートラルの役に立てること、そして、モータースポーツを支えるメカニックやプライベートガレージの方が将来使えるプラットフォームにできるよう、まずはROOKIE Racing がトライさせていただきたいと思い、このタイミングになりました。

まずは、データ集めから

カーボンニュートラルの時代に対応し、それでいて、音や振動といった五感に訴えかける魅力を持つ水素エンジン。とはいえ、課題は決して少なくない、まだまだこれからの技術だという。

期待が高まる発表ではあったが、豊田社長は自らもレースに参戦する立場として、次のような言い回しで、現状の水素エンジン車の実力を表現した。

――モリゾウさんから見て、ガソリンエンジンと比べても、ワクワクするものになっているのか?

豊田章男

実は、このクルマ、私はまだグラベル(砂利道・未舗装路)の上でしか走ったことがありません。サーキット上での走行はしたこともありません。そのような段階でこのような発表しています。

グラベル上の走行では、いくつかコーンを置いて、曲がったり、加速したり、クルマの性能を試したりしました。一度減速してからの加速感は、非常にモータースポーツに向いているのではという感覚を持ちました。

富士スピードウェイの場合、最終のところ(コース後半の上り坂とコーナーが繰り返すところ)で追いついて、直線から第一セクター(コース前半)で抜かれるというパターンじゃないかと思います。ずっと遅ければ、ピットに入るんでしょうね()

それよりも、燃費が問題だと聞いていますので、24時間レースの場合、クルマの耐久性よりも、メカニックの耐久性の方が課題になってくると思います。

(クルマが)頻繁にピットインしますので、24時間、どういう体制でメカ作業に対応していくのか。普通のタイヤ交換、水素充填に加えて、いろいろな部品の交換も入ると思います。

以前、ニュルに出たときと同じような形になると思いますが、なんとか24時間完走をし、しっかりデータを集めるという段階だと思っております。

さまざまな顔を持つ豊田章男の意志

“一人四役” で水素エンジンの発表に臨んだ豊田。そこでの発言には、確かに、さまざまな立場での意志が込められていた。

母国である日本のカーボンニュートラル実現に役立ちたいという「自工会会長」としての覚悟。

この国の強みが生かせる新技術をいち早く実用化するため、あえて厳しいレースに身を投じていこうとする「トヨタ社長」としての決意。

環境とは対極にあると見なされるモータースポーツを、新しい時代も盛り上げていかなければならないというROOKIE Racingチームオーナーとしての信念。

そして、あの “うるさくて魅力的なエンジン音” を、クルマ好きの仲間達のために守っていくんだという「カーガイ・モリゾウ」としての熱意。

この新技術に出会ったダートコースで、豊田章男のセンサーは “ビビッ” と未来を感じ取り、そんな意志を固めるようになったのではないだろうか。

トヨタイムズでは、水素エンジンにかける挑戦を、これからも追い続けていく。

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