コラム
2022.01.19

「シリアと日本のアンバサダーとして」 トヨタの門をたたいた難民留学生

2022.01.19

MBA取得を目指すかたわら、日本でトヨタのインターンに参加した2人の留学生。トヨタで得た学びとは?

2人が望む中東への貢献

インターンの最後には、TBPの考え方に基づいて中東地域が抱える問題を分析し、トヨタにできる地域貢献の提案も行った。

アハマドさんは学生が安心して勉強ができるインターネットセンターの設立について、イブラヒムさんはトヨタのノウハウを生かした、モノづくり、人づくり支援を提案。

学びたくても学べないつらさを知る2人が選んだテーマは、どちらも「教育」だった。

――最終テーマ発表の提案に込めた想いを教えてください

アハマド

シリアにいたときからずっと抱えていた問題意識をテーマにしました。

それは、難民と同様に、もしくはそれ以上に、シリア国内にとどまっている人が過酷な環境に置かれているということです。収入や生活条件はシリアにいる人々の方が厳しいことが多いのです。

その一例として、シリアでは、停電が頻発しています。この夏には、1日の大半、停電が続くこともありました。インターネットの接続環境も不安定になります。そのような中では、勉強どころではありません。

そこで、トヨタのような企業のサポートを得て、大学の中に停電やインターネット接続を気にせずに、勉強に集中できる環境を整えられないだろうかと考えました。トヨタが人材育成を大切にしているように、若い人が学ぶ環境は非常に重要です。

シリアに住む人々は、国外にいる難民と同じくらい助けを必要としている。最後の発表ではこれを強調したいと思いました。

イブラヒム

教育自体が目的なのではなく、教育を通じて生活を向上させることが目的です。難民をはじめとする弱い立場の人を救うには、知識やスキルが必要です。仕事に生きる実践的なものを身につければ、貧困から抜け出す手助けになります。

日本には非常に長い工業化の歴史があります。日本の工場で働く人たちの作業は、非常に速く、効率的で、そこには長きにわたって蓄積されてきたスキルがあります。

どうすればシリアやヨルダンの若い人たちにこうしたことを伝えられるか。そんな問題意識から、トヨタなら技能を伝承する架け橋になれると思いました。トヨタの改善の精神や、さまざま実践的な知識・技能を導入できれば、貧困問題の解決にもつながると思います。

トヨタは既に、中東のそれぞれの国・地域で職業訓練を行っていますが、どの国も同じような問題を抱えているので、もっと地域横断的に課題や知識を共有できれば、大きな変化が起こせるのではないかと思いました。

いつか祖国のために

多くの死者と難民を出し「今世紀最悪の人道危機」と言われるシリア危機。10年以上も続く内戦終結の見通しはいまだたっていない。

2人とも、シリアを離れてから、一度も帰国できていない。祖国の復興を願う2人はどんな想いでいるのか、尋ねてみた。

――祖国へどんな想いを持っていますか? 将来、祖国に帰ってやりたいことはありますか?

アハマド

少なくとも34年は日本企業で働いて経験を積みたいと思っています。そして、いつかはシリアに帰りたいですね。

私はMBAをとるために日本に来ましたが、この間、いろいろな人の考えや日本の文化に触れることができました。祖国に帰ったら、私が感銘を受けた日本人の礼儀正しさ、お互いに敬意を払う姿勢、時間をしっかり守る意識、こうしたことを伝えていきたいです。

そして、トヨタウェイをはじめ、日本滞在中に学んだことを生かしていきたいと思います。

日本に来るときにJICAのヨルダン事務所の方に「あなたたちは、シリアのアンバサダーだ」という言葉をもらいました。日本の人はシリアのことをよく知らないので、良いイメージを持ってもらえるように努めなさいという意味でした。

日本を離れるときは、今度は、日本で学び、身につけたものを中東やシリアで広める「日本のアンバサダー」になりたいと思っています。

イブラヒム

いつかシリアに帰れる日が来ることを心から願っています。

物事を変えるには、大きなチームが必要です。JISRのプログラムで日本に来た人たちは、現在、さまざまな分野の企業で働いており、それぞれに異なる経験を積んでいます。

そういった人たちがシリアに戻った後に知見を共有し、力を合わせれば、大きな変化を生み出せると思っています。

日本では、スーパーやバス・電車といった公共交通機関でも、TPSの考え方に基づいて、日々改善が加えられています。こういった知識やノウハウを伝えたい。

やっていることはどれもシンプルなもので、誰でも、何にでも応用できます。自分がやっていることを、今よりもっと良くしたいと心掛ける。それは、自分自身のためでなく、周囲の人や次世代のためにもなります。

私たちは日本から奨学金をもらって勉強させてもらったので、将来、日本の皆さんに恩返しがしたいと思っています。日本の素晴らしさを伝えるアンバサダーになれるよう、努力していきます。

現在、イブラヒムさんは日本のベンチャー企業への就職が決まり、昨年11月から新たなキャリアをスタートしている。アハマドさんは、卒業に向け、修士論文の準備を進めている。

アハマドさんは、シリアを離れることを決めた当時の心境をこう語る。「喜んで祖国を離れる人はいない。悲しかった。でも、新しい可能性を夢見る気持ちも強かった。JICAから合格通知を聞いたときは、最も幸せな瞬間だった」。

難民として、身に降りかかった運命や苦難と向き合いながら、前を向いて、異国で感じ、学び続ける。そして、トヨタでのインターンシップも含めた日本での経験を糧に、祖国の未来も見据える。日本での2人の挑戦はこれからも続いていく。

インターン受け入れ先の中東部員たちと(中央左:アハマドさん、中央右:イブラヒムさん)

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