とある小学校で行われた、トヨタ社員による"手作り"の特別授業。子どもたちに伝えられたこととは。
都内のとある小学校でトヨタの特別授業が行われた。一体どのような経緯で開催され、何が話されたのか。コロナ禍で自由を奪われた子どもたちのために、部署の壁を越えた多くの社員たちが “手作り”で行った授業の様子を取材した。
学ぶ機会を、コロナに奪わせない
2020年から続く、コロナ禍での自粛生活。小学校でも遠足や社会科見学など、校外で学ぶ機会が次々と奪われていった。子どもたちにとっては、出かける楽しみがなくなるだけでなく、学校や家庭とは違った外の世界を知り、体験するといった貴重な機会がことごとく失われていたのだ。
そんな中、東京都内の小学校からトヨタへ、ある相談が届く。それは、「社会科見学ができない今、自動車産業の勉強をしている小学五年生に、キャリア教育のためにも仕事についてお話に来ていただけないか」という内容であった。
それを聞いた豊田社長は、即断。小学校へ出向き自動車について授業をしようと話が進んだ。先生役には、トヨタ社内でも人材育成を統括している、総務・人事本部の東本部長を指名。
社長から「自動車産業は、多くの仲間が支えあって成り立っていること。カーボンニュートラルに取り組む意義、またモータースポーツの魅力も知ってもらいたい」というミッションを受け、トヨタの各部署が協力し合い、子どもたちへの特別授業が企画されることとなった。
社長を交代してみませんか?
ついにやってきたイベント当日。体育館で140人の子どもたちが、今か今かと待ち構えるなか、まずは舞台の大型スクリーンに、豊田社長からのビデオメッセージが流された。「うわ!社長だ!」と思わず声を上げる子どもたち。映像のラストには、「社長を交代してみませんか?」という驚きのメッセージが語られた。
豊田社長
玉川小学校のみなさん、こんにちは!トヨタ自動車社長の豊田章男です。
”社長”って言うと、みんなはどんなイメージかな?ネクタイをしてスーツを着ている。そんなイメージがあるかもしれませんが、私は普段こんな作業着を着て仕事をしています。トヨタはクルマをつくる会社です。だからたくさんの工場があって、そこに行くことも多いので作業着が一番なんです。
あと、クルマ屋さんはクルマに乗るのも大切なお仕事です。いろんなクルマに乗っていないと、どんなクルマが乗りやすいか、わからなくなっちゃうからです。そんな仕事の時は、スーツはスーツでも“レーシングスーツ”を着ています。
こんな風にトヨタにはいろんな仕事があるんです。じゃあ、どんなお仕事があるのか?今日はそれを知ってもらいたくて特別に授業をさせてもらうことになりました。授業を聞いたあと「もしみんながトヨタの社長になったら、なにをしたいか?」私たちに教えてもらえたらうれしいです。
もし面白いアイデアが出てきたら、ちょっとだけ僕と社長を交代しませんか?
というわけで、東先生、授業をよろしくお願いいたします!未来の社長を探してきてください!
さっそく始まったトヨタの特別授業。ここからは東本部長が登場。自己紹介時に、金髪でモヒカンだった学生時代の写真が映し出され、子どもたちも「え!ヤンキー?」と大盛り上がり。その後、イギリスに留学していた学生時代の実体験をもとに話が進む。
当時通っていた大学の近くにトヨタが工場を建設。その結果、雇用が広がり人口が増加。スーパーやガソリンスタンド、銀行などが次々とできていき、町に大きな賑わいが生まれたのだ。東本部長は日本人として誇りに感じ、日本へ帰国後、トヨタに就職したという。
経済への波及効果が大きい自動車産業。ここからは子どもたちへクイズがはじまる。まずは日本で走っているクルマの台数について。
この答えは③の「7800万台」。なんと日本人の2人に1人以上がクルマを持っているのだ。続いては一台に使われるクルマの部品の数について。
正解は②の「3万個」。車種によって差はあるが、自動車会社には、部品メーカーなど多くの仲間がいることで成り立っていることが紹介された。そして最後のクイズは自動車業界の仲間の数について。
答えは③の「550万人」。驚いたことに子どもたちは3問ともほぼ正解。自動車業界のことを勉強していたようで、元気に挙手で答えてくれた。
自動車業界が、日本の基幹産業として経済を支えていることがクイズで紹介されたのだが、その歴史は平坦ではない。災害が多い日本では会社の枠を超え、仲間同士で支え合うことで、何度も困難を乗り越えてきたことも説明された。
トヨタアスリートから届いたメッセージ
また、コロナ禍で苦しむ子どもたちへの授業ということで、トヨタアスリートからもメッセージが届いた。
ここでは、東京2020大会でも活躍したアスリートの何人もが、実はトヨタの社員であったこと。自動車をつくるだけでなく、モータースポーツを含めたあらゆるスポーツを支援し、その「決して諦めない姿」に、会社の多くのメンバーが勇気をもらい、自らの活力につなげていることが紹介された。
トヨタの工場が、学校へやってきた
続いては、子どもたちも待望の社会科見学の時間へ。コロナ前のように実際の工場に出かけることができないため、今回、特別にトヨタの工場から見学キットを持参。実際のモノづくりのすごさを、目で見て、手で触れて体験してもらうこととなった。
こちらは、クルマづくりの鋳造の型づくりに欠かせない「木型」づくり。
技能五輪で金メダルを獲ったこともある社員が、子どもたちの前でそのスゴ技の成形方法を実演。素材は、成形しやすい松の木を使っているという。手で削ることで、写真左の木材をわずか数時間でキレイな球体へと成形できるという。
このトヨダAA型も手加工でつくったという。
こちらは、量産前の試作車づくりに欠かせない「板金の成形技術」。写真手前の平らな金属を、ハンマーなどで叩くことで徐々にきれいな円形に変えていく。
叩くことで鉄の粒子が動き、温かくなるという。量産しないクルマを機械でつくると数億円ほどかかるため、手でつくったほうが効率的と説明され子どもたちも納得の表情を浮かべていた。
同じく板金でつくられたトヨダAA型。手加工とは思えない精巧さだ。
ほかにも、電力を使わず仕事を楽にする「からくり」技術の実演なども実施。子どもたちは「どうして!?」「すごい!!」と声を上げながら体験していた。自転車の変速機と同じ仕組みと聞き、うなずく子どもの姿が印象的であった。
こちらは、モータースポーツの説明を熱心に聞き入る子どもたち。ラリーでクルマが54mジャンプすると聞くと「うそ!」「スゲー!」と大きな歓声が上がった。
大人になるほど、できることも大きくなる
授業はいよいよ終盤へ。ラストは、自動車業界が本気で取り組むカーボンニュートラルなど、未来についての話。
CO2排出削減には、走行時だけでなく、クルマをつくるときや、廃棄・リサイクルときまで考えないといけなく、そのために全力でチャレンジしていること。東本部長は「失敗してもいいから、チャレンジすることが大切」といった豊田社長の言葉を紹介し、みんながチャレンジしていける環境の大切さを説明。ここでは子どもたちからも拍手が起こった。
そして、トヨタにはクルマをつくるだけでなく、商品企画、調達、物流、経理、広報などあらゆる仕事があり、それぞれが社外の仲間とともに仕事を進めていることなどが紹介され、授業は終了した。
特別授業の終了後、校長の飯田先生は我々にこのような話をしてくれた。
飯田校長
未来に向けて、子どもたちが「自分にも何かできるかもしれない」と希望を持ってもらうこと。そして大人が希望を持って仕事をしていることを知ってもらいたかった。
「大人になったらつまらない世の中なんでしょ」というイメージを持つ人もいるが、実は大人って楽しみがいっぱいあって、目標に向かって進む人生はおもしろいんだとワクワクしてもらえたのではないか。
後日、トヨタ宛に子どもたちからたくさんのお手紙が届いた。授業冒頭に豊田社長が「みんながトヨタの社長になったら、なにをしたいか教えてもらいたい」と話していたが、そのアイデアの数々である。そのいくつかを紹介する。
授業のモノづくり体験コーナーでは、自分も!自分も!と前へ出て楽しんでいた子どもたち。トヨタが「働くことのおもしろさ」を伝える授業で、逆に「モノづくりって楽しい」と、子どもたちに改めて気づかされた一日となった。
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