「もっといいクルマづくり」の重要拠点、凄腕技能養成部を徹底解剖する企画。今回は、数値化できない"乗り味"の正体について。
トヨタには、評価ドライバーを育成する「凄腕技能養成部」という部署がある。今回は、評価ドライバーの技能、そしてマスタードライバーである豊田章男社長のもと、トヨタが追求する“クルマの味づくり”について。
コンパクトカーと、スポーツカーの乗り味は同じという話も!?その真相とは…。
計測器に表れない変化も感知する
前回、評価ドライバーの能力を「できる・分かる・言える」の3つだと定義したが、評価ドライバーはどのくらい、“違いが分かる”のだろうか。
少し意地悪な質問に、大阪晃弘GXが、例をあげながら教えてくれた。
大阪GX
たとえばクルマのボディにはスポット溶接が使われていますが、評価ドライバーは、スポット溶接がひとつ増えたことで起こる現象も感知します。
鉄のホイールは溶接されていて、4~5箇所に、50mmの長さで溶接が行われます。これが5mm伸びたことで生じる違いに気づきます。
「ただし…」と、大阪GXは言葉を続ける。
大阪GX
評価ドライバーじゃなくても「こういう現象が起こった」ということは分かるかもしれません。でも、それがサスペンションに問題があるのか、ボディ剛性が弱いからなのか、原因までは指摘できない。
限界領域でクルマを走らせ、不具合を見つける。そしていろんな部品を取っ替え引っ替えして改良する経験を積まないと、原因までは指摘できません。
いま、クルマの性能を測定するあらゆる機器が進化しています。でもスポット溶接がひとつ増えても、数値には表れません。人間の感性の方が繊細に感知できるのです。
最新のデジタルツールでも、人の感情である「心地よさ」までは数値できないことも多い。
人間にしか感じられない領域があり、だからこそ時間と労力を惜しまず、人の手で開発するのが「モノづくりの原点」。そこを忘れてはいけない。その差は大きいのだ。
現在、トヨタの試験車運転資格は、初級、中級、上級、S1、S2と、5つに区分されている。単なる運転技術だけでなく、精神面の育成も行われ、いかに安定した精神状態でクルマを評価できるかも重視しているという。
上級より上の「S1」ドライバーには、ラップタイプの目標も設定される。安全性の判断もドライバーに委ねられるので、開発車両の状態で「危険」と判断すれば、走行評価を実施しないこともあるそうだ。
こうした能力を最高レベルまで極めた評価ドライバーが、最上級の「S2」である。
S2で求められる技能は、例をあげると、初めて走るコース・初めて乗る車両でも、短時間で限界領域までの走行ができ、さらにラップタイムが2分だとすると、プラスマイナス1秒以内でばらつきなく周回を重ねられること。
さらに、250km/hでの走行、そこからの安全な減速も求められる。
トヨタが、リーマンショックでも守り続けたもの
驚いたのは、この高技能のS2ドライバーがトヨタ内で約200名もいるという事実だ。
業務上、車両評価を行うには「上級」の資格があれば充分にもかかわらず、最上級の「S2」評価ドライバーがこれだけ揃っているというのは驚きだ。
評価ドライバーの育成には相応のコストがかかる。だが、「リーマンショックでもコロナ禍でも、人材育成が大事だという空気は変わらなかった」と矢吹主査は胸を張る。
「もっといいクルマづくり」を目指すクルマ屋として、人財の価値を重視する風土が根付いているのだ。