「もっといいクルマづくり」の重要拠点に潜入。トヨタの"味"をつくるために行われていることとは。シリーズでお伝えする第一弾。
「凄腕技能養成部」。
通称「凄腕」。トヨタ自動車には、一度聞いたら忘れられない名前の部署がある。その役割は読んで字のごとく、凄い腕前の技能者を養成するというもの。
なかでも「評価ドライバー」を養成しているそうだが、その実態を探るべく、テストコースがあり、部署の拠点であるトヨタテクニカルセンター下山に向かった。
トヨタが、レストランだとすると…
凄腕技能養成部をひも解く前に、評価ドライバーとはどんな仕事?と疑問を持つ方もいるだろう。その答えは、トヨタをひとつのレストランにたとえると分かりやすい。
トヨタ・レストランの味を決めるのは、オーナーシェフ(=マスタードライバー)である豊田章男社長だ。
しかしオーナーシェフは一人しかいないため、自らが、すべての料理をつくることは不可能だ。そこで料理人が、オーナーシェフの考えるトヨタらしい味(=乗り味)をつくることが求められる。
この料理人の役割を担うのが、評価ドライバーだ。
開発車両の評価テストを行い、豊田社長が考える“トヨタらしい乗り味”のクルマを実現し、「もっといいクルマづくり」につなげていく。
そんな評価ドライバーだが、どのようにクルマを評価し、改善しているのか。そして優秀な評価ドライバーを育てるには、どうすればいいのか。
部を統括する矢吹久主査と、主に乗用車や商用車を担当する大阪晃弘GXが、「もっといいクルマづくり」の “虎の穴”であるトヨタテクニカルセンター下山で、あまり語られることのなかった歴史まで、じっくり教えてくれた。
成瀬弘氏と豊田章男。二人が目指したもの
凄腕技能養成部が誕生したのは2015年4月。その経緯を矢吹主査が振り返る。
矢吹主査
車両を評価する部隊は、1980年代から「クルマの評価を統一する」目的で存在していました。
けれども3年ぐらいで部署の名前が変わったり、意見があまり反映されなかったり、存在感が薄かったのが正直なところです。
それでも活動は続き、2002年から2003年にかけてFDチームという組織が生まれました。FDとは「Fascinating Drive」の略で、つまり、感動の走りを目指すチームです。
同時期に、Nチームという車両評価の組織ができました。Nとは、かつてのマスタードライバーで、豊田社長のドライビングの師匠でもあった成瀬弘さんの頭文字に由来します。
かつては存在感が薄かったという評価部隊。しかし、2007年、トヨタがニュルブルクリンク24時間レースへ参戦することで流れは変わる。
矢吹主査
いわゆる「ニュル活動」が始まったり、当時副社長だった豊田社長への運転訓練などで、社内での知名度が徐々に上がりました。
FDとNは少し離れていたのですが、ニュルに参戦する車両の評価は一緒にやっていて、「バラバラではなくてひとつの組織にしよう」ということで凄腕技能養成部が生まれたのが経緯です。
「道が人を鍛える。人がクルマをつくる」という考えで参戦した過酷な24時間レース。豊田社長や成瀬氏の「もっといいクルマ」への強い想いがつくり出した部署だといえる。
かつてはエンジニアたちも、目に見える数値でしかクルマの良し悪しを判断しなかったこともあったという。しかし、評価ドライバーによる官能評価や、そこから生まれる乗り味によって、トヨタ車の社外評価が向上。すると、雰囲気はガラっと変わった。
安くて壊れないクルマではなく、豊田社長や成瀬氏が志した“愛されるクルマ=愛車”をつくるために不可欠な部署なのだ。
それにしても、凄腕技能養成部とは、パンチ力のある名称だ。
矢吹主査
凄腕技能養成部の初代部長で、現在は技術部の育成担当の統括をしている菅原政好さんが名付け親です。
いくつか部署名のアイデアを出したけれど豊田社長からダメ出しをされて、「明日までに考えてきなさい」という状況でひねり出した名前だと聞いています(笑)。
約40名の体制で発足した凄腕技能養成部は、現在64名に。ゴールがない「もっといいクルマづくり」だからこそ、全員で日々懸命にクルマと向き合っている。
ところで、評価ドライバーとレーシングドライバーでは、一体何が違うのだろうか。