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語り継がれていく デザインされたV10和音

2024.12.12

クルマ好きを惹きつけてやまないエンジンの音。トヨタの音づくりはいかにして始まったのか。音づくりの変遷をたどる。

エンジンサウンドはブランドだ

その後、商品性を高めるエンジンサウンド。つまり“ブランドサウンド”の開発に向かったのは199697年頃だという。

その取り組みを始めたのはFF車を管轄する部署だったことから、開発のターゲットはスポーツカーではなく、4気筒のミディアムセダンだった。

主にベンチマークとしたのは欧州勢。意図的にエンジンサウンドを強調し、しかも6気筒エンジン搭載車に限らず4気筒であってもそのブランドらしさのある音をつくり込んでいたBMWのクルマは特に注目したという。

開発にあたっては、まず日米欧各メーカーのエンジンサウンドの特性をFFTマップ * を用いて分析した。さらに自分達で作製した音源を日米欧の3拠点で実際に音の嗜好調査をし、異なる文化背景を持つ地域でどのような受け止め方の違いがあるか、といった分析も進められた。

*「FFT(Fast Fourier Transform)マップ」は、エンジン回転数ごとに含まれる振動や騒音の周波数の分布特性を可視化して分析するのに用いられている

ここで第3回に解説した次数音を思い出して欲しい。

「吸気・圧縮・燃焼/膨張・排出」によるエンジンの一連の鼓動で出る音を分布し可視化したときの右肩上がりの直線が次数音と呼ばれるものだ。

第1回でレシプロエンジンは1気筒あたりクランクシャフトが2回転で1回燃焼するとお伝えした。クランクシャフトが回転することに鼓動(振動)が発生し、その鼓動が音となって私たちの耳に届く。

上のグラフは、1回転で鼓動が1つ起きると1次、2つで2次を表している。そして直列4気筒エンジンでは,1回転に2回の燃焼が起こるため,2次、4次のように偶数の次数が特に強く現れる。ちょっと難しい話なので、ここでは次数とは回転あたりの鼓動の回数を数値化したものだと思っていただきたい。

では、ハーフ次数音とは何か。

クルマを滑らかに走らせるために気筒毎に少しずつタイミングをずらして燃焼している。下記の図は4気筒エンジンの一連の鼓動の音をあらわした一例である。

第2回で不等長によるボクサーサウンドの話をした。ボクサーサウンドほど配管の長さの違いほどではないが、それぞれの気筒はエンジン内のスペース上、配管の長さ等は等しくない。そのため気筒毎に発生する音が違ってくる。

例えば、子どもの頃、リコーダー吹くとき押さえる穴の違い、口元から押さえる穴の距離で音が変わったことを思い出して欲しい。排気管・吸気管をリコーダーとした場合、長さの違いで吸気・排気の音が変わる。

イメージとして、この図でいうと「ボ・ボッ・ボ・ボ」と2つ目に燃焼する3番気筒が他より大きい音をし、この差がハーフ次数として表れる。

日米欧での分析の結果、エンジンの低回転域では次数音だけのシンプルなサウンドが心地よく、だが高回転域では次数音だけでは弱々しい。逆に高回転域でのハーフ次数音はサウンドに力強さと厚みを感じたが、低回転域だと詰まったような重いサウンドに感じる人が多かった。

そして、そこに協和音・不協和音といった和音の考察を加え、回転域ごとに理想とする音の成分分布を決定し、目標となるブランドサウンドを設定していったのだという。

静粛性といういわば “ゼロ”を求める価値の追求から一歩踏み出し、商品性を高め、ブランド力となるエンジンサウンドをつくろうという想いは萌芽していた。

「たしかにLEXUS GS開発の際にはもっと過激に音を出していこうという気配はありました。サウンドジェネレータを活用したサウンド開発はこのとき初めて行われ、後にTOYOTA 86等にも引き継がれています。それでもまだこの時点では静粛性の壁は完全には超えられなかった。」と佐野主任は語る。

LFAというブレークスルー

では“静粛性の壁”を超えたのはいつなのか?

LFAからです」と佐野主任を始め、話しを聞いた技術者たちは口々に言った。

企画開始からおよそ10年かけ、全世界で限定500台のLFA2010年に発売された。

部品の一つひとつを専用に開発したことでV8エンジンより小型となったV10エンジンを搭載するLEXUSのフラッグシップスポーツカーだ。

LFA(撮影:小川義文)
V10エンジン(撮影:小川義文)

佐野主任

サウンドデザインを取りまとめた当時の担当者は「1次、2次、3次の次数音がちゃんと出ていないとサウンドじゃないよね」と言って、排気音はオクターブハーモニーの澄んだ響きに、高回転域での吸気音はハーフ次数を加えた複雑で厚みのある音になるように取り組んでいました。

吸気音はヤマハのオリジナル技術を採用し、何度も試作しては評価ということを繰り返していました。

また排気音は、低回転域では迫力があって、高回転域では鋭さをもった音色になるような理想的な排気音を開発しようと、音声学 * で使われる分析手法なども取り入れたりしていました。

*音声学:人が発する言葉の響きがどのようにつくられ、伝わり、聞き取られるかを科学的に研究する学問

LFAは音楽的であったり、音声学的であったり、通常とは違った考え方も取り入れ、試作と評価を繰り返すトライアンドエラーで開発が進められた。

のちにLFAのサウンドファクターをDNAとして引継ぎ、LEXUS LCのサウンドづくりを手がけたレクサス性能開発部感性性能開発室 中山裕介主任は、「天使の咆哮ともいわれるドラマチックなサウンドを生むLFAのエンジンは完全等間隔爆発のV10です。その72°というバンク角は、サウンドのために決められたと聞いています」という。

それを裏付けるように、当時の排気系資料を見るとV8エンジンに2気筒追加した90°のバンク角では不等間隔爆発で理想的な音づくりができないというシミュレーション結果をもとに、「72°バンク角エンジンを開発することになった!」という記述が見つかる。

バンク角については第1回でも触れたが、V型エンジンは2列のシリンダー(気筒)列を持ち、この列をバンク、V字で挟んだ角度をバンク角と呼ぶ。この角度がエンジンの振動に大きな影響を与え、つまりはサウンドにも影響することになる。

バンク角が72°のV10気筒エンジンは、各気筒の爆発間隔が等しくなり、振動が少ない上にエンジン回転がスムーズとなる。それによりサウンドの雑味が少なくなる。

では、他のクルマも72°にすれば、バランスのとれたエンジンとなり、いいサウンドになるのではと思うところである。しかし、そこにはエンジンルームのスペース、エンジンを構成する各部品の大きさ、配置等の難しさがあり、一つひとつ専用に開発したからこそ72°が実現したのだ。

そして理想のエンジンサウンドをつくるという想いは、LFAという形を得た。

濁りのないオクターブハーモニーを生む、特徴的な3本出しパイプへと続く等長排気システム。低回転域では重低音を、高回転域ではV10らしい高音を奏でる排気マフラー。

豊潤な吸気原音に共振による個性的な鳴りを与える等長吸気システム。吸気サウンドを車室内に引き込むサウンド伝達機構。

レクサスブランドのサウンドデザインにブレークスルーをもたらしたLFAの咆哮をロングバージョンでご堪能いただきたい。

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