いつも元気な母に突然の余命宣告。家族はトヨタのあまり知られていない取り組みに希望を託した
まさか、母がお出かけを拒否
一緒にお出かけできることが楽しみだった夫の佐一さんだったが、奥様にお出かけを拒否されたという。
理由は「トイレの不安」。クルマでお出かけできても、クルマから降りてトイレに行くことに大きな不安があったのだ。
父の佐一さん
初めは拒絶されたので、まずは近所へのドライブから始めました。シエンタは後席が広いからトイレに行かなくてもクルマの中で着替えができる。フルフラットでマットを敷けばベッドみたいになるから「横になりたいときも安心だよ」って。
近所へのお出かけを繰り返すうちに、遠くへ行ってみようという気持ちになってくれました。
佐一さんが「いちばんの思い出」と語るのは、長野県の霧ヶ峰高原への旅行だ。
父の佐一さん
出かける度胸もついてきたし、毎年旅行していた場所へ行ってみるかって。道の駅でお弁当を買ってね。「ここまでよく生きられたねぇ」なんて大笑いしながらお腹いっぱい食べて。妻もすごく嬉しそうでした。
それから半年後、奥様は旅立った。
父の佐一さん
まさかあれが最後の旅行になるとはね…。でも本当に行けて良かった。他にも孫に会いに行けたり、妻が大好きな藤の花を見に行けたり。特別な思い出がいくつもできました。
超高齢社会。いかに外出機会をつくれるか
このような物語が生まれたように、トヨタでは「すべての人に移動の自由と楽しさ」をお届けするための取り組みを進めている。
2050年の日本は、10人に4人が高齢者になるといわれている。介護費用も年々増加。そこで「在宅介護への移行」や「介護期間の短縮」が求められる。つまり「健康寿命を延ばすこと」が重要なのだ。
歩行障害や認知症の予防には、家から外出することが効果的。だからこそトヨタは他社に先駆け、新車購入時のメーカーオプションだけではなく「ターンチルトシート」の後付けも可能にしたのだ。
介助される側には「自分のために数百万円の負担をかけて福祉車両を買わせるのは申し訳ない」という悩みもある。トヨタの担当者はこう語る。
CV統括部 第2事業推進室 稲熊幸雄主査
福祉車両を購入する費用負担や、納車まで時間がかかってしまうことで、本当に必要なときに必要な人にお届けできていませんでした。後付けできることで、より多くの方のお出かけをサポートできるようになりました。
冒頭の大原さんご家族のように、余命宣告を受けて急いでいらっしゃる方もいる。素早くお届けすることの意義は大きい。
レバーひとつで操作も簡単。介助者がいなくても一人でクルマに乗り込める「ターンチルトシート」だが、新車でなく、標準車のオプションでも選べるようにしている。その狙いとは…
国内事業部 部用品事業室 児玉千美(ゆきみ)主任
介護されていることを知られたくない方もいらっしゃるので、福祉色をなくした設計にしています。今はシエンタ・アクア・ヤリスの標準車のオプション設定で選べるようにしているのもそのためです。後付けでは旧型のプリウス・プリウスPHVにも設定しています。
これには佐一さんも大きくうなずく。
父の佐一さん
あんまり介護っぽいと妻も不安になっていたと思います。元気な人だったからこそ、介護されていることを知られるのが恥ずかしい。(普通のクルマに見えたことで)妻も安心だったと思います。
美容室では奥様が亡くなられた後も、お客様の送迎車両としてシエンタが活躍中だ。「家族に送ってもらわずに済むので、迷惑をかけなくていい」と好評だという。
CV統括部 第2事業推進室 稲熊幸雄主査
お出かけへの心理的・身体的なバリアもあれば、安全面やインフラのバリアもあるのが実態です。これらを一つひとつ取り除き、多くの方の移動の自由につなげたいと思います。
「ターンチルトシート」の認知はまだまだ低い。しかし、誰ひとり取り残さないという使命を胸に、今日もトヨタの取り組みは続く。