自動車業界が大変革期にある今、トヨタの原点に立ち返るべく始まった「初代クラウン・レストア・プロジェクト」。第3回では、いよいよスタートしたレストアの第一段階、実車の状態確認と分解作業について報告する。
ついに分解作業がスタート
こうした準備を重ね、レストア車の分解作業がいよいよスタートした。最初に行われたのが、エンジンルームのR型エンジンとトランスミッションを、ホイスト(巻き上げ機)を使って取り外すこと。
搭載されているR型エンジンは排気量1453cc、水冷直列4気筒。4000回転で48馬力を発生した。1953年に乗用車のトヨペット・スーパーなどに搭載され、すでに1年以上の使用実績があった。
当時の国産エンジンとしては技術的に最先端で、1955年の初代クラウン搭載後も改良が重ねられ、年を追うごとにパワーがアップ。長年にわたり活躍してきたトヨタの歴史に残るエンジンだ。
このエンジンから新車時と変わらぬパワーを引き出せる状態にするのも、今回のレストアの大きな目標のひとつ。
続いて取り外された前進3段変速のトランスミッションも、トップおよびセカンド・ギアに、スムーズにシフト操作ができるシンクロメッシュ機構が備えられた画期的なもの。その後、全段にシンクロメッシュ機構を採用するなどさらに進化している。
この後、エンジンは分解準備のため、上郷工場の第3試験室へ。さらにトランスミッションも分解整備作業のため、衣浦工場の品質管理部品質課に移されることになる。
「初代をつくった人々」の「クルマに対する情熱」に感銘
当初は、組立がメインのクルマづくりとは真逆の分解作業に戸惑っていた、西田SXが率いる5人の組立チームメンバー。だが、その多くが現場の要職を経験してきた技能者。作業が進むにつれて分解作業のスピードは上がり、当初のスケジュールをはるかに超えるテンポで作業が進んだ。
ボデーやシャシーからさまざまな部品を取り外してバラバラにし、その状態を確認、整理する分解作業の過程で、これまでの新車組立という仕事ではなかった、さまざまな「発見」や「驚き」があった。メンバーを代表して西田SXは語る。
西田SX
初代クラウンの構造は基本的にシンプルなのですが、今とは全然違う構造が採用されている部分もあります。「手間ひまをかけてつくられている」部品もとても多い。
たとえば、フロントのラジエターグリルが板金による叩き出し加工、つまり手作業でつくられていたことには驚きました。ドアロックも今のような電気仕掛けではなく、バネやカムを組み合わせた「機械のからくり仕掛け」。こうした部品を分解してしまって、果たして元通りに戻せるのか、最初は不安でした。
だが分解作業を続けるあいだに、その不安は消え、このクルマをつくった当時の人々の卓越した技能や、その働きぶりが、部品を通して見えてきたという。
西田SX
ある程度の予想はしていましたが、高度な職人技が当たり前のようにディテールに活きている。当時の人々の技能の素晴らしさに感銘を受けました。
しかも今の部品のような、修理ではなく交換が前提の非分解式ではなく、修理することを前提に分解しやすい構造になっています。だからクルマのオーナーにも整備士にも、今のクルマには望むことが難しい、「整備や修理する楽しみ」があったのだと思います。
今とは違う「人とクルマの親密な関係」、当時の人々の「クルマに対する情熱」が部品から伝わってきました。
初代クラウンが発売された1950年代半ば、またその後に訪れた1960年代の「マイカーブーム」時代のオーナーにとって、クルマは今とは比べものにならない大きなステイタスだった。だからオーナーにとって、取扱説明書を読むのは特別な楽しみだった。
さらにクルマと一緒に整備書も購入し、自分のクルマがどんな構造なのか「読んで・知って・自分で修理して」楽しむ人も多かった。これはクルマが日進月歩で進化を続けたこの数十年間で失われてしまった文化でもある。
そしてそれは、30年以上もトヨタのクルマづくりの第一線で活躍してきた西田SXたちベテランにとっても新しい「発見」だった。
一方、30代の宇都宮EXが率いる4人の完成検査チームは、この組立チームが取り外した部品を整理し、パーツカタログや設計図のデータと照合する作業を、分解作業の傍らで着実に進めていった。
ボデーからどんどん取り外されていくシート、ウインドウ、ワイヤーハーネスなどの内装部品やドア、マフラー、リアデフなどの基幹部品。完成検査チームは、構成する部品の一つひとつを、PDF化された当時の設計図やパーツカタログと照合しながらラベルを付けていく。
部品やその構造を確認しながらのこの作業は、当時、このクルマをつくった人々の叡智や努力を発見し、今や失われつつある過去の技術やその体系を記録する「産業考古学」の実践ともいえる。
西田SXたち組立チームのベテランにとって分解作業が「発見」に満ちたものだったように、宇都宮EXたちにとってもこの整理・照合作業は、感心と驚きの連続だったという。
宇都宮EX
今のクルマは、あらゆる部分がECU(エレクトリック・コントロール・ユニット)、つまり電気仕掛けで作動しています。でも分解作業に立ち会って、部品を整理しながらその構造を理解していくあいだに、70年前のクルマだけれど、基本的な部分は現代のクルマとそんなに変わらないことが分かってきました。ECUがないだけで、人や機械仕掛けで同じことを実現していた。
しかも、当時もその頃の技術で「乗っている人ファースト(最優先)」の考え方を実践していたことに感心しました。
観音開きのドアを開けるレバーやインサイドロックの構造も軽い力で動かせるように「引く」構造にしてあったり、ウインドウガラスを上下させる手回し式のレギュレーターのレバーを回す方向も座席の位置に合わせて乗っている人が使いやすいように変更してあったり、今と変わらない「安心して乗れるクルマ品質」が追求されている。そのことに感激しました。
この作業を続けながら、宇都宮たち若いメンバーは初代クラウンに、今のクルマにはない特別な魅力を感じたという。
宇都宮EX
流線型のボデーは今のクルマにはない魅力的なフォルムですし、インストルメントパネルのデザインもとてもお洒落。初代クラウンにはさまざまな部分に、思わず引き込まれてしまう魅力がたくさんあります。自分が「いま欲しい」と思うクルマです。
私たち完成検査チームは、クルマの品質を守る最後の砦としてしっかり仕事をして、この初代クラウンでも現代の「レクサスのようなレストア品質」を実現したいと思います。
「信念をもって人にモノを売るということは『自分の心でいいと思うもの、本当のお客様の心が入ったものをつくる』ということだと思います」
ベテランの西田SXと若手の宇都宮EX。世代は違うが初代クラウンの分解作業を担当したふたりが感じたのは、冒頭でも紹介したこのクルマの開発責任者・中村健也氏の言葉に象徴される、このクルマから始まる「トヨタのクルマづくりの哲学」だった。そしてこの哲学は60余年の時を超えて、16代目の新型クラウンにも受け継がれている。
次回は、10年、20年と乗り続けられる品質を徹底的に追求した、板金溶接によるボデーの修復と特殊な塗装についてお届けする。