自動車業界が大変革期にある今、トヨタの原点に立ち返るべく始まった「初代クラウン・レストア・プロジェクト」。第3回では、いよいよスタートしたレストアの第一段階、実車の状態確認と分解作業について報告する。
100年に一度の大変革期を迎えた自動車業界。トヨタ自動車ではあらゆる部門で前例のない画期的な取り組みがスタートしている。
そのひとつが2022年の春、社内のさまざまな部署から多彩な人材を集めて元町工場でスタートした「初代クラウン・レストア・プロジェクト」である。
トヨタイムズでは、その意義とレストアの現場をリポートしていく。第3回はいよいよスタートしたレストア作業。その第一段階をご紹介する。
トヨタとクラウンに寄せる、オーナーの熱き想い
今回レストアする初代クラウン(RS型)は、ある初代クラウンのオーナーから譲り受けたもの。この方は、これまで何十台もの初代クラウンを所有してきた熱烈なファン。その中にはRSL型というアメリカに輸出された貴重なモデルもあった。アメリカのオクラホマで見つかったものを、苦労して日本まで運び、レストアしたという。
今回のプロジェクトは、創業者・豊田喜一郎がトヨタの「クルマづくりの原点」である初代クラウンに込めた「クルマづくりへの想い」を受け継ぐと同時に、この方のような「愛するトヨタ車に一生乗り続けたい」という熱烈なトヨタファンの願いに応えるための第一歩を踏み出すものでもある。
「今回のレストア・プロジェクトのお話を聞いて『ああ、故郷に帰って第2の人生を与えてもらえるこのクラウンは世界で一番幸せなクラウンになるんだな』と心からうれしく思いました」
このオーナーは自分自身で、またトヨタ社外のレストア名人たちに依頼して、何十台ものクラウンをレストアした経験がある。そこで「プロの職人の本気の仕事」が、いかに素晴らしいかを何度も体験したという。
「あるとき、クロームメッキのバンパーのメッキのやり直しを、メッキ職人の方に依頼したんです。その仕上がりの、期待をはるかに超える素晴らしさに感動しました。やはり素人とプロは違う。プロの職人さんが本気を出すと、ここまで素晴らしい仕上がりになるのだと感動しました」
トヨタ社内にもそんな「プロの職人」が各部門にたくさんいて、最高の仕事をしている。今回のプロジェクトは、卓越した技能を持つ彼らの「新たな活躍の場をつくる」試みでもある。
「今回、このプロジェクトのためにクルマをお譲りしたのは、トヨタ社内のそんな職人さんたち、つまり“トヨタのオールスターの皆さん”の本気をぜひ拝見したいと思ったからです。きっと新車以上の素晴らしい仕上がりになると確信しています」
プロジェクトメンバーは、レストア車のオーナーのこの言葉を胸に刻んだ。
さらにプロジェクトメンバーは、7月15日13時30分に行われた、16代目となる「新型クラウン」のワールドプレミアにも参加。60余年の時を越えて新しいクラウンが、自分たちがレストアする初代の志を引き継いで、再び世界(のマーケット)に挑戦することに感動。
さらに会場に貼り出されていた初代クラウンの主査である中村健也氏の「信念をもって人にモノを売るということは『自分の心でいいと思うもの、本当のお客様の心が入ったものをつくる』ということだと思います」という言葉にも、深い感銘を受けたという。
クルマを隅々まで徹底調査
レストア車を提供してくれたオーナーの熱い思いを受けて、レストア作業は、2022年4月25日に開催されたキックオフイベントの翌日、同じ元町工場 グローバル生産推進センター(GPC)でいよいよ始まった。
総勢56名のプロジェクトメンバーがまず着手したレストアの第1段階。それはオーナーから託されたシックなブラックボデーのレストア車両の状態を徹底的にチェックすることだった。
このチェック作業と分解作業は、組立メンバーと、完成車の検査メンバーが中心になって行った。これは、元のクルマの状態を把握していないと、レストアした部品を再び組み立てる作業や、レストア後の完成車の評価がスムーズにできないからだ。レストア作業には、作業前のクルマの状態の把握と、レストアするクルマについての基礎知識、そして共通認識が不可欠だ。「初代クラウンがどんなクルマなのか」について、ある程度まで共通したイメージがなければ、メンバー一人ひとりが同じ方向を向いて作業をすることは難しい。
初代クラウンはボデー製作に、現代のクルマづくりでは一般的となっているプレス加工を本格的に導入したトヨタで最初のクルマだ。このクルマのためにトヨタは当時最新鋭のプレス機をアメリカから導入した。こうした新技術の導入で、初代クラウンの工作精度はそれ以前のトヨタ車とは一線を画したものになっている。
だが一方で、現代とは違う素材や技術で製作されている部分も少なくない。フロントサスペンションは、トヨタでは初めてとなるダブルウィッシュボーン+コイルスプリングの独立懸架式。一方、リアサスペンションは今では乗用車にはほとんど使われていないリーフスプリングを使ったリジッド式だ。
前後のシートも現代のクルマは中身がほぼウレタン製だが、当時のシートはコイルスプリングとウールのフェルトを組み合わせたもの。エンジンの吸気系は今や過去の技術となったキャブレター式。ブレーキもディスク式ではなくすべてドラム式だ。また、バンパーは鉄製で、当時、世界をリードしていたアメリカ車のようなクロームメッキが施されている。
このことは設計図や仕様書などの資料に細かく記されてあり、プロジェクトメンバーは作業に先駆けて「予習」をしっかりと済ませていた。
だが「初代クラウン」というクルマが実際にどのようなものなのかは、実車を見なければ分からない。設計図通り、仕様書通りになっているとも限らない。当時のクルマづくりは人の手作業が担うところが多かったし、何しろ70年もの長い年月が経っている。図面通りのものが取り付いていないことも多いのだ。
しかも、30〜40代のメンバーはもちろんのこと、このプロジェクトの中心を担うベテランの高技能者にとっても、1955年に誕生した初代クラウンは生まれる前につくられたもの。この年代のクルマをすみずみまで観察するのは、メンバー全員にとって初めての貴重な体験だった。
メンバーはボンネットとトランク、そして初代クラウンの特徴である前後左右の観音開きのドアを開け、エンジンルーム、トランク、そして運転席や室内の状況を確認。さらにリフトでクルマ全体を人の頭の上の高さまで持ち上げ、ボデーの下側や足回りまでその状態を、厳しい目でチェックした。
60年に及ぶ「クルマづくりの歴史と年輪」を実感
キックオフイベントでは、きれいにワックス掛けされていたこともあり、実車を見た出席者の多くが「60年以上も前のクルマとは思えないほど美しく、良い状態だ」と感嘆していた。とはいえ、いざボデーや内装、足回りまで、車体を細かく点検すると、60年を超える時間がこのクルマに刻んだいくつもの「年輪」も見えてきた。
そうした年輪のひとつが、ボデーやフレームのさまざまな部分に残されていた修復の痕跡であり、ボデーの下部で見つかった大きな腐食(錆び)だ。ただこの段階ではあくまで外観からのチェックに過ぎない。
西田SX
このクルマがつくられてから過ぎた時間、走り続けてきた歴史を考えれば、きれいに乗るために何度も修理してあるのも、またボデーの腐食も当然のことだと思います。ただ基本的な部分は予想していた以上にしっかりしたつくりになっていて、部品の一つひとつに、つくった人の魂を感じました。なかでもクルマの「土台」であるフレームがしっかりしていたのには驚きました。