株主の関心が高かったテーマ「トヨタフィロソフィー」。なぜ、豊田社長は経営者の"羅針盤"を定めたのか?
過去4回にわたって記事にしてきた、今年のトヨタ自動車 株主総会(6月16日、愛知県豊田市の本社で実施)。株主からの質疑応答の最終回として、トヨタフィロソフィーをテーマにしたやりとりを取り上げる。
当日のやりとりに入る前に紹介したい。トヨタフィロソフィーとは何か?
それは昨年トヨタが、大変革の時代を生きる37万人の従業員と家族、そして、これからのトヨタを支える次世代のために、トヨタのミッション(果たすべき使命)とビジョン(実現したい未来)を定義したものである。
このフィロソフィーを初めて対外的に公表したのが、昨年11月。2021年3月期 第2四半期決算説明会でのことだった。
コロナ禍で先の見えない有事の中間決算に異例の出席を果たした豊田章男社長は、上半期の実績の受け止めを語ったのち、「トヨタフィロソフィー」に基づく企業活動の宣言を行った。
その質疑応答で、「なぜ今、トヨタフィロソフィーをつくり、『幸せの量産』を定義したのか」を問われ、次のように答えた。
豊田社長
私が社内で従業員と語るときに、「戦う」という言葉をよく使っていたようです。一方で「対立軸をつくるな」とも言っているので、「誰と戦っているんですか」と質問されたことがあります。私自身も「誰と戦っているんだろう」と思いました。
そして、それは「トヨタらしさを取り戻す戦い」だと思いました。では、「トヨタらしさ」とは何かと考えていたとき、私がコロナ禍で過ごしていたトヨタグループの研修所で従業員の1人が先ほどお見せした円錐形を探し出してきました。
それをベースに新しいミッション、ビジョンを書き加えたものが、今回示したもの(=トヨタフィロソフィー)です。
(中略)
フィロソフィーをつくったことで、いろいろなアドバイスが集まります。大事なことは、あの円錐形をベースに「トヨタらしさ」を議論していくこと。そして、環境変化に向け、自分たちを見直していくための道具として使うべきではないかと思っております。
フィロソフィーは決してゴールではありません。スタートポイントです。今後、状況が変わり、次のトップが悩んだときに、羅針盤として活用してもらえればいいと思っております。
「幸せの量産」という言葉自体は、この半年前の2020年3月期決算説明会(いわゆる本決算)で豊田社長が言及していたが、トヨタフィロソフィーの中に位置づけられてから、社内外のさまざまな場面で、トヨタの役員や従業員の口からも出てくるようになった。
経営者の「羅針盤」と称されたこともあり、株主にとっても関心の高いテーマだったのだろう。総会では複数人から質問があった。
その最初の質問は、1935年に豊田佐吉の遺訓をまとめた豊田綱領、2011年に社長就任2年目の豊田社長の下でつくられたトヨタグローバルビジョンに言及しながら、トヨタフィロソフィーについて分かりやすく説明してほしいというものだった。
議長を務める豊田社長は人事担当の桑田正規Chief Human Resources Officer(CHRO)を回答者に指名した。
桑田CHRO
トヨタグローバルビジョン、トヨタフィロソフィーは豊田綱領をベースとしています。
豊田佐吉の遺訓をまとめた豊田綱領がトヨタの原点で、これをきちんとつないでいこうとしています。
トヨタはモビリティカンパニーに変わっていこうとしており、これまでのやり方だけではなく、いろいろなパートナーと取り組みを進めている最中です。
その中で、迷うこともたくさんあり、決めるときにどういうことを判断軸に、何を大切に考えていくのかという観点で、社長の豊田のリーダーシップの下、改めてフィロソフィーをまとめることになりました。
つくっただけでは浸透しないので、社員とともに経験談も含めて上司が話をし、想いを共通化しているところです。 社員が同じ気持ちを向いて取り組んでいくことに邁進していきたいと思います。
ここで紹介するトヨタフィロソフィーに関するもう一つの質問。それは、1時間半にわたる質疑応答の最後に投げかけられた。
トヨタフィロソフィーのビジョン「可動性(モビリティ)を社会の可能性に変える」に触れ、トヨタが描く今後の社会の姿について教えてほしいというもの。ラストは、豊田社長が自らの回答で締めくくった。
豊田社長
CASE革命により、これからのクルマは、情報によって街や人々の暮らしとつながり、社会システムの一部になると思います。
そんな中で私たちはモビリティカンパニーへのフルモデルチェンジに取り組み、人々が笑顔で幸せに暮らせる、「もっといいモビリティ社会づくり」に挑戦をしております。
私たちはこれまで自動車会社として、工業製品をつくってきました。そこで必要とされる人材の特性は「均一性」だったと思います。バラつきがあるものを、誰が作業しても同じ品質でつくることが大切だからです。
しかし、これからはお客様のニーズも社会のニーズも多様化し、モビリティにもハードとソフトの両面で魅力的な性能が求められます。
その中で、多様な価値観や能力を持つ人材が必要になってきたと感じています。この多様な人材こそが、イノベーションを生み出す原動力になるとも思っています。
その先頭を走っているのが、トヨタグループのソフトウェア会社である、Woven Planetだと思います。
Woven Cityでは、ハードやソフトを超えた「街」という単位で、ヒトの心をつなぎ、多様なパートナーとともに人々を幸せにするモビリティ社会の実証を行います。
昨年まとめたトヨタフィロソフィーでも、私たちの使命を「幸せの量産」と定義しました。
幸せは、人によっていろいろな形があると思います。「幸せの量産」とは、決して同じものを大量生産するという意味ではありません。多様化に向き合い、多品種少量を量産にもっていく、これこそが私たちが目指している「幸せの量産」だと思います。
SDGsの17の目標を3マス×6マスで見ると、最後のひとつのマスが空いています。勝手な解釈ですが、私は18番目の目標は「人々の幸せ」だと思っています。
そして、目標の実現に本気で取り組んだ者だけが、18番目の世界を見ることができるという意味と解釈しています。
多くのステークホルダーの皆様とともに、「幸せの量産」というミッションのもと、一歩一歩未来に向けた歩みを進めながら、いつの日か、SDGsの18番目の世界にたどり着けたらいいなと思います。
豊田社長が、過去何度も繰り返してきた言葉がある。
「『トヨタらしさ』を取り戻すことは、過去に時間を使うこと。過去に時間を使うのは、私で最後にしたい。次の世代には、未来に時間を使わせてあげたい」
「トヨタらしさを取り戻す戦い」の苦労を誰よりも味わってきた豊田社長。もう誰も同じ目にあわせたくないという強い想いが、トヨタフィロソフィーにつながったのかもしれない。