株主総会の最後に、豊田社長から会社を支える株主へ。そこには、豊田社長の信念と決意が込められていた。
これまで5回にわたりトヨタ自動車の株主総会(6月16日、愛知県豊田市の本社で実施)の質疑応答を紹介してきた。
1時間半にわたった株主と経営陣のやりとりを終え、すべての審議が終了。ここから総会は議案の採決に移るが、トヨタでは直近3年ほど、議長を務める豊田章男社長が株主に伝えたい想いを語るのが恒例となっている。
今年語られたのは、トヨタという会社に起きている、ある変化だった。
豊田社長
トヨタでは、多くの人たちが、それぞれの「現場」で、さまざまなステークホルダーの皆様とともに、「現在」「過去」「未来」の仕事に取り組んでおります。
「現在」の仕事をしている人たちは、「未来」の仕事をするための「体力」をつくり続けています。
「過去」の仕事をしている人たちは、「よくないこと」を「未来」に持ち越さないために「改善」を続けています。
「未来」の仕事をしている人たちは、「現在」と「過去」の仕事で生み出した「体力」を使い、解答がない中で、失敗をしながら、挑戦を続けています。
今、私自身が実感していることがございます。かつては「機能別」にバラバラに動いていたトヨタが、いま一つになろうとしているということです。
過去に何度かトヨタの総会に出席したことのある株主の中には、この言葉に共感できた人もいたかもしれない。それは、議長を含めた登壇者の間に一体感のようなものがあったからだ。
過去の記事でも紹介してきたとおり、例年以上に豊田社長は登壇した執行役員らに回答を任せ、後からほとんど補足もしなかった。
豊田社長は日頃から執行役員らに「皆さんは機能のトップではない」と伝えている。そこには、担当領域はあっても、それぞれがトヨタ全体を見渡し、決断をする経営陣だという想いが込められている。
経営陣として目線を合わせるために、社長就任以来ずっと続けていることがある。それが、週に一度実施している朝ミーティングだ。
役員体制の変更に伴い、メンバーが変わることはあるが、社長をはじめ、取締役、執行役員、各本部のトップが毎週、直近の話題から先の長いトヨタの経営課題まで1時間半ほどフリーディスカッションをする。
経営トップへの報告を目的とはしていないので、この場で決裁が行われることもなければ、説明資料の準備もシナリオもない。
1週間を振り返り、決断に至った考え方や想い、どのように行動を起こしてきたかなど、はた目には見えない部分も含め、豊田社長を中心に解説がなされるなど、時間をかけて経営陣の目線や価値観をすり合わせてきた。
今年、豊田社長が登壇者の回答を補足しなかった背景には、登壇者が自身の考える“経営陣”の姿に近づいてきたという実感もあったのかもしれない。
ただ、経営陣がまとまればすべて仕事が回るわけでもない。異なる機能の現場までもが意識を合わせ、実務に落とし込んでいかなければならない。そのために必要なことを豊田社長は語った。
豊田社長
その原動力は何か? それは「ミッション」だと思います。
「もっといいクルマをつくろうよ」「世界一ではなく、町いちばんを目指そう」「持続的に成長できる会社になろう」「自分以外の誰かのために仕事をしよう」
これまで、私がグローバルトヨタ37万人の仲間たちに伝え続けてきたことは、「トヨタは何のためにあるのか。自分たちは何のためにいるのか」。それに尽きると思います。
昨年、「幸せの量産」を「ミッション」として掲げた「トヨタフィロソフィー」をまとめました。
私は、「ミッション」というものは、言葉ではなく、「現場」で、「現地現物」で、「仕事」をすることによって、はじめて共有できるものだと思っております。
12年前、私が社長に就任したときに、抱負を聞かれ、「現場にいちばん近い社長になりたい」。そう申し上げました。
私には、未来を見通す能力はございません。私にできることは、「現場」の仲間とともに、まずやってみる、そして、失敗をし、改善を重ねながら前に進んでいくこと、動き続けていくこと。それだけだと思っております。
何もしないで迎える20年後、30年後と、「未来をもっとよくしたい」という意志をもち、情熱をもって、行動して迎える20年後、30年後では、必ず見える景色は変わってくると信じております。
私は、これからも「現場にいちばん近い社長」として、「幸せの量産」というミッションのもと、みんなで心をひとつにすれば、「未来は必ず変えられる」ということを今後も「行動」で示してまいります。
豊田社長は先月、自身がドライバーを務めた水素エンジン車両での24時間レース完走後、チームメンバーへ、これと同じ主旨の言葉を贈っている。
「カーボンニュートラルで未来をつくるのは、意志ある情熱と行動だと思います」
2つの場面で語られた「意志ある情熱と行動」。もう一つ今年の株主総会で、紹介したいシーンがある。既に記事でも扱ったが、それは、株主からの最初の質問へ豊田社長が回答した場面だった。
社長就任12年の総括を聞いた株主に、具体的な実績の数字を用いて、トヨタがこの間、果たしてきた社会への貢献について説明した。
日本の国家予算100兆円に対して、トヨタの売上高300兆円、仕入先への支払い230兆円。連結従業員は5万人増加し、2500億円が家計へ。時価総額は消費税10%に相当する20兆円の上昇――。
普段は数字を口にしない豊田社長が、なぜ、自ら詳細に解説したのか。それは、これらの数字が単なる実績ではなく、12年間、販売店や仕入先なども含むステークホルダーとともに積み重ねた結果であり、「意志ある情熱と行動」なくして実現できなかった真実の証だからである。
そして、その12年間は、豊田社長が「現場にいちばん近い社長でありたい」という初心を貫き続け、現場に身を置き、未来を変えようと取り組んできた時間でもあった。
豊田社長
私たちがこうした挑戦を続けられるのは、苦しいときこそ、中長期的な視点に立って、ずっとトヨタを応援し、ずっと私を支えてくださった株主の皆様のおかげでございます。本当にありがとうございます。
これからも皆様の温かいご支援をお願い申し上げます。
あいさつを終えると、会場からはこの日一番の拍手が起こった。
今年の総会はコロナ禍という先の見えない有事の中で行われたが、質疑応答では、経営陣も株主も、足元の課題に終始せず、ともに未来を意識したやりとりに時間を充てることができた。
そして、株主席から贈られた拍手や温かい激励の言葉は、経営陣と株主の間の一体感を思わせた。
豊田社長が「一年に一度、自分たちの姿を鏡に映し出す大切な機会」と表現する株主総会。今年映し出されたのは、今までと違うトヨタの姿であり、株主との関係だったのではないだろうか。