急速な拡大と縮小に翻弄されたトヨタを脱却させたのは、小さくても確実に前進する、という覚悟だった。世界が危機的状況の中、トヨタが証明したものとは。
2010年6月。社長として初めて迎える株主総会で、豊田章男はこう話している。
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「お客さまや、社会が求めるものの変化に応じて、変化し続けることが『成長』だと考えております。私自身としても、会社としても、常に成長し続けたい、『持続的に成長したい』という思いを持っております」
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2000年代、トヨタは急拡大を続けた。右肩上がりの時代。トヨタも「量的拡大こそが成長」という認識に染まり、意欲的な目標を掲げ、達成することを志向した。
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2007年度、トヨタは過去最高となる営業利益を記録した。ところが、直後のリーマンショックにより、一気に赤字に転落する。生産計画の縮小を迫られる中、急拡大を前提とした工場新設や設備更新などの投資は、関係取引先も巻き込み、固定費として重くのしかかった。
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豊田はその渦中で社長に就任。人材育成や収益基盤の強化といった「質的成長」が後回しになった反省から、トップが数値で引っ張る経営と決別し、「もっといいクルマづくり」をブレない軸に据えた。
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冒頭の発言は、そんな逆風の中で出されたものだった。果たして、その実直すぎる経営方針はどう周りに映っただろうか。
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以来、トヨタは「持続的成長」を続けている。収益構造の改善だけではない。「もっといいクルマをつくる」という使命のもと、変化に対応し、即断即決できる人づくり、現場づくりに地道に取り組んできた。それはこの世界規模の危機的状況においても途切れることなく、10年間に亘った変化(=成長)の蓄積は柔軟性と強靭性となって表れた。
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2020年6月。コロナ禍の株主総会で、豊田はこんな言葉を残している。
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「『体質強化は進んでいるのか?』と問われる度に、私は『リーマンショックのような危機に再び直面したときにしか、その答えは出ない』と申し上げてきました。今、私はこうお答えしたいと思います。『トヨタは確実に強くなったと思います。そして、その強さを自分以外の誰かのために使いたいと思っております』」
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人は簡単には変われない。当然、人で作られる企業の風土も、簡単に変えられるものではない。「持続的成長」とはつまり、変化に必要な時間を受け容れ、どんな事態に直面しようと、着実に成長させるという経営者としての覚悟に映る。同時に“数”中心の経営から“人”中心の経営に舵を切るという豊田章男の宣誓だったのではなかろうか。
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変化の時代、本当に頼れる企業は“人”でまわっている。