街が変わる、暮らしが変わる 水素社会の実現へトライ続々 第3戦オートポリス

2024.09.06

ただクルマを鍛えるのではない。開発を通じて水素社会を引き寄せる。社会実装を目指す新技術や世界に広がる仲間づくりなど、サーキットを起点に進む水素の最新動向をレポートする。

大分県日田市のオートポリスで、728日に決勝レースが行われたENEOSスーパー耐久シリーズ(S耐)2024 Empowered by BRIDGESTONE3戦。

ROOKIE Racingの32号車、液体水素を燃料とする水素エンジンカローラ(液体水素カローラ)は、水素とは直接関係のない電源システムのトラブルでリタイヤ。

ブレーキの不具合に見舞われ、長時間のピットインを余儀なくされた前戦(5月、富士スピードウェイ[静岡県小山町])のリベンジを掲げたレースだったが、果たせなかった。

撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY

トラックの上では、開発陣の努力がなかなか結果に表れない、もどかしいレースが続いている。

しかし、一歩引いて視野を広げてみると、その周辺では、水素にまつわるいくつものプロジェクトが走っていることに気がつく。

水素エンジン車両で初参戦した2021年から広がりを見せる「水素社会づくり」への取り組み。水素の貯蔵、充填における新技術や世界に広がる仲間づくり、さらには、自治体と一体となった実証など、その現在地をレポートする。

エネルギーロスを防ぐ吸蔵合金

今回、富士のリベンジとして挙げていた2つのテーマが「航続距離の延長」と「ポンプの耐久性向上」を実戦で確認することだった。

昨年のオートポリスの5時間レースでは6回の水素充填が必要な航続距離だったが、今回は楕円タンクの採用で燃料の搭載量が1.5倍に増え、4回の充填で走り切れるようになった。

また、液体水素で最も難しい部品であるポンプは、「24時間無交換」の耐久目標に対して、富士24時間レースで不足した分の時間を、開発テストで引き続き走行。積算で目標を達成したうえでレースに臨んだ。

今回のオートポリスでは、試したかったことが確認できず、トラブルでリタイヤとなってしまったため、2つのテーマは次戦に持ち越された。

こうしたレース結果に影響を与える技術に加えて、さらに2つの液体水素にまつわる新アイテムが紹介された。

一つが、水素吸蔵合金だ。水素を吸収しやすい金属が含まれた合金で、大きな圧力をかけなくても、大量の気体水素を蓄えることができる。

清水建設と産業技術総合研究所が開発した水素吸蔵合金。日本重化学工業が受託製造している。

液体水素の難しさの一つがボイルオフ。自然入熱などにより気化してしまう水素への対応だ。

水素を液体のまま貯蔵するためには、-253℃の極低温を保たなければならない。しかし、今の技術では、タンクとポンプの継ぎ目などからの入熱が避けられない。

これまで、停車中に発生するボイルオフ水素は配管を通じて回収し、給水素ステーションの煙突に混ぜて放出。エネルギーロスが生じていた。

今回のトライは、回収した水素を吸蔵合金に貯蔵。FCスタックで電気を起こし、日中にピットやパドックの冷房に使った。

こうした取り組みは、既に住宅やオフィスビルなどで活用が始まっている。高い圧力をかけることなく、高密度で水素を蓄えられるので、安全やエネルギー効率の面でメリットとなっている。

既存インフラでできる液体水素の充填装置

もう一つ、サーキットでお披露目されたのが、一般的な街の水素ステーションで、液体/気体両方の水素の充填を可能にするための分岐装置だ。

液体水素に対応した充填装置。10月には、愛知県刈谷市のステーションで実証試験も行う予定だ。

開発を担当したのは岩谷産業。同社が展開する全国51箇所の水素ステーションの8割は、水素を液体で貯蔵しており、車両に充填する際に気化と昇圧を行っている。

街のステーションに液体水素カローラに使用している充填装置と上記の分岐装置をつなげるだけで、気体、液体、どちらの水素でもクルマに充填できる。装置自体もシンプル、コンパクトで、インフラのつくりかえも必要ない。

水素エンジンプロジェクトを統括する伊東直昭主査(GR車両開発部)は言う。

「液体水素カローラの充填装置は、将来、街のステーションでも使えるようにと考えて、技術開発をしてきました。レース専用に開発してしまうと、スペックが街のステーションと合わなくなり、我々の活動の目的とは違うものになってしまうのです」

レースをしながらも、常に目線の先には、水素社会を見据えている。

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