ただクルマを鍛えるのではない。開発を通じて水素社会を引き寄せる。社会実装を目指す新技術や世界に広がる仲間づくりなど、サーキットを起点に進む水素の最新動向をレポートする。
世界へ広がった液体水素の仲間
オートポリスのトピックとしては、液体水素でともに戦う仲間の存在にも触れておかなければならない。
決勝後のピットで開発陣から液体水素システムについて説明を受けていたのは、フランスの自動車レースチーム・アルピーヌレーシングで水素技術の開発責任者を務めるピエール=ジャン・ターディ氏だ。
アルピーヌとトヨタは今年から液体水素の技術協力を始めており、2028年とも言われているWEC(FIA世界耐久選手権)の水素を燃料とするプロトタイプクラスへの参戦を目指している。
同社は今年のル・マン24時間レースで、気体水素を燃料とする水素エンジン車のコンセプトカー「アルペングロウ」でデモランを実施。
モータースポーツにおける水素の可能性に注目するトヨタの同志であり、ライバルともなる存在だ。
「液体水素システムで先を行くトヨタが、我々を歓迎し、技術全般で協力してくれて本当に感謝しています」と言うピエール氏。
液体水素カローラの開発を担当する山本亮介主幹(GR車両開発部)も「取り組む人が増えてくると、また、いろいろなアイデアが出てくるので、お互いに出しあってレベルアップできたらと思っています。モリゾウさんも言われているように、敵は二酸化炭素。コンペティターではありません。一緒に開発をして、将来に向けて頑張っていきたい」と応じた。
競争と協調の領域については、「我々はドライビング、空力、エンジン技術など、秘密を保ちながら、トラックで戦わなければなりません。ですが、液体水素システムについては、できる限り透明性をもって、ライバルで協力する必要があると思います」とピエール氏。
液体水素技術の発展と普及、そして、安全性への理解や法規の整備の面でも、仲間の存在は欠かせない。
ライバルとして競い合いながら、同志として賢く協力する。レースを通じて、持続可能なモビリティをつくるという想いで一致する両社。さらに広がっていくであろう、海外の液体水素の仲間づくりも今後のポイントになりそうだ。
水素社会へ自治体と実績づくり
オートポリスのある九州地区は、水素にまつわる実証実験が数多く進んでいる地域でもある。
昨年7月には、CJPT * の社長も務めるトヨタの中嶋裕樹副社長がBtoG(Business to Government。国や自治体とのビジネス)の考えに基づく車両導入を宣言して、水素技術の普及の道筋について説明。
*Commercial Japan Partnership Technologies。トヨタ、日野、いすゞで2021年4月に設立。同年7月にはスズキ、ダイハツも加わった。CASE技術の社会実装と普及を加速させ、輸送業が抱える課題解決やカーボンニュートラル社会の実現に貢献することを目指す。その後、リアルな実装がスタートし、数々の実績と課題が出てきた。
2022年2月に水素社会の街づくりに向けた連携協定を結んだ福岡市では、昨年7月の給食配送車を皮切りに、ごみ収集車、救急車(いずれも2024年3月)と自治体の“働くクルマ”にFCEV(燃料電池車)を導入している。
以来、6月末までに給食配送車は27校、約20万人分の給食を配送。ごみ収集車は92日、救急車は184回出動したという実績が上がってきた。
福岡市では、全国でも珍しく、ごみの収集が夜間に行われているが、収集車がFCEVに変わったことで騒音が軽減。
救急車においても、大きな声が出せない患者との車内のコミュニケーションに困らなくなったと、電動車ならではのメリットがあることも確認できた。
オートポリスには、先の3つのFCEVに加え、福岡県、JR九州と進める福岡県の添田町と大分県の日田市を結ぶBRT(バス高速輸送システム)ひこぼしラインで使用されているFCEVコースターも展示された。
給食配送車とごみ収集車は実際の車両ではなく、試作車を展示。これについて中嶋副社長は「実際のクルマを持ってきたかったのですが、今日もお仕事をしていただいています。感じていただきたいのは、このリアル感。今まで持ってこられたのは試作車だったからです。今は現場に行ってもらうしかありません」とプロジェクトの進展を表現した。実社会でクルマを走らせ、得られたデータは、水素社会実現に向けた改善の種になる。さらに、FCEVでの走行実績を積み重ねることで、地域住民に水素を身近に感じてもらう。
水素社会に向けたクルマづくりと社会受容性の醸成を同時に進めていく。