トヨタイムズスポーツ
2024.06.05

「ドキドキするね、この走り!」マッチを唸らせた水素エンジン4年目の挑戦(S耐富士24時間のすべて)

2024.06.05

S耐富士24時間の水素エンジンカローラ(32号車)にマッチが乗った! そのきっかけからレース結果までをお届けする。

国内唯一の24時間耐久レース「スーパー耐久」。通称“S耐”の第2戦となる「富士SUPER TEC 24時間レース」の本戦が、5月25〜26日におこなわれた。トヨタイムズスポーツでは、5月24日のレギュラー放送にて超直前特集を生配信。
大会期間中は#1#2#3と24時間生放送をおこない、5月31日のレギュラー放送では徹底振り返りまでおこなう充実の内容。ぜひそちらもご覧いただきたい。

ここでは、16年ぶりにレーシングドライバーとして復帰した“マッチ”こと近藤真彦さんが、モリゾウらと共に戦った水素カローラ「ORC ROOKIE GR Corolla H2 concept」に焦点をあて、その健闘の様子をリポート。

多様なクラスのクルマが24時間後のゴールを目指す

「スーパー耐久」は、ツーリングカーカテゴリーであるGT3マシンで争う「ST-X」クラスをはじめ、GT4公認車両およびGT4規格に準ずる車両で争われる「ST-Z」など、合計で8つのクラスに分けられる。多様性を持つレース車両のバトルを同時に観戦できるのが魅力だ。

「GR Corolla H2 concept」が走る「ST-Q」クラスは、「Nissan Z NISMO Racing Concept」(ニッサン)、「Team SDA Engineering BRZ CNF Concept」(スバル)、ROADSTER CNF concept(マツダ)など、クルマの未来を見据えた開発中車両も参戦

王者となったのは昨年に続き2連覇となった「中升 ROOKIE Racing AMG GT3」(鵜飼龍太選手、ジュリアーノ・アレジ選手、蒲生尚弥選手、片岡龍也選手)。24時間レース初挑戦となった「TKRI松永建設AMG GT3」は2位表彰台を獲得した。

総合優勝を果たした市販車最速のST-Xクラスから出走の「中升 ROOKIE Racing AMG GT3」。2連覇となった今年は、昨年よりプラス43周となる3527kmを走りきった

マッチが水素カローラに乗ることになった理由とは?

そんなトップ争いに匹敵するほど注目を集めたのが、“マッチ”こと近藤真彦さんの16年ぶりレーシングドライバー復帰。モリゾウらとともに「GR Corolla H2 concept」(32号車)で参戦した。

昨年燃料を気体から液体水素に変更。今年で4年目の挑戦となる32号車「GR Corolla H2 concept」

マッチが2023年4月21日のトヨタイムズスポーツ出演時、「S耐でモリゾウさんと一緒にサーキットを走るのが夢」と話したことがきっかけとなった。

それから一年後の2024年4月7日、マッチがMCを務めるラジオ番組に豊田章男会長がゲスト出演した際、会長自ら「マッチにROOKIE Racingチームのドライバーとして、スーパー耐久富士24時間を走ってもらいます」という発表がなされ大きな話題となった。

こうしてROOKIE Racingの水素エンジンカローラは、モリゾウをはじめ、マッチこと近藤真彦、佐々木雅弘、石浦宏明、小倉康宏、ヤリ=マティ・ラトバラと、豪華な布陣の6ドライバーでの参戦となった。

「ワクワクで寝つけなかった」新ヘルメットのマッチがテスト搭乗

近藤選手が乗るマシンの32号車は、今年で4年目となる水素エンジンをパワーユニットに採用した「GR Corolla H2 concept」。「チーム全員で一秒でも多く、1メートルでも長く走るのが我々の挑戦」と話す豊田章男会長も“モリゾウ選手”としてレースに参加する。

かつてGT 500やフォーミュラ日本でのレーシングドライバー経験のあるマッチは、本戦に先立つテスト走行にも姿を表した。

白いレーシングスーツとおニューのヘルメットでテスト走行に挑むマッチ。モリゾウは「まるで16歳の少年のような表情。自動車が好きなんだなということを心の底から理解できた」とコメント

「テストの前日は緊張とワクワクで寝つけなかった」というマッチ。

しかし、ヘルメットをかぶりステアリングを握ると「よし、やってやろう!」と度胸がわいてきたと語る。

初乗車ながら最終的にはモリゾウに迫るラップタイムを叩き出し、ざわつくピットスタッフから「さすがマッチだ」と声が上がる実力を見せつけた。

降車するやいなや「ドキドキするね、この走り! 最高」と、自身が出演した往年のカローラのCMのセリフを借りて「GR Corolla H2 concept」の感想を興奮気味に話すマッチ。

「水素エンジンという夢の技術のため、スタッフみんなで試行錯誤している。乗る前は半信半疑だったけど、フィーリングはこれまでのガソリンエンジンと同じ。ちゃんとレーシングカーになっています」(マッチ)

テスト後は車載カメラやデータロガーのレビューで盛り上がる。各ドライバーの運転情報をチェックし、アクセルオンオフのタイミングやブレーキングポイントなどの最適化を追求した

4年目となる水素エンジンカローラの進化ポイントは?

カーボンニュートラル実現を目指す水素カローラのレースへの挑戦は、今年で4年目。燃料を気体から液体水素に変更して2年目となる。

「道が人を鍛える。人がクルマをつくる。」というトヨタのモノづくりを体現すべく、レースという厳しい環境で24時間ドライブすることで、市販に向けた改善のためのデータ取得も大きな目的だ。

テストを終えた佐々木雅弘選手によると今年最大の課題は、「航続距離」なのだという。

「水素エンジンは昨年の段階でフルパワーが出ているので、今年はポンプの交換をせずに24時間を完走するのが目標。テストの前日まで改良を重ねてきたので、水素エンジンの実用化に向け、わかりやすい形で成果を見せたい」(佐々木選手)

ポンプの耐久性と水素燃料の搭載量を増して4月に完成したニューマシンは、いよいよS耐の本番に挑むことに。

今年から採用された世界初の楕円形水素タンク

序盤から波乱。水素エンジンはどうなった?

富士スピードウェイのレーシングコース(4,563m)で行われる決勝レースは、5月25日の15時にスタート。24時間後の翌日26日の15時までに周回を最も多く重ねたマシンが勝者となる。

我らが水素エンジンカローラは、テスト走行でモリゾウ選手と近藤選手のラップタイムがわずか0.6秒差となるなど、チーム内対決にも注目が集まった。

距離を競う耐久レースにおいて唯一タイムを狙う予選では、さらに各自のファステストラップを更新。ラトバラ選手が「ベリーストロングファイト」とコメントし、モリゾウ選手も「32号車は個人戦だ」と話すなど、1台の水素カローラを駆るドライバー同士の対決も見どころとなった。

ファーストドライバーとしてステアリングを握ったのは、モリゾウ。そしてスタートから40分が経過したタイミングで、モリゾウ選手から近藤選手に交代。

スタートからおよそ1時間あまりが経過したころ、近藤選手のドライブ中に32号車がトラブルに見舞われ、最終コーナー上で停止してしまう。

なんとかピットに戻り復旧を試みるメカニックたち。原因はポンプの空打ち。液体水素を吸い上げられないタイミングがあったようだ。

修理を済ませてラトバラ選手に交代するも、今度はブレーキシステムに異変が起こる。ABSというシステムが効かない現象が確認された。4時間以上にわたりガレージのなかで停まっている32号車。部品に対策を施すだけでなく、ソフトウエアをプログラマーが書き換えるなど総力を上げた改善がリアルタイムでおこなわれた。

そして日づけが変わった直後、小雨模様となったコースに佐々木選手のドライブで無事復帰することに。

「データを採取するため5周だけ走らせることにした。戻り次第ログを解析し対策を練ります」(石浦監督)

トラブルを乗り越え目標を達成

再び改修を終えた水素エンジンカローラで佐々木選手は、安定したドライビングで1スティント(水素充填)あたり目標の30周回を達成。その瞬間クルーからは大きな拍手が沸き起こった。

水素エンジンと燃料タンクは順調に作動するものの、再びABSシステムに不具合が発生。ブレーキ系は車の安全に関わる一番重要な部品のため、再びガレージに戻されることになった。

ここでチームは耐久レースのセオリーどおり、周回記録の更新ではなくゴールを目指すことにフォーカスする。

「優勝目前の中升 ROOKIE Racing(1号車:AMG GT3)と、ORC ROOKIE Racing(28号車:GR86 CNF concept)と水素カローラの3台で一緒にチェッカーを受けたい」(石浦)

そんなチームの想いとともに、終了10分前に佐々木選手の手によりコースインする32号車。

「ゴールはモリゾウ選手にしてほしかったですが、状況が状況。石浦選手は監督に専念し、現役プロドライバーである自分が責任を持ってゴールまで32号車を届けたいという思いでドライブした」(佐々木選手)

終了10分前、佐々木選手のドライブによりチェッカーを目指しコースイン

こうしてスタートから24時間後の26日15時、佐々木選手のドライブする32号車は、28号車(GR86/豊田大輔選手)や、92号車(GR Supra/中嶋一貴選手)と並んでチェッカーを受けることに成功。

試練続きの24時間だったが、改善すべき問題点への手応えを感じさせる結果に。モータースポーツの持つ喜びや楽しさにくわえ、クルマの未来をも垣間見させてくれたレースはこうして幕を閉じた。

カーボンニュートラル社会の実現にまた一歩近づいた

「GR Corolla H2 concept」は24時間で332周。昨年の358周には及ばなかったものの、基幹技術である液体水素エンジンまわりは大きなトラブルを起こすことなく無事に走破。市販車化に向け大きく前進していることを証明した。

水素タンクをこれまでの円筒形から楕円形に変更し、水素搭載量を1.5倍に増やすことで一回あたりの給水素での航続距離を大幅に向上させた

一方、7月19日の誕生日で、今年で60歳還暦を迎えるとは思えないフレッシュな走りを見せてくれた近藤選手。レース終了直後のインタビューでは「夢の技術のため試行錯誤しているチームの一員にしてもらえたことを誇りに思います。テスト走行から十分レースカーに乗れたのも本当にいい経験。モリゾウさんに感謝です」とコメント。

そしてモリゾウは「去年に続いてチャンピオンカー(1号車)が連覇できたことは本当に嬉しい。カーボンニュートラル技術にトライした32号車と28号車も、それぞれ課題はあったものの無事チェッカーを受けた。レースという厳しい環境で課題を見つければ、改善ができる。液体水素エンジンの未来への道を近づけてくれた、いい24時間だったと思います」と。今回の挑戦を締めくくった。

2025年はニュル24時間耐久レースに挑戦?

モリゾウは2007年より13年にわたり、ニュルブルクリンク24時間耐久レースに挑戦していた。コロナ禍の影響で2020年からは不参加となっていたが、25日のトヨタイムズの生配信にゲスト出演し「来年は参加したいですね」と力強くコメント。

「ニュルはレーシングドライバーとして走り始めた原点の場所であり、ここを走れなくなったらマスタードライバーはできないと考えています。5年ぶりに走って“これほど過酷な道はない”と改めて思いました」(モリゾウ)

「道が人を鍛える。人がクルマをつくる。」を掲げ、モータースポーツを起点に「もっといいクルマづくりをしよう」と前進するトヨタ。

「その“道”の原点がニュルブルクリンクサーキット。厳しい路面のニュルを快適に走れて初めて、クルマという商品として道に認められる。ニュルを走りながら『もっと乗っていたいな』と思わせてくれるクルマなら、世界中のどこを走っても楽しいはずです」(モリゾウ)

佐々木選手はニュルブルクリンクについて「アップダウンだけでなく、路面状況も刻々と変わるタフなコース。世界中で走ることになるトヨタ車の最終仕上げには最適なコースなんです」と語ったことも。

トヨタの挑戦の先にある改善と進化を見守りたい。

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