つくる・はこぶ・つかう 半年の進化 水素エンジン2021ラストレース

2021.12.10

11月1314日に岡山国際サーキット(美作市)で開催されたスーパー耐久シリーズ最終戦。前編では来季へ向けて加速する仲間づくりについて取り上げた。

後編では、2021年のレースの集大成を「つくる」「はこぶ」「つかう」の観点に分けて総括する。

つくる:下水からつくった福岡市の水素

今回のレースでは、これまで水素の供給を受けていた大林組(地熱発電由来)、トヨタ自動車九州(太陽光発電由来)、福島県浪江町(太陽光発電由来)に加え、新たに福岡市の下水バイオガス由来の水素を燃料として使用した。

福岡市は早くから水素の可能性に注目し、2004年に全国に先駆けて立ち上がった産学官連携組織「福岡水素エネルギー戦略会議」のメンバーとして、取り組みをスタート。2014年には「水素リーダー都市プロジェクト」を始動し、水素社会の実現に向け数々の日本初の実証実験を積み重ねている。

2015年3月からは、下水処理場で市民の生活排水から水素をつくり、併設する水素ステーションを通じて燃料電池車(FCEV)に供給する世界初のプロジェクトを行っている。

福岡市中部水処理センターの水素製造設備

下水を処理する過程で発生するバイオガスはメタンガス(CH460%CO2 40%でできているが、メタンガスを膜分離装置で取り出し、水蒸気(H2O)と反応させることで水素を得る。CO2は液化回収して、野菜のハウス栽培に活用している。

なお、下水は日々集まってくるので、水素を安定的に生成することができる。さらに、全国の下水処理場で利用されていないバイオガスから水素をつくることができるようになれば、エネルギーの地産地消にもつながる。

水素製造能力は1日12時間の稼働で3300Nm3MIRAI60台分に相当。今回、レースの予選用に用意された水素の2割は福岡市から供給されたものだった。

市経済観光文化局 創業・立地推進部の富田雅志部長は「10年以上前から水素の仲間づくりに取り組んできたが、この1~2年で世の中の水素に対する期待はより高まっている。今回のレースを通じて仲間はさらに増えており、今後も産学官の連携をいっそう深め、カーボンニュートラルに向けた水素社会の実現に向け、我々もチャレンジしていきたい」と意気込みを語った。

はこぶ:MIRAIのタンクで輸送を効率化

今回供給された水素は、各生産地から岡山へユーグレナのバイオ燃料を使用して輸送。「はこぶ」際のカーボンニュートラルにも配慮した。

なお、前回の鈴鹿サーキット(三重県)でのレースでは、トヨタとCommercial Japan Partnership TechnologiesCJPT)が連携し、FC小型トラックで水素を運んだが、15kgの水素を100km運ぶのに、燃料として7kgの水素を使ってしまう非効率が発生していた。

その原因は、運搬用の金属タンクが重く、小型トラックに積める本数が限られていたこと、そして、タンクの許容圧力の関係で、1本あたりの水素充填量が限られていたことにあった。

この解決に向けて現在進んでいるのは、MIRAIで培った軽量、かつ、高い圧力で水素を運べる樹脂ライナー製CFRP(炭素繊維強化プラスチック)タンクを活用する方法だ。

従来の金属タンクのカードル1つあたりの重さは1.7t。小型トラックで運べる重量が3tなので、2つ積むことはできなかった。

一方、今回、開発した樹脂ライナー製CFRPタンクのカードルは1.35t2つ積んでも2.7tに抑えられるとともに、1.72mのトラックの幅に収まっている。

サーキットのイベント広場に展示された樹脂ライナー製CFRPタンクのカードル

さらに、金属タンクは15MPaまでしか圧力がかけられなかったが、新しいタンクなら最大70MPaまでかけることができる。

これにより、一度の輸送で従来の5.5倍に相当する80kg超の水素が運べるようになり、輸送を効率化することができるめどが立った。

まだ、CFRPタンクは価格が高いが、「商用車でもっと使用されるようになり、タンクを乾電池のように(大きさごとに)規格化するなど、みんなで使うことができれば価格は下がっていく」とCJPTの中嶋裕樹社長。今後の課題解決に期待を寄せた。

つかう:出力2割、トルク3割アップも燃費はキープ

モータースポーツの厳しい環境に身を置くことによって、過去3戦にわたり、スピーディに水素エンジンを磨き上げてきた開発陣たち。

「主に燃焼改善で、水素の噴射方法など細かなチューニングで性能を上げてきた。パワーアップすれば燃費が下がるのが普通だが、富士(スピードウェイ)のときと同等の燃費を確保しており、エンジンはかなり鍛えられている」と手応えを語るのはGRプロジェクト推進部の高橋智也部長。

初参戦となった5月の富士24時間レースから6カ月で出力は2割以上、トルクは3割以上アップ。これにより、ついに、ガソリンエンジンを超える性能を実現した。

一方、出力とトレードオフの関係にあるはずの燃費は維持できている。仮に富士のときと同じ出力にそろえると、約20%の燃費向上が達成されたことになるという。

さらに、当初、4分30秒かかっていた水素の充填時間は昇圧率を上昇させたことで、いまや6割縮めて1分50秒に。

給水素を行う水素カローラ(撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)

「タンクは圧力を高めると熱を持つが、その温度をモニタリングして安全性を担保しながらスピードアップに取り組んだ」(高橋部長)とその秘訣を語る。

さまざまな改善が進んできた水素エンジンの開発だが、レースに勝つためにはピットインの回数を減らさなければならない。

GRプロジェクト推進部の坂本尚之チーフエンジニア(CE)は「何とかして航続距離を伸ばす。車両を軽量化し、クルマ全体として磨き上げていく。これは、カーボンニュートラルの選択肢を広げるために、水素エンジンだけでなくBEVなどすべてに共通するもの」と次なる目標を見据える。

さらに、「今のまま(のタンクの形状)だと、体積効率はよくない。形状の自由度があると効率的になっていく。今年はレースに間に合わせるために、知見のあるMIRAIのタンクを使用したが、来年に向けては、あらゆる手段を検討したい」とレースを戦うためのさらに踏み込んだ改善に含みを持たせた。

レースの様子を見守る坂本CE(中央左/撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)

エンジニアたち半年間の実感

会見でクルマの進化を問われたGAZOO Racingカンパニーの佐藤恒治プレジデントは、次のように語っている。

クルマ全体のバランスが取れて、タイムが出るようになってきた。富士のときには(一番下位クラスでホンダ・フィットやマツダ・ロードスターが走る)ST-5程度だったが、今は(トヨタ・86が参戦する)ST-4の上位のタイムで走れるようになってきた。

約半年間でST-4まで戦えるレベルに進化させることができたのも、レースの現場で鍛えられた結果。

タイムに表れない面でも、以前は予選と本戦の間の夜にかなりの作業をしていたが、今は大きなトラブルシューティングや大規模な変更は発生しておらず、レースオペレーションはこの半年でかなり安定化。

クルマのことをしっかり手の内化し、やっとレースができるレベルになってきた。

タイムなど数値化でき、目に見える進化だけでなく、ピットでの“働き方”が変わったことについて言及している。この実感は開発陣も同様だ。

「量産開発だとどうしても慎重になり、課題に合わせて期間を設定してしまう。ただ、モータースポーツは、納期が1カ月半おきにあるので、仕事のやり方を変えざるを得ない。目に見える進化をしなければならない中で、アイデアを出し合って、一丸となって進める一体感は出ている」と坂本CE

高橋部長も「短いスパンでクルマが鍛えられた。フルモデルチェンジ級の開発を半年でやり切ったのは前例がない」とアジャイルな開発についての手応えを語った。

スーパー耐久の来年の開幕は3月1920日の鈴鹿サーキット。著しい進化を遂げる水素エンジンの開発から、来季も目が離せない。

2021年シーズンを戦い抜いたROOKIE Racingメンバー一同 (撮影:三橋仁明/N-RAK PHOTO AGENCY)

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