トヨタグループが進むべき方向を示したビジョン「次の道を発明しよう」が発表された。グループ全体の責任者として豊田章男会長が発信したメッセージ、記者との質疑をレポートする。
グループの責任者として
――責任者として、足元で何に取り組むか具体的に教えてほしい。
豊田会長
具体的な取り組みはありませんが、まず行動してみようと思っています。今日、各社トップ、現場リーダーの前でお願いしたのは「次の道を発明しよう」ということです。
そして、私がトヨタという会社の主権を現場に戻した、商品に戻したということを、一度ご自身でお考えくださいと話しています。
私の次の行動としては、今年の17社の株主総会全部に出席します。「一度株主の立場として、それぞれの会社を見させていただく、勉強させていただく」と伝えています。
私がトヨタの議長をやっていたときに、株主の方々から「グループ各社の日にちが重なって全部出られない」というご意見をいただいたことがありました。
今は全部(日程を)バラバラにしてあります。ですから、株主総会に行って、株主の立場、ステークホルダーの立場から、トヨタグループを一度見てみよう(と思います)。
株主総会まで、数カ月ありますので、その間にどういうことを考え、何をしたか意見交換したいと思います。
――日本の産業をリードするトヨタや自動車産業にしっかりしてほしいと期待している人も多い。変革を進めていく上で、ダイハツ、豊田自動織機をリードしてきた経営陣の責任をどのように考えているか? 再発防止に向けて、トヨタが不正のあった企業への発注の仕方を見直す考えはあるか?
豊田会長
トヨタは14年前に一度潰れた会社だと思っています。14年間かかりましたが、いろいろな形で変革をしてきました。
今回不正を起こした会社は、やってはいけないことをやりました。それに対しては、会社をつくり直す覚悟でやらざるを得ないと思っています。
つくり直すという意味は、それぞれの会社が強みを生かす。今までやってきた仕事はムダになりません。人生をかけて仕事をやってきたわけです。
そういう人たちが、この会社でよかったと思えるような、変革の仕方を探していくことが、私が責任者としてやっていくべきことだと思います。
変革の仕方は、時期を見て、それぞれの会社から発表があると思います。ぜひ見守っていただきたいと思いますし、私が責任者であると明確に示した以上、相談にも乗っていきます。
ポイントは、今までその仕事をやっていた人が、「この会社にいてよかったな」と思える変革になっているか。そして、確実に未来における種まき、育成、刈り取りができる形でリソーセスが配分されているかの2点だと思っています。
――グループの責任者であり、各社のトップではないという話があった。一方、完全子会社のダイハツの不正に関しては、会長が社長時代に決め、たくさんトヨタから幹部が入った。ダイハツ工業の不正を見抜けなかった自身の責任、トヨタの責任をどう考えているのか?
豊田会長
なぜ見抜けなかったか。私自身、社長としてやってきた14年間は、今もそうですが、平穏無事ではなかったんです。
まず赤字で(会社を)引き継ぎました。そして、リーマン・ショックがあり、リコール問題、東日本大震災、タイの洪水など危機の連続でした。ゆとりがなかったというのが正直なところです。
トヨタを何とか立ち直らせるだけで、正直精一杯でした。見ていなかったというよりは、見られなかったのが正直なところです。
昨年(2023年)私が会長になったのは、大きな変化点かと思います。社長よりは会長の方が、もう少し時間にゆとりがあると思っていました。
トヨタの社長での14年間は、「トヨタらしさとは何だろう」と考え、トヨタのビジョンを掲げたところからスタートしました。
今度はトヨタグループのビジョンを掲げ、責任者としての役割を果たしていきたいと思っています。
あと、やはり別会社です。資本というだけでは理解、解決できない企業間の歴史、付き合い方があると思います。
そこで働く従業員、取引先、そして、お客様。すべてのステークホルダーから「この会社がもっと発展していいよ」と言ってもらえるトヨタグループに再生するよう、リードしてまいります。
ぜひとも、叱咤激励含め、長期目線で見ていただきたいと思います。
グループのこれからについて
――トヨタはTPSという考え方を大事にしているが、効率と品質を両立させるために、どのようにしていけばいいか?
豊田会長
トヨタ生産方式の目的は効率ではありません。改善が進む風土をつくることだと思います。
いかなる企業であっても、必ず問題は起きると思います。どれだけいろいろなこと(対策)をやったとしても、必ず起きる。
トヨタ生産方式には「異常管理」という考え方があります。正常部分を全部管理することは非常に難しい。ならば、何が異常か、何をやっちゃいけないのかを明確にする。そうして、限度を超えたところをまず直していく。
そこでトヨタ生産方式の改善をやり、そのサイクルを回し続けていくことで、より良い企業に近づいていく。
ただ、それでも、何かにチャレンジしていく際に、問題は起こってくると思います。それを、今回みたいに大きな問題にせず、早めに分かった段階で一つずつ潰していく。このような体質を取り戻すことが必要だと思います。
だからこそ、まずは、スタートポイントであるビジョンが必要で、株主総会に出たり、いろいろな人の話を聞いたりして、ビジョンをベースに、何が異常か探りながらやっていこうと思います。
ただ、私には2つの目と、2つの耳、そして、1日24時間、(1年)365日と、他の皆様と同じ条件しか与えられていません。私が一人でできることは大変限られています。
ただ、十数年前、トヨタの社長になったときに比べれば、私に本当のことを言ってくれる仲間が増えてきているのも事実です。
14年間で培った仲間、ネットワークを使いながら、そんな風土を取り戻したいと思っています。厳しくも、長い目で見ていただきたいと思います。
――日野、ダイハツ、豊田自動織機で連続して不正が起き、グループ内で他にも不正があるのではないかと多くの人が疑っている。どの報告書にも「不正に気付いていても言えなかった」とレポートされている。今、不正を認識している人がいたら、すぐに報告した方がいいと言っていただけるとありがたい。また、ビジョンを示し、グループの責任者となってどんなゴールを考えているのか。
豊田会長
他に不正は、私が知っている限りありません。
私が責任者でいた場合、何が変わっていたかというと、発表の時期だと思います。
例えば、日野の場合は私が知って1年を超えてから世間に発表しました。ダイハツは6カ月ほどかかっています。自動織機も10カ月ほどかかっています。
もしも、私が初めからその事象を理解していたら、今申し上げた時期よりも前に発表したと思います。それは、(私が)責任者だからです。
14年前に公聴会に行ったとき、私はトヨタの社長でしたが、トヨタ自動車の情報が社長の耳に入ってくるまでには3カ月のギャップがありました。
現場で起きていることを、トップである私が情報収集しようとしても限りがあり、約3カ月のギャップがあったと思います。
ところが、それ以降、トヨタのトップダウンはトップが下に降りていくもの。情報は自分が取りにいくものという私の行動、実績を見てきた人がいます。
だから、トヨタグループの責任者として(私が)名乗りを上げたことで、「こういうことを言ってもいいんだ」という長期的なコミットメント、すなわち、安心感につながるのではないかと思います。
今朝もトップ全員の前で、現場のリーダーから私に正直な質問が寄せられました。多様な人たちからいろいろな質問がありましたが、そんな話ができる雰囲気は、私が14年間でつくってきたものだと思っています。少なくともそんな雰囲気を感じている社員がいると思います。
私が全部解決できるわけではありませんが、不安に思っていること、やって良いかいけないか言える相手の顔が見えたと思います。
ですから、そういうことから一歩一歩進めていくこと(が重要)じゃないかと思っています。
ゴールはありません。トヨタ生産方式もそうですが、改善後は改善前で、ずっとやり続けること。
あえて言わせていただくのであれば、私と同じセンサー、感覚を持った経営層を1人でも多くつくりあげていくこと。
そのセンサーを身につけさせるようなアドバイス、相談、叱咤激励をして、世の中から「トヨタグループは人材が豊富ですね」と言われたときが、自分自身のゴールなのかなと思っています。
――「ゴールはない」ということだが、どういった期間で、どういった形を示すことが、責任者としての成果ととらえているか。グループのグリップを強めると理解してよいのか? 責任者となることで資本の見直しも含めて、トヨタグループの結束を強めることもあり得るのか?
豊田会長
何年かはわかりません。私は社長を14年やって、佐藤社長にバトンを渡しました。
私が社長をやり、今のトヨタ自動車に「もうやめなさい」と言う人はいないと判断しました。ですから、引き際は自分自身で判断すべきと思い、14年目に社長を譲る決心をいたしました。
その心は、トヨタ自動車がモビリティカンパニーに変革するにあたり、自動車屋という土台はつくった、体力をつけたなと思ったことにあります。
ここから先、モビリティカンパニーに変革していくために、リーダーが若い人になれば、支える人たちもより多様化してくると思います。
重ねて、トヨタグループの場合は、責任者といっても会長とか社長のポジションをとるわけではありません。
ただ、自分の想いとしては、主権を現場と商品に戻すというところにこだわりを持ちたい。
グループのグリップ力も、現場や商品軸でのグリップを固めていきたいと思っています。
トヨタ自動車で社長から会長職になりましたが、マスタードライバーという役割は今も私の名刺上に残っていますし、「もっといいクルマづくり」のセンサーとして、決断者としての役割も残っています。
私がダイハツ、日野、豊田自動織機のマスタードライバーをやるかと言われると、やりません。
今さらフォークリフトの免許を取るのも、大型特殊の免許を取るのも大変ですし、ダイハツがつくったクルマの乗り味を決めなさいと言われても無理だと思います。
ですから、今日の午前中、各社に「まずマスタードライバーをつくりなさい」というお願いをしました。
どういう人選をするのかというところから私のグリップが始まっていくとご理解いただきたいと思います。
――マスタードライバーの仕事は乗り味を決めることだけでなく、最後のフィルターとしての機能もあると思う。問題が起きたダイハツ、豊田自動織機の最後のフィルターとしても機能すべきだと思うが、想いを聞かせてほしい。
豊田会長
今、自分がトヨタで与えられている役割は会長とマスタードライバーです。
グループ各社の責任者になる場合、トヨタの会長ではなくマスタードライバーという役割を前面に出して、商品、現場力でグリップをかけていきたいと思います。
単にそれぞれのブランドの味づくりを担当するわけではなく、どんなクルマにしたいのか、このクルマによって何を得たいのかなど、商品コンセプトを超えたクルマの役割、使命を語れるかで人選をお願いしたいと思います。
ですが、まずは各社が選んだ人と私自身が一緒にクルマに乗り、どういうセンサーを持っているのか、どういう会話ができる人なのか、理解することから始めようと思っています。
さらに言うと、各社はスペックで人選すると思います。それでは会話が成り立たないと思いますが、まずはどういう方を選ぶのか各社の意志を尊重します。
話は変わりますが、今朝のミーティングには会社のリーダーの方々を呼んできてくださいと申し上げました。トヨタ自動車からは運動部のヘッドコーチ、レクリエーション研究部のリーダーなども参加しました。
残念ながら、トヨタグループ各社は、肩書で選んでいます。肩書で選ぶ、役割で選ぶ。ここで差が出たと思います。
私は肩書ではなく、マスタードライバーという役割でグリップ力を上げていく。これこそが私にできるやり方だと思います。
他とは手法が違うかもしれませんが、その延長線上には、商品が中心にある、人を大切にする企業風土が間違いなくできると思いますので、ぜひともご理解いただきたいと思います。
再出発に向けて
記者との質疑を終え、豊田会長は再度グループ責任者としての想いを語った。
豊田会長
今日は急遽お集まりいただき、本当にありがとうございました。
ビジョンの発表ということで、トヨタグループで起こった不正、3社の個別のことには入りませんでしたが、私自身のモノの見方、考え方に、多少、ご理解は進んだかとは思っています。
やってはいけないことをやったグループの責任者として、改めまして、ご心配をおかけしたこと、大変申し訳なく思っています。
けれども、今日からグループ責任者として、動いてまいりますので、ぜひとも、今後とも、叱咤激励をよろしくお願いしたいと思います。