企業経営者や役員200名にトヨタ生産方式の講演を行った豊田章男会長。Q&Aセッションでは、リーダーの心得や経営判断について、寄せられた質問に答えた。
豊田章男会長が、200名の企業経営者や役員にトヨタ生産方式(TPS)の講演を行った第40回NPS研究会の総会(1月13日開催)。
社長就任以来、下してきた数々の経営判断の根底には、TPSのものの見方があったことを45分間にわたって伝えた。
続くQ&Aセッションでは、出席した製造業各社のトップから寄せられた質問に回答。
会社を率いる経営者として、出席者からは、自ずとリーダーとしての心得や、経営判断に関する質問が続く。
豊田会長は時間をかけて、自ら行動してきたさまざまなエピソードを紹介してきたが、「経営者としての役割は2つ」だという――。
豊田会長がモノづくりのリーダーへ届けた5つの質問への回答をまとめた。
※NPS研究会の概要は記事末尾に記載
PDCAではおかしくなってしまう
――経営環境がこれだけ変化している中、会社の何を変えて、何を変えないか? どういう観点で見極め、決断しているのか?
豊田会長
まず、「変えちゃいけないこと」と「絶対やっちゃいけないこと」を明確にしました。
それ以外は時代に合わせて、変えていかなければ、企業は持続的、永続的に発展していかないだろうというのが私のベースにあります。
ただ、ちょっと状況が変わってまいりました。現在は正解がないんです。例えば、カーボンニュートラルなど、正解がないときにどうするか。
かつて自動車産業では、米国や欧州が先を走っていましたので、そこよりもうまくやろうと戦ってきたと思います。
ですが、先頭を走り始めた今、CASEなどの大きな変化点がある中、トヨタがやっていることが必ずしも正解ではない。ただ、何かしらの変化をしない限りは必ず衰退してしまいます。
かつて「Plan・Do・ Check・ Action(PDCA)」と言われていましたが、「Plan」を最初にやっていると、おかしくなっちゃうんです。だから、「Do」を最初にやる。
「GAZOOは変革だ」と申し上げましたが、(変革には)社長在任14年間という時間がかかってしまいました。
毎日毎日、(社員が自分のもとへ)いろんな相談事に来るチャンスがあります。いろんな現場を訪れ、コメントをします。それを繰り返すことで、「この社長の下で、これは変えちゃいけないのか」「これは変化に追随していくんだな」と徐々に、徐々に浸透していったと思います。
ゆえに、14年間という時間はかかってしまいました。ただ、壊れてしまうのはもっと早いと思います。
トヨタの人ほどTPSを知らない
――トヨタでは数年前にTPSを社内のホワイトカラーの人たちに、もっと浸透させようとしたと聞いた。苦労話を聞きたい。
豊田会長
販売部門のTPS導入を考えたとき、友山(茂樹 国内販売事業本部長、NPS研究会最高顧問)と2人で業務改善支援室を立ち上げました。
我々は、TPSはコーポレートフィロソフィーで、単なる生産現場の効率を上げる手段ではないと思っておりました。
ただ、ホワイトカラーの方たちは「我々は企画をしているんだ」「考えているんだ」「工場でモノをつくるような工程はない」という姿勢で、入口のところでいつも苦労をしていました。
ところが、(労使協議会の)従業員との会話の中で、私が「これほどの距離を感じたことはない」と言ったことが、社内で大きな衝撃を与え、「社長は一体何を言っているんだろう」という声が出てまいりました。
トヨタ自動車というと全員がTPSのエキスパートと思われがちですが、トヨタの中の人こそ、あまりTPSを知らないという実態がありました。
私がやれと言っても動きませんので、従業員が「学びたい」という局面をとらえて、(TPSを実践する)場をつくり、一つずつやっていきました。
まずは経理に入って、物事を工程で見てみました。すると、情報が滞留している部分がありました。その滞留を少し除いてあげただけで、仕事が非常に楽になりました。
「楽」という字は「楽しい」と書きます。ですから、仕事をまず「楽しく」「楽」にする。
TPSや改善は「仕事を効率化しよう」というものですが、「自分は知的労働者だ」と思っておられる方々は、そういうところに極度の抵抗を感じられるようでございます。
ですから、「自分たちでやりたい」という気持ちになった瞬間を待つ。それがあの時期だったような気がいたします。
ただTPSの活動はご存知のように、1回やり出した以上、ずっとやり続けないといけません。それが(TPSの)思想・技・所作につながると思います。
トップの方がTPSの思想と違う現場を素通りした瞬間に破壊が始まるわけです。トップの方々が「ちょっと違うんじゃない?」と言い続けなきゃいけない。
そういう意味では、TPSをやりだした会社は大変だと思います。大変だけれど、そこでやり方が変わる。
そして従業員がもっと価値ある仕事ができる時間が増えることを双方の喜びだと感じる価値観が醸成できるのであれば、TPSの考え方はずっと続いていくと思います。